ペットシッターの紹介する本や映画あれこれ by ペットシッター・ジェントリー

ペットシッターを営む著者が、日常業務を交えつつ、ペット関連の本や映画を紹介します

小説『インディアナ、インディアナ/レアード・ハント』

2020年01月17日 12時00分00秒 | 猫の本

ご高齢の方から依頼を受けることが多くなりました。もちろん、精力的に旅行にお出かけになるケースもありますが、体調を崩して入院されたり、ケガで犬の散歩ができないといった理由もあります。一人暮らしで、ペットの世話を親類や知人に頼めない場合は、やはりペットシッターなどのサービスを受けるしかありません。そうした現状を見かねたまわりの人が、「もう年なんだからペットは飼えないよ」と諭すこともあり、確かにその通りではあるのですが、なかなか簡単に割り切れないところもあります。

老いて一人暮らしを余儀なくされた場合、物言わずに寄り添ってくれるペットの存在意義は大きいことでしょう。そして散歩が必要な犬よりも、手間のかからない猫を飼うケースが多いと思います。最近は犬よりも猫のシッター依頼が多くなりましたが、そうした事情も加味されているかもしれません。普段は気ままに過ごし、時にはご飯をねだり、そばに来てくれたり一緒に寝たりしてくれる、愛おしい存在。そしてその猫にご飯をあげることで、自らの存在意義を再確認でき、生きる意欲も湧いてきます。なによりの慰めとなり、生きる支えとなるのが、猫という存在なのでしょう。

さて、今回ご紹介するのは、『インディアナ、インディアナ/レアード・ハント著・ 柴田元幸訳』という小説です。レア―ド・ハントは僕の大好きなアメリカの作家で、邦訳された三冊すべてが、いずれ劣らぬ傑作ぞろいなのです。
 三冊のうちでは、本作が最初に邦訳され、2006年に刊行されました。アメリカ南部インディアナ州に住む年老いた男、ノアが主人公の物語です。水に落とすときれいに開く日本製の麗花を見つめるシーンで幕が開きますが、最初のうちは、彼がどういう人で、なにをしているのか、詳細は明かされません。一人で小屋のような家に暮らし、ときおりマックスという若い男が訪ねてくること、オーパルという女性から恋文のような手紙がとどくことなどが、散発的につづられるばかりです。

ノアは自宅で何匹か、猫を飼っています。ストーブの近くの椅子に座り、猫に、お前ずいぶん痩せてるねえ、と話しかけたりします。友人らしき男のマックスはその猫をエジプト猫と呼んでいて、そこからマックスがエジプトを含め各地に旅行をした話が語られ、同時に、ノアをめぐる事情もすこしずつ明かされていきます。
 ノアにはかつてヴァージルという名の父親がいて、ノアが少年だった頃から、不思議な話を聞かせてくれました。見世物小屋で奇妙な映画を見たこと。当時はまだ危険だった飛行機に乗せてもらったこと。ヴァージルは自分の語る話を「五十パーセントの物語」と呼びました。

〈五十パーセントとは物語のうちせいぜい五十パーセントしかはっきりしないってことだ、とヴァージルは何度かノアに説明した。時には、その五十パーセントすら聞き手や読み手にはすぐにはわからない。けれどもその五十パーセントは、たとえわかるのに人生の半分かかってしまうとしても、本当にそこにあるんだとヴァージルは言った〉

この著者の小説の特徴は、作品内にさまざまな“声”が響き合うこと。登場人物たちそれぞれが語る話は経験談でもあり、おとぎ話のようでもあります。彼らの語りの“声”にくわえ、地の文章においても、リアリズムを離れた詩のような表現がまたそれぞれの“声”として混じり、不思議な物語世界が形作られていきます。
 いっぽう、そうして明かされていく事実は意外に起伏に富んだドラマになっており、本作においても、ノアの置かれた厳しい状況や、オーパルとの関係、そこで起こる辛いできごとなどが徐々に明らかになっていきます。

猫の小説、というほど猫の登場シーンは多くはありませんが、大好きな作家の作品ということで、今回紹介してみました。既に絶版となり入手は難しいのですが、ネットの古本や図書館ではまだ見かけますので、探してみてください。


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