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カトリック情報

katorikku jyohou

宗教画がはやってたときもあったとさ。今の人わけわからん。

2019-02-16 | 建築と美術

ワンランク上の西洋絵画鑑賞術

西洋絵画を鑑賞するには知識が必要です。以下に挙げるような知識を蓄えていけば、絵画を単に眺めるのではなく、理解することが可能になります。

アトリビュート:絵画に書かれているヒトが誰かを表す目印。

アトリビュートが生じた理由。
1.近代以前(およそロココ以前)の絵画はパトロンからの発注を受け、制作者としての画家がいた。
2.絵画には高級なものと高級でないものといった階層があった。17世紀~18世紀フランスアカデミーが明確化。歴史画(神話画、宗教画、寓意画)←肖像画←風俗画←風景が←静物画の順。人物を正確に表現するのが高度な技術を要するから。さらに思想(宗教的教義)や物語(神話)といった教養がないと描けない絵が高位。
つまり、パトロンが描かせた絵画が、高級なものだと見極める記号が必要だったのです。

https://tnj010.com/%E3%82%AD%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88%E3%81%AE%E7%94%9F%E6%B6%AF


フルール・ド・リス

2018-12-31 | 建築と美術

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%AA%E3%82%B9

fleur-de-lis の直訳は「ユリ」であるが、ここに言う「ユリ」は一般的な「ユリ」(ユリ科ユリ属)ではなく、アヤメ科アヤメ属キショウブ Iris pseudacorusニオイイリス Iris florentinaといった花を指すとされる。

クロヴィス1世

伝説によれば493年メロヴィング朝クロヴィス1世キリスト教への改宗に際し、フランスの君主で最初にフルール・ド・リスを王家の紋章に採用して宗教的純血の象徴とした[7]。伝説は様々な形をとっており、その多くはクロヴィス王の改宗に関連したものであった。これらの伝説は、「フランス王の権威は皇帝教皇の審議なしで直接神から授かったものであり、フランス王家は聖別されている」という主張を裏書するものとなった。

伝説のいくつかは、クロヴィス王を聖別するために天からもたらされた聖油の壺について記述しており、王族の神秘性を強めている[8]。これはおそらく、ハト聖レミギウスのところに運んだものである。別の伝説によれば、クロヴィスの洗礼式に聖母マリアが現れ、祝福の贈り物としてユリを与えたという。聖母マリアは、しばしば花と関連付けられる [9]。クロヴィスの妻、ブルグンド王国のクロティルダ(後の聖クロティルダ)は、通常これらの伝説の中で重要な役割を果たしている。夫がキリスト教信者になるのを促しただけではなく、彼女の存在は君主を支持するブルグンド王国の重要性を強調するのである[10]

キリスト教とフランス王の王権神授に重きを置かない伝説によれば、クロヴィスはヴイエの戦いで勝利を収める直前に花をかぶとに置いたといい、そこからフルール・ド・リスを王家の象徴に選んだという[11]

フランク時代からのフランス王権

このクロヴィスとの関係から、フルール・ド・リスはすべてのキリスト教徒のフランス王を象徴するようになったが、なかでも有名なのがシャルルマーニュ(カール大帝)である。14世紀のフランスの著述家の主張によれば、西フランク王国から発展したフランスの君主はその伝統を、クロヴィスが神から授けられた王家の紋章の贈り物にまで遡ることができるという。

この言い伝えは現在まで流布しており、たとえ17世紀に懐疑論が起こり、現代の学識が「フルール・ド・リスは紋章の図像となる以前は宗教的な意匠であった」と確認したとしても、それは変わらない[12]

実際のユリの花とともにフルール・ド・リスは聖母マリアと関連付けられ、12世紀にはルイ6世ルイ7世などで紋章に使い始め、自らの主権聖人の象徴とを結びつけようとした。ルイ7世は1179年、息子のフィリップ2世即位式の際、フルール・ド・リスの衣服の使用を命じているが[13]、フルール・ド・リスの使用が初めて目に見える形で確認できるのは1211年のことになる。それは、のちのルイ7世とその保護者を表す封蝋で、「花」がちりばめられている [14]

14世紀後半まで、フランス王家の紋章はフランス語で「D'azur semé de fleurs de lis d'or」という、金色の小さなフルール・ド・リスを撒いた青い盾であったが、シャルル5世は1376年頃、フルール・ド・リスを全体に散らしたものからフルール・ド・リス3つのデザインに変更した。これら2つの紋章はそれぞれ「France Ancient」(古フランス)「France Modern」(近代フランス)という符牒で呼ばれる[要出典]

ルイ9世(聖王ルイ)の時代、3つの花びらは信頼、知恵、騎士道精神を意味し、フランスに授けられた神のしるしだと言われた[15]。次の14世紀には聖三位一体を象徴することがフランスで伝統になり、他へ広がっていった。


ロマネスクのいきさつ

2018-01-11 | 建築と美術
ではこのキリスト教美術であるロマネスク美術がいかにして約200年もの長い年月に亘りヨーロッパ全域に根付いたのでしょうか。
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 ロマネスク美術は上に引用したように、色んな評価はあり得るでしょうが、宗教美術というジャンルは何といっても目に見えない世界のものをこの世で顕在化する美術ですから、当時としての最高レベルの神学、哲学、聖書、歴史学、動物寓意学、装飾学的要素などを糾合した難解なインテリ芸術であったことでしょう、また日常文盲の信者たちの目に触れさせ教育をも兼ねた宗教政策上の標本物みたいな役割をも果たしていたわけで、その意味では単純明快で理解しやすいものでなければならかったでしょう。
 
大多数を占める民衆に対し、封建制度が確立へと向かうほど王権と宗教ヘラルキーの結託が強められ、結果として協同して総合的にロマネスク美術の敷衍に腐心し基盤を固めていったものと思われます。