あまた存在する動物の中で、犬ほど多様な容姿を持つものはいません。体重差で数十倍もの違いがあり、見た目も大きく異なるいくつもの種が存在します。たとえば宇宙人が地球に来たとして、セントバーナードとチワワを同じ種の動物だと認識するのは難しいでしょう。
もちろん、人間が犬を繁殖するにあたり、特徴を際立たせてきた歴史があるわけですが、人間は彼らに形を与えると同時にキャラクターを与えていった気もします。以前にご紹介したグレート・デーン、それからシェパードやドーベルマンなど大型で立派な体格を持つ犬は、「格好いい!」と皆が称賛します。アフガンハウンドやボルゾイには優雅さ、グレートピレニーズやゴールデンレトリバーには穏やかさや包容力を感じます。チワワやトイプードルにはぬいぐるみのような愛らしさがあります。柴犬は扱いが厄介なところがありますが、欧米では人気があり、謎めいた表情にオリエンタルな雰囲気を感じるそうです。
いっぽうブルドッグやパグなど、コロコロとした体格で独特の顔を持つ犬に備わったキャラクターは、なんといってもユーモラスさでしょう。本人(本犬?)にとっては不服かもしれませんが、その姿を見ているだけでどうしても笑いがこみあげてきます。以前、パグを散歩させていたとき、ただ歩いていただけなのに通りがかった小学生たちが爆笑したことがあります。ちょっとかわいそうな気もしますが、思わず笑ってしまう気持ちもわかります。この種の犬がよく見せる、顎を床にぴったりつけ、べたっと這いつくばるようにして寝る姿も、僕は大好きです。
今回ご紹介する映画『パターソン』に登場する犬のマーヴィンは、イングリッシュブルドッグという種類です。映画では、パターソンという街にパターソンという名の青年が住み、彼のありふれた日常が詩情豊かに描かれていきます。マーヴィンは、パターソンとその恋人が飼っている犬です。犬が出てくる映画といえば、人間を守って活躍したり、人間との交流を通して深い絆を感じさせてくれるものが多いですが、マーヴィンには全くそんなところはありません。彼は家の中で寝ているか、散歩の時も自分の歩きたいように歩くだけで、どちらかといえば猫映画に近い印象があります。
それでも、夜の散歩の途中でパターソンが酒場に立ち寄る際、マーヴィンが店の外につながれている様子を見るだけで、なにか心を動かされるのです。パターソンと恋人との生活は、さほど裕福ではないながら、大きな波乱もありません。パターソンは市営バスの運転手で、勤務の合間に趣味で詩を書いています。バスには様々な人々が乗ってきて、彼らの何気ない会話や町でみかけるちょっとした光景などが、パターソンの書く詩によって描きなおされていきます。
一見なんともない日常に思えるなかにも、探し出して光を与えれば輝きはじめるものが必ずあるはず。パターソン達のささやかな日々を、はたから達観したように見つめる存在として、マーヴィンは立派な“演技”をしています。そのかいあってか、カンヌ国際映画祭において優秀な演技を披露した犬に贈られるパルム・ドッグ賞を、マーヴィンは受賞しています。彼女(映画では雄犬の役ですが、実は雌なのです!)の名演と共に、映画も本当に素晴らしいので、お勧めです。