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風のこたろう

'05年4月6日~'07年4月7日 ウランバートル生活日記
'09年8月~  詩吟三昧の徒然日記

モンゴル語

2005年05月10日 | チンゲル亭
今日のモンゴル語
 雨は降る。では無くて、「雨は入る」という表現になるのです。
 雨は地面に吸収されるという受け取り方をするそうです。
 乾燥したモンゴルでは、雨が降っても湿気というものを感じません。

うーーん、納得。
日本の雨は降ってくるけれど、モンゴルの雨は地面に入って無くなってしまうかのごとくです。

一日降り続いた雨。外出中カサをさしている人は二人だけでした。
思わず笑ったのは、少しおつむの薄いモンゴル人紳士が、帽子を手に持って雨の中を歩いていたのでした。

かれたように見える草木が、生き生きとしてきて、動き始めたように感じます。
一雨ごとに、緑が増してくるのです。

雨が地面に入って、根っこを潤し、やがて芽を吹き、あっという間に葉が茂るのです。

わくわく。
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どこへ行ったの?博物館

2005年05月07日 | チンゲル亭
日本語科の学生に、ナツァグドルジ博物館に連れて行ってもらう日がやっと来ました。
前日の電話では、4人ということだったが結局二人の学生が待っていたのです。
男子学生は、特別優秀だと聞いていた学生と、女子学生のほうは
ナツァグドルジのことを教えてくれたグループで、一番に連れて行きたいと
名乗りを上げてくれ、電話連絡の労をとってくれた女学生でした。

ところが、あるはずの博物館がない!
UBの情報を教えてくれる電話にかけてみたら、昨日はガイドブックに載って
いるこの場所にあるといったそうです。
しかし、今日、さらに問いただしてみると、今どこにあるかどうなったかは
不明とのこと。
こういう情報は、どこに行けば聞けるのだろう。
ウランバートルに長年住んでいる大学の3年生も、知らないのです。

せっかくだから、タクシーを雇ってザイサンの丘にピクニックをすることにしました。
パンとソーセージ、果物、ジュース、チョコレートを買って、タクシーと料金
交渉をしてもらって、出発。

今日は、よい天気。ビルと車の洪水からの脱出。彼らも私も大喜び。
タクシーはここまで、2,000トグルクそれで、2時間後に迎えに来てくれること
にして、そのときは3,000トグルクを払う約束です。

そこは、ザイサンの丘のウランバートルから一番近いゲルキャンプでした。
既に10棟ほどのゲルが建ちその一つからは煙が出ています。
週末を楽しみにモンゴル人の家族が遊びに来ていて、お昼ご飯を作っているようでした。

なだらかな丘の斜面の木陰に座り、3人でお昼を食べました。
彼は、歌がうまく日本語、ロシア語、モンゴル語の歌を歌ってくれました。
彼女は、シャイな性格らしく、歌は歌いませんが良く私に質問をします。
日差しは明るいのですが、風が冷たく、1時間座っていると震えてきたので、斜面を降りて、キャンプのレンガの建物が風を防いでくれる陽だまりに移動
し、タクシーが迎えに来るのを待ちながらおしゃべりです。

モンゴルの先のことを考えることのできる優秀な彼には、夫のウランバートル
での仕事はとても興味深かったようです。

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5月

2005年05月03日 | チンゲル亭
今日から、ジムに通います。
それから、モンゴル語を習います。

モンゴル語の先生は、チメグバータル先生。
日本で、研修を受けたとき2日間だけ教えてもらってサラン先生のご主人でした。
世間は狭いなぁ。
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ボーズつくり

2005年04月23日 | チンゲル亭
お友達のうちで、モンゴル語の先生にボーズのつくり方を習いました。
そして、そのあと、飲みながら食べながらおしゃべりです。

 
今日は、日本人向きに肉は豚肉を使いました。
肉は、ナイフで細かく切るのがおいしいのです。
たまねぎは、かなり少なめ、味付けは塩とコショウーのみ。
小麦粉と水のみで作る皮は、先生の手でいいぐあいのやわらかさにまとめられます。
イルドゥールという両端が細めになっている麺棒で伸ばします。
お正月には何千個もつくるという彼女の手際はすばやく確実です。
私のようにもたもたしていたら、皮は乾きすぎて、薄く延ばせません。

中に3段の虫かごのついたボーズ用のおなべが活躍して、6人分のボーズ画15分で蒸しあがりました。

写真は出来が悪く、よいのが取れたら、そのうちアップすることにします。
乞うご期待。
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再びチンゲル亭へ

2005年04月20日 | チンゲル亭



(写真には、肝心のチンゲル亭の東屋が移っていません。
残念ながら、3階の窓からは、おなじ景色が撮れませんでした。
もっと、工夫してみようと思います。)

十数軒のアパートをみて回って、やはり去年住んでいたチンゲル亭に舞い戻ってきました。
去年は2階部分の部屋でしたが、その一つ上の3階に部屋が空いていて、眺めも、騒音も、室内の装飾についても、良くなっていて、満足です。

何よりも、またもどってきてくれたということで、皆さんが大喜びしてくれたことです。
それが良く分かったのは、あれこれ壊れているところがあって、その修理を頼んだら、取って返してやってくれることです。
こんなに、彼らって反応が良かったかしらとうれしい驚きを感じています。

このアパートは、大家さんの家族一家で管理していて、日本語の分かる留学経験のある窓口担当のバイガルさん、その兄のツォモさんは修理関係、お姉さん夫婦が大家さん、そのほか大工仕事、共有部分の聡怐A庭の管理や門番さんなどは雇われた人のようです。

門番は、24時間交代なので、数人居ますがそのうち二人は、顔なじみの人です。

去年は、修理を頼んで彼らが部屋から出るまではおっかなびっくりだったのです。
今日は、平気でこの日記の下書きをしています。

浮ゥったのは、私だけではなく、彼らもそうだったということがわかりました。
なぜなら、彼らも、呼び鈴がなって、私がドアを開けたときは笑顔で向こうに立っているからです。

少しずつ居心地が良くなっていく部屋で、明日、日本からの荷物を郵便局へとりに行ったら、本格的なチンゲル亭での生活が始まります。

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