面白い記事を見つけた。
Wedgeの3月18日のネット記事「「紙は炎上しない」は間違い 曽野綾子・林真理子コラムに見る、著名人の「上から目線」が通用しないインターネット』と題するコラム。
このコラムは曽野綾子氏のコラムと林真理子氏のコラムを題材に、今のネット炎上の仕組みやモラルを書いてある。
産經新聞の連載コラムで書いた曽根綾子氏の記事。
曽根氏は「日本も海外からの移民をもっと受け入れていかなければならない」「でも、生活習慣や常識がそれぞれ違うから、最初はそれぞれ決められた地区で住んだ方がいい」とアパルトヘイト廃止後の南アフリカ共和国の例を出して、「人間は事業も研究も運動も何もかも一緒にやれる。しかし居住だけは別にした方がいい」と書いた。
凄くまともな意見だと思うし、実際いろんな風習が違うんだから何も間違った意見とか偏見にまみれた差別的な発言にも思えない。
でも、この記事を読んだ数人がネットに拡散させ、あっという間に炎上した。
そして、週刊文春に掲載された林真理子氏のコラム。
川崎市の中1男子殺人事件について、「被害者の母親がもっとしっかりしていたら、みすみす少年は死ぬことはなかったはず」と書いた。
こちらもネットに転載され、批判的で攻撃敵なコメントが溢れ炎上してた。
他にも同じようにネットに転載されて炎上したケースを記載してある。
まぁ、有名人や文化人の発言に対してネットでの炎上はよくある事だが、この記事はこの炎上の仕組みを分析してる。
これが「なるほど」と納得してしまうような内容。
要約すると
1,本来ペーパーベースの出版社が、今は何が何でもネットにも進出って危機感で、ノウハウ無しに記事を転載する
2,有名人が遭遇した事に対して素直に自分の感じた事を自身の言葉で書くと「上から目線で」とか「何様のつもり」とひがむ人が多い。
って事をベースに
ネット記事のほとんどが無料で読めるのに対し、雑誌や書籍は「好んで購入した人」のみが読むものだということ。
ペーパーベースの読者はその雑誌や書籍・著者のファンである場合が多い。その為好意的に解釈したり、少しぐらい極端な意見でも受け止める。したがって炎上しない。また、少々上から目線で書こうがその人の書くものを読みたい人が読者(購入者)だから納得する場合が多い。
しかし、それがネットの場合は違う。著者のファンでも雑誌の購読者でもない人が目にしたとき、ただその文や記事だけ読んで批判する事が出来る。つぶやく事が出来る。
なるほど。その通りだな。
わざわざ買って読んだ本について批評したり批判するのは購入者の自由だが、その作家のファンの人は余程つまらん内容だったり、今迄と全く違う意見が書いてない限り好意的に読むわな。嫌なら次から買わないだけだもの。
ネット意見は無料で読めるから好きな作家や文化人、有名人に限らず拾い読みする事が出来る。だから言葉の端々に突っ込んだり、挙足を取ったり、ちょっとでも上から目線的な発言だと攻撃的になる。
狩野英孝さんの「hideのサイン見つけた」ってツイートに「なんでお前ごときがhideさんをhideって呼び捨てにしとんねん」
スピードワゴン井戸田さんがTV番組で、ワン・ディレクションのメンバーの一人がストレスのためツアー途中で降板した事に対して自説を語ったら「何様のつもり?お前とIDはレベルが違うぞ」
こんな事は日常茶飯事。こんな記事がネットニュースに溢れてる。
この記事はこれ以降の記載はちょっと俺と意見が違う。このコラムを書いた人はこの後、「ネット上では、作家など書き手の「経歴」や「権威」は紙ほど通用しない傾向があり、その意味でネットに転載されれば批判にさらされることとなる記事やコラムは少なくないだろう』
簡単に言えば
「有名人や作家は上から目線や自身の権威をちらつかせる記事や発言はネットではしないほうがいい。それがが炎上しないコツだ」と。
いやいや、自身が特権を持ってる人はそれが特権と感じてないからね。
生まれた時から運転手のいる生活してた子は、教習所に通って運転免許を取りにいくって行為はもう冒険の旅だろうし、いつもマネージャーや秘書に付き添われて行きつけの料理屋の個室で食事をする人は、普通のテーブルに案内されるような店はすぐ出る。
そして林氏も曽根氏もネット住民の批判にはほぼ無視の姿勢をとってる事に対してこの人は、「ネットに書き込まれる「一般人の意見」など、取るに足らないと思っている態度がチラつく。しかしこの態度こそ、時代に取り残された書き手の後ろ姿のようにも見えてしまうのだ。」と締めくくってる。
この人はどっちの味方だ?別にどっちでもいいんだが、一つだけこのコラムを書いた人に言いたい。
作家は基本的に原稿料をもらって記事やコラムを書く。出版社はお金を払ってでも書いて欲しいから依頼する。
したがって作家は取材や資料を元に書くし、書いたものに責任もとる。お金を払ってでもその人の本や記事が読みたいから本や雑誌を買う。
それとネット住民やスマホ所持者の、無料投稿、無料閲覧、無断転載、無責任発言とは質が元々違うよね。一緒にしてどうする。
まぁ勿論これも無責任投稿だから無視していただいて結構です。
Wedgeの3月18日のネット記事「「紙は炎上しない」は間違い 曽野綾子・林真理子コラムに見る、著名人の「上から目線」が通用しないインターネット』と題するコラム。
このコラムは曽野綾子氏のコラムと林真理子氏のコラムを題材に、今のネット炎上の仕組みやモラルを書いてある。
産經新聞の連載コラムで書いた曽根綾子氏の記事。
曽根氏は「日本も海外からの移民をもっと受け入れていかなければならない」「でも、生活習慣や常識がそれぞれ違うから、最初はそれぞれ決められた地区で住んだ方がいい」とアパルトヘイト廃止後の南アフリカ共和国の例を出して、「人間は事業も研究も運動も何もかも一緒にやれる。しかし居住だけは別にした方がいい」と書いた。
凄くまともな意見だと思うし、実際いろんな風習が違うんだから何も間違った意見とか偏見にまみれた差別的な発言にも思えない。
でも、この記事を読んだ数人がネットに拡散させ、あっという間に炎上した。
そして、週刊文春に掲載された林真理子氏のコラム。
川崎市の中1男子殺人事件について、「被害者の母親がもっとしっかりしていたら、みすみす少年は死ぬことはなかったはず」と書いた。
こちらもネットに転載され、批判的で攻撃敵なコメントが溢れ炎上してた。
他にも同じようにネットに転載されて炎上したケースを記載してある。
まぁ、有名人や文化人の発言に対してネットでの炎上はよくある事だが、この記事はこの炎上の仕組みを分析してる。
これが「なるほど」と納得してしまうような内容。
要約すると
1,本来ペーパーベースの出版社が、今は何が何でもネットにも進出って危機感で、ノウハウ無しに記事を転載する
2,有名人が遭遇した事に対して素直に自分の感じた事を自身の言葉で書くと「上から目線で」とか「何様のつもり」とひがむ人が多い。
って事をベースに
ネット記事のほとんどが無料で読めるのに対し、雑誌や書籍は「好んで購入した人」のみが読むものだということ。
ペーパーベースの読者はその雑誌や書籍・著者のファンである場合が多い。その為好意的に解釈したり、少しぐらい極端な意見でも受け止める。したがって炎上しない。また、少々上から目線で書こうがその人の書くものを読みたい人が読者(購入者)だから納得する場合が多い。
しかし、それがネットの場合は違う。著者のファンでも雑誌の購読者でもない人が目にしたとき、ただその文や記事だけ読んで批判する事が出来る。つぶやく事が出来る。
なるほど。その通りだな。
わざわざ買って読んだ本について批評したり批判するのは購入者の自由だが、その作家のファンの人は余程つまらん内容だったり、今迄と全く違う意見が書いてない限り好意的に読むわな。嫌なら次から買わないだけだもの。
ネット意見は無料で読めるから好きな作家や文化人、有名人に限らず拾い読みする事が出来る。だから言葉の端々に突っ込んだり、挙足を取ったり、ちょっとでも上から目線的な発言だと攻撃的になる。
狩野英孝さんの「hideのサイン見つけた」ってツイートに「なんでお前ごときがhideさんをhideって呼び捨てにしとんねん」
スピードワゴン井戸田さんがTV番組で、ワン・ディレクションのメンバーの一人がストレスのためツアー途中で降板した事に対して自説を語ったら「何様のつもり?お前とIDはレベルが違うぞ」
こんな事は日常茶飯事。こんな記事がネットニュースに溢れてる。
この記事はこれ以降の記載はちょっと俺と意見が違う。このコラムを書いた人はこの後、「ネット上では、作家など書き手の「経歴」や「権威」は紙ほど通用しない傾向があり、その意味でネットに転載されれば批判にさらされることとなる記事やコラムは少なくないだろう』
簡単に言えば
「有名人や作家は上から目線や自身の権威をちらつかせる記事や発言はネットではしないほうがいい。それがが炎上しないコツだ」と。
いやいや、自身が特権を持ってる人はそれが特権と感じてないからね。
生まれた時から運転手のいる生活してた子は、教習所に通って運転免許を取りにいくって行為はもう冒険の旅だろうし、いつもマネージャーや秘書に付き添われて行きつけの料理屋の個室で食事をする人は、普通のテーブルに案内されるような店はすぐ出る。
そして林氏も曽根氏もネット住民の批判にはほぼ無視の姿勢をとってる事に対してこの人は、「ネットに書き込まれる「一般人の意見」など、取るに足らないと思っている態度がチラつく。しかしこの態度こそ、時代に取り残された書き手の後ろ姿のようにも見えてしまうのだ。」と締めくくってる。
この人はどっちの味方だ?別にどっちでもいいんだが、一つだけこのコラムを書いた人に言いたい。
作家は基本的に原稿料をもらって記事やコラムを書く。出版社はお金を払ってでも書いて欲しいから依頼する。
したがって作家は取材や資料を元に書くし、書いたものに責任もとる。お金を払ってでもその人の本や記事が読みたいから本や雑誌を買う。
それとネット住民やスマホ所持者の、無料投稿、無料閲覧、無断転載、無責任発言とは質が元々違うよね。一緒にしてどうする。
まぁ勿論これも無責任投稿だから無視していただいて結構です。