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小説『冬の犬/アリステア・マクラウド』

2020年03月27日 23時00分00秒 | 犬の本

「この子は番犬にならないんですよ」
 新規のお客様宅にお伺いした際、よく聞く言葉のひとつです。僕と会うなり尻尾を振って懐いている姿を見て、苦笑交じりにお客様がそうおっしゃいます。もちろんペットシッターとしては、番犬タイプよりもこちらのほうが嬉しいことは言うまでもありません。

僕が子供の頃、田舎で暮らしていたせいもありますが、犬はたいてい外につながれ、番犬にされていました。ほかにも牧羊犬や猟犬、介助犬など、犬は人間との暮らしの中でさまざまな役割を与えられてきました。それは、時代や住む場所によっても変化します。
 今回ご紹介する小説『冬の犬/アリステア・マクラウド著 中野恵津子訳』にも、こうした犬たちが登場します。カナダ南東の海に浮かぶケープ・ブレトン島を舞台に、8編が納められた短編集です。ケープ・ブレトン島は、『赤毛のアン』で有名なプリンス・エドワード島のすぐ東に位置する小さな島です。著者自身がそこで過ごしていたこともあり、島での暮らしの様子がリアルに描かれています。

表題作「冬の犬」も、ケープ・ブレトン島に住む男性の物語です。妻と小さな子供たちとで平和に暮らす彼は、クリスマスの時期、離れて暮らす家族の病気のため、気の休まらない日々を送っていました。ある日の早朝、雪が降ったのを喜ぶ子供たちが外で遊び、そこへ隣家のフェンスを越えて一頭のコリー犬がやってきて遊びに加わります。彼はその犬を見て、過去の記憶を蘇らせます。
 彼が子供だった頃、同じようなコリー犬がいました。犬は家畜犬としてやってきたのですが、牛や馬の群れを誘導する役目をうまく果たすことができません。群れのそばを走ったり軽く噛んだりするのではなく、本気で噛みついて家畜を驚かせ、ケガをさせてしまうのです。噛まれた傷から血が流れ、牛乳に混じって駄目にしてしまうこともあり、犬は「いないほうがまし」と言われる始末でした。
 それでも犬は立派に育ち、途方もない力持ちだったのを買われ、そりを引くようになります。クリスマスツリーや大きな小麦粉の袋、猟で仕留めた鹿などを楽々と運び、時には人がそりに乗ることもありました。ある年の冬のはじめ、彼は犬の引くそりに乗り、海辺へ出かけます。海には流氷が集まっており、流氷の上を彼と犬は冒険に出かけました。凍りついて死んでいるアザラシを見つけ、一緒にそりに乗せて帰路につきますが、途中で流氷の間に落ち、アザラシは海の底に沈みます。彼もそりと共に沈みかけたとき、力持ちの犬が必死で彼をくわえ、氷の上に引きずり上げてくれたのでした。

けっして器用ではない犬。それでも人との絆を忘れない犬。そもそも、自由に生きていいはずの動物に無理やり仕事をさせ、人間のために働かせたのは人間の都合です。なのに、それがうまくできないからと言って馬鹿にされるいわれはないはず。そして、犬の側が人間を見限ってもいいところなのにそうしない。犬がなんともいえず愛おしく思えるのは、そうした姿を見る時です。
 本作は、最後に衝撃の結末を迎えます。それも人間の勝手ではあるのですが、じゃあ人間が完全な悪なのかというと、そうも言い切れません。

訳者あとがきにもあるとおり、ケープ・ブレトン島周辺には、スコットランドからの移民が多く住んでいます。初めて知ったのですが、かつてスコットランドのハイランド地方を羊毛の一大産地にするため、そこに住む人を追い出した歴史がありました。これは「クリアランス」と呼ばれる出来事で、行き場を失った人々はイギリス周辺のほか、北米やオーストラリアにまで新天地を求めました。ケープ・ブレトン島に住む人々もそうした末裔が多く、スコットランドの伝統であるケルト文化を大切に守って生きています。

短編集の他の作品でも、ケルト文化への執着、そして島での苦しい生活が描かれます。決して楽ではない暮らしの中で、犬は人間が生きていくのに不可欠な存在でした。過去のできごと、別の場所でのできごとを今の我々の基準で断罪することは、してはならないことだと思います。その時代、その場所で、誰もが必死に生きてきたのですから。


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