五分の魂

だらだら思ったこと。

買っちゃった。

2006年11月17日 21時01分23秒 | 栽培マン。
買っちゃった。買っちゃった。
グズマニアを買っちゃった。
だって、840円。
普通なら、一桁違ってもおかしくない。
値崩れコーナーにおいてあったので、勇気を出して聞いてみた。
そしたら840円だって。
うわー。
うわー。
うわー。
お姉さんの「来年も楽しめますよ」がダメ押しした。

ほんとはベゴニヤを買おうと思っていたのに。

スペース。

2006年11月16日 23時54分02秒 | 栽培マン。
スペースが空いてしまった。

ベランダの話である。

昨日くらいから、急に寒くなってきた。

ベランダの鉢を部屋に入れた。
アボガドと、ガジュマル

半月くらい前、実家が寒くなった日、たまたまおかーさんと電話で喋っていて、寒くなったから植物を部屋に入れると言っていた時に釣られて部屋に入れてしまったシャコバサボテンテーブルヤシ
テーブルヤシは、直射日光ダメというので部屋に入れたり出したりしていたけれど。

部屋に土がむき出しでは、と、今日、木っ端を買ってきた。
高いなぁ。六百円。
でも木の良い匂い。触ったあとの手が。

そうすると、部屋に緑を増やしたくなる。

なになに、ベンジャミンは冬に弱いとな。
よし、部屋に入れよう。

そんなわけで、今、ベランダに植物を置くスペースが広がった。膨大に。

ああ、ベゴニヤが欲しい。

※写真は、部屋に入れてしまったベンジャミンであり、若っぽい葉っぱは、若い葉っぱです。ウチに来てから出た葉っぱ。

結実。

2006年11月16日 21時52分03秒 | 栽培マン。
ここ最近、薄ぼんやりと、トイレの水洗タンクの上の水がジョージョー流れるところで、何かしら水栽培的なことが出来ないかと考えていた。

数日前、ふらりと立ち寄った雑貨屋で、水苔が球状に整形されているものを見つけた。
中心に穴があけてあり、植物を埋め込めるようになっている。
その店では、小さな観葉植物を埋め、かわいらしい食器に置いてディスプレイされていた。

気温が下がってきたので、植物たちが春から夏にかけてみせた、バカみたいな生命力が若干鈍ってきた。

ああ、植物のバカみたいな生命力を見たい。
そういえばポトスが馬鹿みたいだと言うではないか。
自分に禁じていたよ。ポトスを手に入れるのは。だって生命力がバカみたいだというから。蔓だし。


そして、今日、この思いが一つになった。

いやね、これだけ考えているなら、簡単に一つになりますよ。

でもね、その合間合間に、

どの植物を部屋に入れようかとか、ヒヤシンスの芽が伸びてきたよとか、こっちのチョロリとしたものはチューリップの芽じゃないかとか、今年はどうも暖かい気がするが、それは植物にとってどうなのかとか、エアプランツに少し茶色いところが出来てきたのは、水が足りないからなのかはたまた水をやりすぎて腐っているのかそれにしてもカサカサしているしなぁとか、カランコエが少しずつ花を咲かせているよとか、育てている覚えのない植物が勢いづいてきたよとか、私結局嫁に行かないまま一生過ごすのかとか、嗚呼それにしてもおぎやはぎは面白いなあとか、いやいやバナナマンも面白いよ、やっぱり細かいとこちゃんとしているコントが良いなとか、それにしても私ったら自転車のカギ何処に仕舞ったのかしらとか、免許の更新行かなきゃとか、ブルーベリーが少し紅葉してきたよとか、シャコバサボテンの花が咲いたよとか、プリンタ壊れたと思ってたけど久しぶりに使ってみたら壊れてなかったよとか。

そりゃあもう、いろんなことを考えているわけですよ。

その中での冒頭の三つの考えが結実した。
今日、した。

早速、帰り道に水苔の球とポトスを買って帰る。

ホントならポトスは百円くらいで小さいのを買うつもりだったけれども、そんなのが見つからなかったため、とても割高に雑貨屋で購入。四百円。ウヒー高い。

パチパチ鋏で切り、苔にさす。
使ってないおしゃれかごに乗っけ、水洗タンクの上に。

残ったポトスは部屋に飾る。

こうして増えてしまったら、花屋で見かけたみたいになんか芯を入れてモリモリっとしたポトスの鉢に仕立ててやる。


根ぐされ等したらお知らせします。

ワタシの恥ずかしいコト、告白しちゃいます。

2006年11月13日 02時42分26秒 | 日記
と、エロ気味で。

先週、とても荷物がたくさんあった日、池袋で三時間ほど、時間をもてあましました。
そこで、ひとりカラオケ。
いや、まだここが恥ずかしいコトじゃない。

カラオケって、行きつけないのであんまりなんか、よくわからない。
システムとか。
恥ずかしいコトはここでもない。

年を書くところにも、恥ずかしがらず実年齢を書く。
こんな時間に来ているのは、二十歳前後の若者たちだけだ。
ここもまだ、恥かしいコトじゃない。

フリードリンクって、何処から選べば良いかよくわからない。
でも、こういうときはコーラなので大丈夫。
全然恥かしくない。

折角のひとりカラオケなので、歌い上げるような歌とかマニアックな歌とか青春時代の歌とかをどんどん歌う。
「翼を下さい」とか。
「思い出がいっぱい」とか。
まだまだ恥かしくないぞ。

なんか、最近のカラオケって、力入っている画像が流れるパターンもあるのね。

まず、「世界に一つだけの花」の映像でなぜか涙が流れる。

ハズカシーい。一人なのに恥かしい。

花畑の中で幼児がスケッチブックに書いた文字を掲げることによって歌詞が分かると言うシステムの映像。

なぜだ。なぜ涙が流れる。

そして、これで涙が流れてしまったので試しに何故か涙がこみ上げて来る「少年時代」を選曲してみる。

こみ上げる。

恥かしーい。

そして、「秋桜」。
涙が溢れて歌えない。
酔っ払ってもいないのに。

ああ、恥かしい。

今、冷静になって考える。

なんでだろう。「世界に一つだけの花」なんてのは、少しばかりバカにさえしているのに。
「少年時代」も「秋桜」も、思い出がまるでないと言えば嘘になるが、(ちなみに「少年時代」は、多感な十七歳の頃、見に行った芝居で使われていて、曲だけでうっかり号泣してしまった曲、「秋桜」は大学の入学式のとき、母から送られてきた音楽電報の曲。このときは「これ、結婚式用じゃないの?」と激しく突っ込んだ曲。)それ以上に思い入れのあるであろう曲はもっともっとあるはずだ。
でも、何故か涙がこみ上げることで、この二曲はワタシの思い入れのあるであろう曲の上位にランクされている。
これが名曲の力ってモノなのか。

この、こみ上げて来るっぷりは、何故か笑いがこみ上げて来るのとちょっと似ている。
これについては、以前、「力のある音楽。」で書いたので割愛するが、どちらにしろ、曲が盛り上がるところで笑いか涙がこみ上げる。

年をとって、どんどん涙腺が緩んでくると、曲が盛り上がるたびに涙がこみ上げるようになっていくのかもしれない。

オメデトウ。

2006年11月13日 01時43分32秒 | 日記
11月11日、ポッキーの日は、友人の結婚式でした。
ああ、結婚式って楽しいなぁ。
似ている人や似ているもの、たくさんありまして、ああ、納得。
まず、新郎と新婦弟、新郎弟がよく似ている。
さらに新郎のご両親と、新婦のご両親、なんか似ている。さらに言うなら、新郎新婦も似ている。
前々から楽しみにしていた、新婦友人の余興もすばらしく、お食事もおいしく、お式はなぜか面白く?大変楽しかったです。
お幸せに♪

シャコバサボテン。

2006年11月05日 22時19分16秒 | 栽培マン。
まゆみんにもらったシャコバサボテン。

本来なら挿し木するのは春が良いらしい。

なのにもらったシャコバサボテン。
生命力の強さにかけていた。

ああだけれどもだけれども。
葉っぱはどんどん赤くなる。
紅葉(モミジ)の紅葉(コウヨウ)的赤さだ。
無理だったのかー。無理だったのかー。
頼む、枯れないでくれ。

てなわけで、花はハナからあきらめていた。
なんとか根付いてくれ。
根付いてくれさえすれば良い。

そもそも、花を咲かせるためには短日処理というのをしなければならないらしい。
日が短くなったのを察知して花を咲かせる植物だから。
そして少しの光でも感知してしまうから。
真っ黒のダンボールをかぶせたり取ったりかぶせたり取ったり。
そんなことしている場合じゃない。
とにかく第一に根付かせなければ。




なのにね、つぼみがついたかと思うとどんどん膨らんで、今、一番大きなのがこれです。
つぼみがどんどんついています。

ああ、いとおしいって気持ちはこれなのかしら。