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風のこたろう

'05年4月6日~'07年4月7日 ウランバートル生活日記
'09年8月~  詩吟三昧の徒然日記

9月野秋の写真をアップしました

2004年10月09日 | チンゲル亭過去日記

何とか、パソコンが動くようになりました。
暴走していたのを何とかなだめるのに、こんなに時間がかかりました。

うんともすんとも言わなかったPCが、冷却期間を置いて、やっとャ`ッとオレンジのランプが点灯したそうです。

電池を工作して取り替えたのが、悪かったのかもしれないと言っています。
元の充電時間ゼロになり、停電時にはせっかく作ったものがおしゃか状態覚悟の超不便状態にになりましたが、今では、まったく使えないよりは十分に良いと思えます。

やっと、9月13日のピクニックのときの写真をあっぷしました。
今では、あのときの美しい黄色はもう無くなり、木々は日に日に茶色をまし、葉っぱを落としてすっかり隠れていた枝が丸見えになってきています。
その後、16日に初雪があり、寒さに凍えました。
この一週間は暑いいくらいの陽気が続きました。
今日は、久しぶりに曇りです。

あのときの、白樺の黄金色の葉っぱは美しくて、今でも目に浮かびます。
山は黄色一色、日本の紅葉の赤い色は、下草や背の低い潅木にしか見ることができませんでした。
秋は、紅葉ではなくて黄葉なのでした。
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記念コンサート

2004年10月09日 | チンゲル亭過去日記

UBプラザという、最新のコンサートホールで、功労者の表彰の跡にコンサートが行われました。

学生には、日本の学生が楽しんでいるような部活というものは無く、それぞれが組合のようなものに入り、さまざまなジャンルの券\活動をするシステムがあるようです。
それは、どうやら、観光シーズンのアルバイトに直結しているのではないかという気がします。

特に、モンゴルの民俗券\に携わっている学生は、シーズンになるとツーリストキャンプに行って、スタッフとして働きながら、夜になるとコンサートを開いて、昼と夜とは違った働き方をしているのを夏の旅行で知りました。

そのような、組合に所属する学生たちが舞台に上がるのです。
最初は、ティスの周年行事なので、ティスの学生だけかと思うとそうではなくさまざまな大学の入り混じったチームで、メンバーが構成されていました。

民族舞踊、モリンホール、オルティンドー、ャbプス、ファションショー、
ソシアルダンス、歌謡曲が次々と披露されました。

彼らは学生であり、セミプロなのでしょう。
学生らしい初々しい人から、このままプロとして通用すると思える人までいろいろです。

声量の豊かで、幅の広い声を聞かせてくれるのは、ほんとに感心します。
ただ、マイクの音量や特にドラムスの音量が強すぎて、せっかくのソロの音がかき消されがちだったのがほんとに残念でした。

こういうコンサートは、予定があって予定が無いのは、今日も同じの様子で、プログラムの予定時間を大幅に延長していても終わる気配がありません。

それで、耳も脳みそも大音量につかれ切ってしまって、中座することにしました。

UBの人って、ほんとに大音量に強いねぇ!
だから、夜中の花火もしょっちゅう上がるし、12時過ぎても平気で大騒ぎをするんだと思う。

大自然の中のぽつんと一つだけあるゲルの景色と、この都市での大音量とは私の胸の中では、どうしても結びつかない。
電気で動かすものへの奇妙な神話があるような気がする。

とても魅力的な声の歌手の歌と、サックス奏者の音が今も耳に残っているのですが、その二人の演奏を、マイクなしのソロで聞きたいなぁと思う。

そして、モリンホールのオーケストラの演奏もちょっと控えめの音量にしてもらって聞くことができたらもっとよかったのに。
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35周年

2004年10月07日 | チンゲル亭過去日記

今年は、科学技術大学(ティス)の35周年です。
いろんな記念行事があり、今日は、パーティー、明日はコンサートが催されます。

私たちは、明日のコンサートのご招待を頂きました。
話の種に一度いってみたかった、UBパレスというところが会場です。
その、内容は、チケットでは分からないので、今日詳しく聞いてきてもらう予定ですが、果たして夫は覚えていてくれるかどうか。

まず、そこは暖房がよく効くところかどうかが、私の最大の関心事です。
夕刻5時から始まるので、それによって、ダウンが必要かどうかが知りたいのです。
そして、次に、クラシックなのかャbプなのか。
さて、、、、、

明日、参加の後ご報告いたします。
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暖かい日が二日続いています

2004年10月06日 | チンゲル亭過去日記

ジャンバー姿でも、カイの散歩をしていると暑いくらいの暖かい日です。
寒いと、そうそうに家に帰りたがるカイも、散歩をいつまでもしていたいのです。

そのカイは、今夜ママの友達とその甥っ子君二人とで迎えに来てかえって行きました。

さびしがりのあまえたのカイが帰ると、ほっとしてさびしくなりました。

少しおとなの表情になったような気がしますが、いつも一緒にいる人と今夜は二人で、どんなすごし方をしているやら。。。

今がこんなに暖かいと、あと10日を切ったユニークメンバーの来蒙のとき、天候が荒れなければよいがと危惧しています。

滞在の4日間の大体の予定が決まり、車の手配が終わりました。
出たとこ勝負で大丈夫なメンバーですから、足周りさえ確保したらあとは風任せでもいいかなぁと思うのですが、モンゴルをできるだけ楽しんでもらいたいので、もう少し、できることをやっておこうと思います。

マラソンが趣味のミーちゃんのために、一緒に走ってくれる人の手配もできたよ。
ほかに、希望があったら今のうちだよー。
私の持ってきてほしいものは、もうメールしたし。

はーやく来い。
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携帯その後

2004年10月03日 | チンゲル亭過去日記

夫の「盗られたと簡単に言うな」と言う言葉のせいで頭の中の制御装置が働いてしまって、腹を立てることができなくて、怒りがくすぶっているのです。怒りを爆発させてしまったら、いろんな意味で後味が悪いことだろう。

でも、いっそのこと腹を立ててしまいたかったな。
確かに、ストラップは切られてないのだから、なんとも、盗られたとは言えないのだからなぁ。
あれが、外れたということは何らかの衝撃があったはずだけどなぁ。
胸がもやもや・・・・・
買い物に有頂天になって、気が緩んでいたのも確か。

でも、買い物に有頂天になるのは、よいことだ。
ウランバートルにいて、われを忘れるのは、旅行に行ったときだけだ。
普通の生活の中で、緊張から解かれたのを感じるのは初めてのことかもしれない。

隙を突かれるのも、つらいもんだ。豊かな外国人と思われているので、よけいねらわれるのだが、つらいのよ。

命以外の持っている小物を持っていかれるのは、まだ安全と言える。
命の次に大事なものまで、詐欺でもっていかれたという日本の報道もあって、幸運と思うしかない。
そう考えると、日本も、ウランバートル以上に浮「のかもしれない
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10月になりました!

2004年10月03日 | チンゲル亭過去日記

順調に、暖房、給湯が行われており、来たばかりのときの、室温20度だったときのことを忘れそうです。

昼間の温度は、差が激しく、前日が寒かったので、ロングコートを着て出たらお友達に、[まだ早いでしょう」と笑われました。
なるほど、周りを見るとみんなジャンパーのような短い上着でした。

温度に敏感に反応して、着るものを決めないと、建物の中では大汗をかくし、上着を脱いでてにもつと邪魔になるし。。。

でも、寒くて、縮みあがるよりはよいので暑ければ脱いで手に持つ方式で行くしかないです。

さて、その、暖かくて笑われた日、携帯電話が消えました。
長いストラップは、切られた跡もなく電話だけがないのです。

携帯が無いと不安で仕方がないので、翌日買いに行きました。
同じタイプの同じ色をちょっとだけ前回より安く買えました。

帰宅して、電話帳に記録をしていると。。。。。
なんだかおかしい。
と言うより、なじみがあるのです。
同じタイプだからかなぁとおもって居ると、やっぱり!

私が無くした携帯そのものだったのです。
2つの固有の特徴ではっきりそれと分かったのです。

夫と大笑い。
なるほど、あの建物の携帯屋さんばかりが集まっているところ、絶対お負けしてくれないところと、簡単にお負けしてくれる店と、からくりが分かった気がした。

こちらの携帯のよいところは、ICチップを入れて、ピンコードを入力しないとデータが見えないことです。
どうせ、私の手に帰るのなら、データが残ったほうがよいなぁと思ったのですが、数人の電話番号を入れるだけのことだから、安全でよいなと思いました。
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おとついだったかな満月

2004年09月30日 | チンゲル亭過去日記

きれいな満月が、こちらでも見ることができました。
月は、どこへでも着いてくるものだから、こちらでもついてきて、日本と同じ月が見えているんだなぁ。

でも、何で、同じ満月がみえるの?
こんなに離れているのに、どうしてなんかなぁ。

月末なので、通訳さんのお給料の支払いだったそうです。
1ヶ月の予定でお願いしていたのですが、10月も引き続きお願いすることになったのですが、その来月分の支払いではなくて、今月分の給料の後払いなのだそうです。

交通費、昼食代、連絡用の携帯電話のピンカードなど、必要経費がけっこうかかるのに、かわいそうです。
これは、ジャイカだけでなく、モンゴルでは当たり前なのです。

こんな話があります。
夫の知り合いの地質屋さんが出張で調査に来て、モンゴルの地質の調査会社と契約をしたのですが、他の仕事が忙しいと言って、約束の仕事をしないのだそうです。

契約書を取り交わしたときに、賃金も前払いしたそうです。
日本では、当たり前のことですが、モンゴルではそれをすると、上記のようなことがよく起こるそうです。

彼は、いい勉強をしました。と言っていたそうですが、彼は技術屋さんで事務屋さんではないので、契約書の最後に「契約に違反したときは。。。。。」の1行も忘れていたそうです。
通訳さんとの契約書にも、最後に、必ず、「以上の項目以外で問題が生じたときはお互いに話し合いにより決める」と言う1行を加えるそうです。

契約に詳しい方は、そんなこと当たり前といわれそうですが、契約が契約として機能しないところだから余計にその1行が重要になるようです。
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雪2番

2004年09月27日 | チンゲル亭過去日記

昨日は、2回目の雪が降りました。
はじめは粉雪で、そのうち綿毛のようになり、向かいのアパートの屋根が白くなっていきました。

窓から外を眺めて初めて分かるのです、まるで、テレビの画面を見るような寒さの実態のない雪です。
室内は、24度で隙間風もないし、「明け方にしんしんと冷えて。。。あぁ、雪か」なんてこともないのです。
知らずに飛び出したら、風邪を引いてしまいます。

それでも、大学の施設にはまだ暖房がありません。
日のよく当たる夫の研究室はまだ暖かいのですが、午後になって日がかげるとさすがの夫も重ね着をしているようです。

日のあたらない側の部屋では、個人で電気ストーブを持ち込んでいるようですが、よくヒューズが飛ぶそうです。
電気代のほうが高くつくと思うのですが、暖房はどういうシステムになっているのか、大きくて公の施設は暖房は早めに切れて、遅く入るのです。

今日は、よい天気で、カイの散歩に出て草の上に残った雪を見て、昨日は降ったのだと思うくらい暖かいのです。

油断して、頭を冷やさないようにしないければ。

そうそう、これから来る友人に帽子を忘れないようにとメールしなくちゃ。
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パソコンまだ・・・

2004年09月25日 | チンゲル亭過去日記

直りません。
もうだめかもしれません。
可能な限り、日記を書いていますが、写真がないとつまらないですよね。
あしからず。

夜の10時ごろから、十三夜くらいの月の隣にまた花火が上がっています。
最後の議席が、決まったのかなぁ。

大統領が変わったりすると、それぞれが活動している先の長が変わったりして、今までの流れが変わってしまうそうで、隊員さんたちは大変なのです。

と言っても、深夜のこととて、ことの真偽を確かめるすべもなく、しかも明日は土曜日。。。。。
明日のテレビを見たとて、言葉が分からず、ちんぷんかんぷん。
アナウンサーの言葉は早過ぎて、よほど慣れてこないと聞き分けられません。
日本に住む外国人も、私と同じ様な思いをしている人が多いことでしょう。

ほんとに、街のことを何も知らないで、よく生活してきたなぁと、恐ろしいような気持ちです。

外国人だからと許される部分が多く、何かと言えば、夫の手を煩わせる生活とも、そろそろお別れかと思うと、とっとと帰りたい気持ちと、ちょっぴりさびしい気持ちとがあります。

10ヶ月の不在は、私を浦島にしているのでしょうか、それとも、とりあえず、NHKのニュースのおかげで、大丈夫なのでしょうか。

帰り支度をする前に、3人のお客さんを迎えることになりました。
これが、とてもユニークな組み合わせで、今から、楽しみです。
寒いから、そのつもりでね! 

               ☆
  
さて、お客さんのカイもやっと落ち着いてきたようです。
玄関の物音に、吼えたり、カーペットをかじりかけたり、ティッシュをかんだり、、、、、お家でもこんなことをしているのねと思わせることが、始まりました。

引き綱をつけたら、外に出られることも、分かってきて、てこずらないでつけることができる回数が増えてきました。
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朝の挨拶のあと、いきなり

2004年09月24日 | チンゲル亭過去日記

朝一番に、ドガラ教授から、「奥さんは昨日の結婚式のパーティーで日本のオルティンドーを歌ったね」と言われて、驚いたそうだ。

どうやら、教授の知り合いが出席していたようで、うわさは千里を走ったみたい。
教授曰く、「私は、インターネットなんか要らないんですよ。」と。

誰がどこへ行って、何を食べたかまで、すっかり把握されているようでした。

同じような顔をしているので、私たちはすっかりなじんでいるつもりでも、そうではないようです。
ガイジンだから余計に目立って、行く先々のアンテナにキャッチされているのだなぁ。

教授には、「次から、ドーチン オユン・シュルと名乗るとよいですね」ともいわれたそうです。

オユン・シュルとは娘と南ゴビにいったとき、みんなで考えて私の名前を決めたのです。
意味は、「澄んだ珊瑚」オユンは聡明と言う意味もあるようですが、シュルは3月生まれの誕生石にちなんでつけたのです。
そのことも、結婚式に向かうために待ち合わせをしているとき、そばにいた通訳さんと助手の女性に昨日の朝教えてあげたばかりでした。
デール姿で教授に挨拶して私がいなくなった後、すぐに教授に教えたのでしょう。

ウランバートルは、狭いのねぇ。

               ☆

どうやら、10月に日本から友人が来るらしいです。
9月で、観光シーズンの終わってしまうモンゴルです。
どんな楽しみ方があるでしょう。
いろいろと、尋ねてみることにしましょう。

楽しみでーす。
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