僕がこれまでに扱った最も大きな犬は、グレート・デーンです。大きいものだと体高が1メートル、後ろ足で立ち上がると170センチ程にもなります。そうした知識はあったものの、事前訪問で初めて会った時には、想像以上の大きさにひるみました。一緒にシェパードとゴールデンレトリーバーがいたのですが、この2匹が小型犬に見えるほどでした。それでも性質はすこぶるおとなしくて気が弱く、夏の花火大会の時には、音に怯えてケージから出てこないそうです。
一緒にお散歩に出かけると、犬の散歩というより、ロバか子馬を連れているような気分でした。とても行儀よく穏やかに歩いてくれるため、まったく手間はかかりませんでした。ただ、度肝を抜くほどのウ○チの量には参りました。
今回はこのグレート・デーンが出てくる作品として、いつもとは毛色の違う小説を紹介してみたいと思います。津原奏水さんの書いた「クラーケン」という短編です。『11 eleven』という短編集に収められています。
主人公は、一人で犬と共に暮らす〈女〉。グレート・デーンを代々4頭飼い続け、すべて〈クラーケン〉と名付けています。最初の一頭に出会ったのは偶然通りがかった犬舎。扱いに困っていた業者が無料で譲ってくれたのです。犬の搬入についてきた訓練士は、二十歳にも満たない少女でした。巨大なケージを玄関先に置くと、女はほんの気まぐれで訓練士をケージに入れ、鍵をかけます。とくに理由は明かされません。
泣いて嫌がっていた少女は明け方に開放されますが、なぜか翌日の夜にもやってきて、自分からケージに入っていきます。このあたりから物語は妖しく耽美な様相を見せ始め、驚愕のラストまで一気に突き進みます。江戸川乱歩の手触りに似ているかもしれません。ほんの20ページほどの作品に、みっしりとした内容が詰め込まれ、相当の読みごたえがあります。
本短編集にはこの他、いずれ劣らぬ10作が収められています。たとえば冒頭の「五色の舟」。見せ物興行で暮らす5人の不具者たちが、人間の頭と牛の体を持つ怪物“くだん”の購入をきっかけに、予期せぬ運命に巻き込まれていきます。「微笑面・改」のおどけたようなホラーも味がありますし、世界昔話風の「琥珀みがき」、純文学風の「YYとその身幹」、ハードSFの「テルミン嬢」も素晴らしいのですが、僕のイチ推しは「土の枕」。戦時に名前を偽って戦場に赴いた青年の数奇な運命が、わずかな文量で駆け抜けるように語られます。歴史小説、戦争小説として白眉の出来であり、集英社の大全「戦争×文学」シリーズにも収録されるという快挙を成し遂げています。
というわけで、読み応えがあって面白い短編集、と言われると僕は本作をお勧めします。長短おりまぜた様々なジャンルの作品が配してありますので、どれか一つは自分の好みに合うものが見つけられると思います。感心するのは、どの物語も独自の世界観に満ちており、文量が少なくても長編一作分の読後感を得られること。現代作家の短編集として、相当にレベルの高いものの一つといって間違いはないでしょう。