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エッセイ『旅をする木/星野道夫』

2020年10月20日 08時45分00秒 | いろんな動物の本

動物愛護法という法律(正式名称は「動物の愛護及び管理に関する法律」)があります。人と動物が共に生きていける社会を目指し、定められたものです。下記のサイトで全文を読むことができます。

◆動物の愛護及び管理に関する法律

僕は動物に関する仕事をしながら、動物愛護という概念にはいつも引っかかりを感じます。上記の法律によれば、愛護動物を殺したり傷つけたりすると懲役または罰金刑が課せられることになります。しかし、「愛護動物」には定義があり、下記の2種類が該当します。

  1. 牛,馬,豚,めん羊,山羊,犬,猫,いえうさぎ,鶏,いえばと,あひる
  2. 上記のほか、人が占有している哺乳類,鳥類,爬虫類

つまり、魚や昆虫、両生類などは該当しません。人間が勝手に「保護されるべき生き物」と「保護しなくていい生き物」を分けているのです。これってどうなんだろう、と思うわけです。

写真家・星野道夫さんは、アラスカに住み、厳しい自然の風景や動物を撮り続けました。彼のエッセイ集『旅をする木』には、そうした撮影旅の様子が紹介されています。カリブーの撮影をするため、半径数百kmに人がいない原野で一カ月ほどを過ごすようなこともあります。自然と動物に対する強い思いがなければ、到底こなせることではありません。そんな星野さんがこの本の中で明確に、〈自然保護とか、動物愛護という言葉には何も魅かれたことはなかった〉と書いています。その気持ちに僕も共感します。いかなる生き物も、他の生き物の命を取り込むことによってしか生きられません。食物連鎖以外でも僕らは、犬や猫の命は大事に扱う一方で、蚊やゴキブリの命はたやすく奪います。動物愛護の考えというのは、案外すぐに限界に行き当たるのです。

本書にこんな一節があります。

〈アラスカの自然を旅していると、たとえ出合わなくても、いつもどこかにクマの存在を意識する。今の世の中でそれは何と贅沢なことなのだろう。クマの存在が、人間が忘れている生物としての緊張感を呼び起こしてくれるからだ〉

普通、クマは脅威の対象とされます。いっぽう星野さんは、クマの存在を〈贅沢なこと〉と表現します。安易な動物保護の考えからは決して出てこない言葉です。星野さんは、実に深いところで自然や動物を眺めています。それは一見、一般的な良識に反することでもあります。現代社会では否定的に捉えられる狩猟文化についても、星野さんの言葉は独特です。

〈生きてゆくということは、誰を犠牲にして自分自身が生きのびるのかという、終わりのない日々の選択である。生命体の本質とは、他者を殺して食べることにあるからだ〉

狩猟とはまぎれもない殺戮であり、それは生命活動そのものです。現代社会では単にそれが見えづらくなっているだけ。星野さんの言葉は真実を突き、同時に優しいまなざしに満ちてもいます。星野さんの本職は写真家であり、特別な文章修行をされたわけでもないと思いますが、そのシンプルかつ含蓄に富んだ文章からは、いくらでも新しい気づきを得ることができます。

僕は星野さんの文章を読むたび、人はどう生きてもいいのだというメッセージを受け取り、勇気づけられます。本書の中でも、リツヤベイという場所にたった一人で22年間を過ごした男の話が出てきます。彼は一年に一度だけ町に降り、一年分の新聞をもらって帰り、それを一日分ずつ読む生活を送っています。我々からすれば想像もできない孤独な生活ですが、星野さんはそんな生き方にも光を見出しています。

現代では、孤独が否定的にとらえられがちですが、星野さんは孤独の持つ価値について本書で何度も書いています。一人で氷河のある山地に分け入り、キャンプをするとき。周囲には、山と氷河と空しかありません。

〈こんな場所に突然放り出されると、いったいどうしていいのかうろたえてしまう〉〈けれどもしばらくそこでじっとしていると、情報がきわめて少ない世界がもつ豊かさを少しずつ取り戻してきます〉

たとえば星野さんが初めて海外を旅したとき。たどりついたロサンゼルスの港で、知り合いも今夜泊まる場所もない。何一つ予定はなく、誰も自分の居場所を知らない。彼はそこで、〈叫びだしたいような自由に胸がつまりそうだった〉と書いています。孤独とは自由の裏返しであり、孤独な状況でこそ、自分の真の姿、真の生きる目的が見つかるのでしょう。

本書にはこうして、実に多彩なテーマが語られています。最後に、僕のいちばん好きな箇所を紹介して終わります。これは星野さんとご友人が、アラスカの氷河で満点の星空を見上げている時の会話です。

〈こんな星空や泣けてくるような夕陽を一人で見ていたとするだろ。もし愛する人がいたら、その美しさやその時の気持ちをどんなふうに伝えるか〉
〈写真を撮るか、もし絵がうまかったらキャンパスに描いて見せるか、いややっぱり言葉で伝えたらいいのかな〉
〈自分が変わってゆくことだって……その夕陽を見て、感動して、自分が変わってゆくことだと思う〉