ペットシッターの紹介する本や映画あれこれ by ペットシッター・ジェントリー

ペットシッターを営む著者が、日常業務を交えつつ、ペット関連の本や映画を紹介します

小説『颶風(ぐふう)の王/河崎秋子』

2021年03月31日 10時00分00秒 | いろんな動物の本

珍しいペットを扱うこともあるんですか、と訊かれることがありますが、基本的には犬と猫が圧倒的に多く、それ以外の動物は年に数回程度です。以前、ヤギとサルとリクガメを飼っている人から、シッティング可能かどうかの問い合わせがありました。その方はなんと、これらのペットを全て室内で飼育されているとのことでした。けっきょく問い合わせのみで終わりましたが、いちどその飼育状況だけでも見てみたいと思いました。

今回ご紹介する小説『颶風(ぐふう)の王』の著者・河﨑秋子さんは、なんと羊飼い兼作家という異色のプロフィールをお持ちです。大学の経済学部を卒業されたあと、ニュージーランドで羊を飼育する技術を学び、北海道の自宅で酪農を営むようになったそうです。その後、北海道新聞文学賞、三浦綾子文学賞などを受賞し、作家としてデビューされました。自身の体験を元に体から振り絞るように書かれた小説は、人と動物たちの関係を時に無情なまでに冷徹に描いてみせます。

本作は、庄屋の娘・ミネが小作農家の吉治と身分違いの恋をし、彼の子を身ごもるところから始まります。お腹の大きなミネは飼い馬のアオに乗り、山中へ逃げ延びます。そこへ雪崩が起き、ミネとアオは雪洞に閉じ込められてしまいます。極限状況のなか、ミネはお腹の子を守るためにアオの肉を食らい、必死で生き延びて子供を産み落とします。
 
こうして生まれた子供の捨造は、小作農家に養子に出されます。捨造は北海道開拓の時流に乗り、アオの血筋を引く馬を連れ、北海道へと渡ります。
 
やがて月日はたち、年老いた捨造は根室に居を構え、馬を育てることで生計を立てていました。北海道の自然は厳しく、ときに猛威をふるい、人の手が及ばないほどに荒れ狂います。捨造はそれを「オヨバヌ」と表現し、畏れていました。
 捨造の孫・和子も彼にならい、小さい頃から馬を育てています。素行の悪い馬の世話に手を焼きながら、彼女は捨造の後を次ぐ飼い手として力をつけていきます。ある日、離れ小島に労役に出されていた和子の馬が、嵐のため崖がくずれ、帰れなくなります。馬を助ける手立ては何もなく、彼女は捨造の言った「オヨバヌ」ものを思い知らされるのでした。
 
北海道開拓の時代に生きた人と馬。厳しい自然の中で生きる彼らには、様々な苦難が横たわっていました。やがて一家は十勝へと移り住み、年老いた和子からその孫のひかりへとバトンが手渡されます。ひかりは祖母の言葉を頼りに、ある目的を持ってふたたび根室へと向かいます。

タイトルの「颶風(ぐふう)」とは、「強く激しい風」のことです。北海道の颶風に吹かれながら、たくましく生き抜く馬と人間を描いた本作は、読む者の心をがっしりと捉えて離しません。動物の出てくる、すこし毛色の異なる小説として、お勧めの一冊です。