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ペットシッターの紹介する本や映画あれこれ by ペットシッター・ジェントリー

ペットシッターを営む著者が、日常業務を交えつつ、ペット関連の本や映画を紹介します

小説『ベルカ、吠えないのか?/古川日出男』

2020年01月10日 23時50分00秒 | 犬の本

以前、『少女奇譚 あたしたちは無敵/朝倉かすみ』 という小説をご紹介した際、動物愛護について自分なりに思うところを書きました。他にも似たような疑念はいくつかあって、そのうちの一つが純血信仰です。犬でも猫でも、ペットショップで売られているペットはたいてい純血種です。最近では愛護センターから引き取るケースも増えてきましたが、純血種をありがたく思い、純血種なら安心、とペットを購入する人は少なからずいます。

昨年出された『純血種という病/マイケル・ブランドー』という本では、そのあたりがかなり批判的に書かれているようです。ただ僕は、純血種を作出し、それを大事に扱うことを、一概に否定することもできないでいます。たとえば、犬種を人種に置き換えてみたとして、皆さんは日本人という人種にこだわりはないでしょうか? 僕にはあります。この先、大相撲の力士が全員外国人になったらちょっと嫌だなあとか、世界で活躍する日本籍のスポーツ選手が純粋な日本人だとより嬉しいなあとか思う気持ちは、どこかにあります。それを差別というなら、そもそもオリンピックなどの競技会で日本人選手を応援すること自体、差別だということになってしまう、そんな気もします。

ペットに話を戻しましょう。ペットシッターにとっても純血種というのは正直、ありがたい存在です。初めて接するペットの場合、純血種ならある程度、性格や対応の仕方が事前にわかるからです。これがミックス(雑種)の場合、実際に会ってみるまで何もわかりません。人間と動物とが平和に共存していくため、穏やかで人懐こい性格が求められ、そうした動物が作出されていきました。そのことが100%悪いことだとも思えません。ただ、純血種だからこその先天的疾患や弱さを持つことがあるのも事実です。このあたり、忸怩たる思いを抱えながら、日々いろんなペットと接しています。

さて、今回ご紹介する小説『ベルカ、吠えないのか?/古川日出男』は、どストレートな犬の小説です。このブログを開設するにあたり、絶対に紹介しようと最初から思っていた一作であり、僕の大好きな小説です。

太平洋戦争で日本が占領し、その後に手放したキスカ島。そこに残された4頭の軍用犬から物語はスタートします。1頭の名は〈勝〉。進軍してきたアメリカ兵を地雷に誘い込む特攻で爆死します。残された〈正勇〉、〈エクスプロージョン〉、〈北〉の3頭はそれぞれの子を残し、その子孫がそれぞれに数奇な運命をたどっていきます。
 〈正勇〉と〈エクスプロージョン〉は、純血のシェパード犬。彼らは夫婦となってまた純血の子を産みます。ドッグショーで人気となり、人間の管理下でその子孫もまた純血が守られていきます。
 いっぽう、〈北〉は北海道犬でした。やはり人間の管理のもと、様々な犬種との子供を作り、その子孫はさらに狼の血までも交えつつ、雑種としての逞しさを身につけていきます。

この小説、とにかく話のスケールがでかいのが特徴です。4頭の犬から始まった物語は、彼らの行く末を追いながら、同時に二十世紀という戦争の時代を丹念に描いていきます。第二次大戦後の冷戦構造があり、米ソの代理戦争である朝鮮戦争、ベトナム戦争が勃発します。やがて米ソの宇宙開発競争が始まり、ソ連が世界で初めて宇宙へ飛ばした動物は正に犬でした。こうした歴史上の出来事に、最初の4頭の子孫が絡み、ダイナミックに話が展開していきます。
 歴史を順番にたどる描写と並行して、現代ロシアにおけるチェチェンとの対立が描かれます。登場するのは、〈大司教〉と呼ばれる凄腕の殺し屋、日本のヤクザとその娘。彼らの行動と、当初4頭から始まった犬の歴史とがやがて結び合うとき、読む者の胸に震えるような感動が生まれます。

つまり本作は、壮大な裏面史ものです。二十世紀という時代において、犬がどれだけ大きな役割を果たしてきたかが描かれています。史実以外は全てフィクションです。それにしてもなんという創造力でしょう。読んでいてこれほど胸が躍り、熱い感情がこみあげてくる作品を知りません。とくに、雑種としての“強さ”を高めていく〈北〉の子孫と、純血を貫く〈正勇〉と〈エクスプロージョン〉の子孫が、ある時、ある場所で運命の出会いを遂げるシーンは、落涙間違いなし。同時にそこで、冒頭に掲げた純血種と雑種に関する考察が頭をもたげてきます。はたして著者はこの問題にどう決着をつけるのか、ぜひ読んで味わってみてください。
 とにかく本を開いたが最後、一気読み必至の傑作小説です。大スペクタクル冒険絵巻、極上のエンタテインメントがここにあります。


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