Entrance for Studies in Finance

VaRへの信頼喪失と金融機関のリスクマネジメント

loss of faith in VaR and risk management
Hiroshi Fukumitsu

 金融機関のリスクとして問題にされるリスクとしてこれまでのところは、信用リスクcredit risk or default risk、金利リスクinterest risk(市場リスクmarket risk)、オペレーショナルリスクoperational riskの3つが問題にされてきました。
 そして監督機関により、金融機関に対しては、リスクに対する自己資本の大きさでリスク管理をする自己資本比率規制が行われてきました。監督機関が注目するリスクの範囲は、この間、次第に拡大してきました。もちろん自己資本比率は、リスクに対して保有すべき自己資本の大きさを示したものに過ぎません。ただこの自己資本比率規制の考え方を使うと、金融機関は自己資本の面から過大なリスクの取り入れを修正(抑制)することができるはずです。

 なお金融機関でリスクの大きさをはかりリスク管理を行う手法として、これまで問題にされてきた手法は以下の3つです。
 まず1)maturity gapの管理。これは手法としては期間ごとに満期がきている資産と負債の大きさのズレをみるというものでmaturity-ladder analysisともいいます。リスク管理では、各期間のこのgapを小さくすることを課題にします。単純には短期運用に徹すればよいわけですがそれでは収益が下がってしまいます。この手法は金融機関のリスクが、短期で預ったお金を長期で運用することにあると考えられていた時代に発達しました。
 そこでladder型の運用(等間隔で償還期間までが等しい金額の運用を繰り返すと、収益と流動性の両面が確保できます)やdumbbell(barbell)型の運用(短期物と長期物に集中して投資すると、短期物で流動性を確保しつつ長期物で収益性が確保できます)が昔から指摘されてきました。
 このほか資金が将来のある時点で必要であることがわかっているなら、そのときに償還を迎える、ある特定期間物に運用を集中する戦略はbullet型にも合理性があります。また市場の指数から得られる市場平均の収益を上回ることは実は難しいところから、債券指数の動きにあわせた運用(bond indexing)もよく指摘されます(以上のladder, barbell, bulletの議論は私自身の学生時代から見られる懐かしいもの。とりあえず以下を参照。太田八十雄『ゼミナール 債券の運用戦略』東洋経済新報社, 1995, pp.97-111, esp.,98-102.Esme Faerber, Fundamentals of the Bond Market, McGraw-Hill, 2001, pp.213-215.)。
収益機会の喪失については、実際には金利変動を利用して、リスク管理と収益機会の追及とのバランスを図るとされています。たとえば金利上昇が期待されるときは、運用は短期を中心にして金利上昇の利益を短期運用で得ようとします。逆に金利下降が期待されるときは、運用は長期を中心にして金利下降のマイナスを長期運用で減らそうとします。ただこのような議論は、収益について時間価値での評価ができていない(つまり収益が生み出される日時がバラバラなのにそのまま大きさを比較していることが)問題である、と指摘されています。
つぎに2)duration gapの管理。ここでデュレーションとはキャッシュフロー支払いの有無を考慮して算出した、債券の平均的な回収期間のことです(この意味でのデュレーションをマコーレー・デュレーションと呼び、金利1%の変化に債券価格がどれだけ動くかを示す修正デュレーションと区別します)。資産全体、負債全体のそれぞれのデユレーションを求めたときその差をduration gapといいます。この手法は、金融機関の資産運用において、債券投資の比重が高まった時代に発展しました。
 durationの大きさは債券価格の変化率(金利の変化に対する価格の変化:弾力性)に等しいことが分かっています。このduration gapを管理する(具体的にリスクを下げるという意味ではgapを小さくする)というものです。(duration controlについては太田八十雄、前掲書、p.118.また以下を参照、池尾和人「銀行のリスク管理と自己資本比率規制」筒井義郎編『金融分析の最先端』東洋経済新報社, 2000, pp.49-50.)。
 なお債務のdurationに資産のdurationが等しくなるように運用することをイミュニゼーション(イミュナイゼーション)という。過不足金が発生しないという意味でリスクのない運用だとされます。年金運用ではこれが基本だとされています。(太田八十雄、前傾書、pp.140-147.浅野幸弘「年金資産の運用と債券投資」公社債引受協会編『公社債市場の新展開』東洋経済新報社, 1996, pp.504-509, esp.507,509. Jack Clark Francis and Richard W.Taylor, Investments Second Editon, McGraw-Hill, 2000, pp.178-179.)
 durationはつぎのように批判されます。1bp(0.01%)変化することで現在価値がどれだけ変化するか:BPV basis point valueと同じくリスクの大きさは示すものの問題の事象が起きる確率を示さない。また、実際の時間の経過に比べて利付き債のdurationの減少はゆっくりしているので、durationのimmunize化のためには定期的な入れ替え商いrebalancingが必要になる。
 なおduration gapが大きくリスクが高いと判断すれば平均残存期間を圧縮する、短期物を増やす行動が取られます。その結果、利回りは低下するという原理的問題が生ずるのはmaturity gap法と同じです。durationと区別すべき概念としてconvexityがあります。durationが利子率の変化に対する債券価格の変化を一次式、直線の近似で捉えたものであるのに、convexityは2次の近似で、曲線の近似でこれを捉えています。利子率の変化が大きいときはdurationに加えてconvexityの大きさもみるべきだとされます。(太田八十雄、前傾書、pp.77-90, esp.,88-90. 石村園子・石村貞夫『金融・証券のためのファイナンシャル微分積分』東京図書,2000, pp.46-49. Esme Farber, op.cit., 2001, pp.138-141. )
 そして最後に3)現在一般化したものとして value at risk VaRがあります。VaRでは資産ー負債の全体を一つのポートフォリオとみた正味資産の一定期間後の現在価値を問題にしています。想定期間、想定する信頼区間で金利は最大でどれだけ動くか(言い換えれば正味資産が最大どれだけ毀損するか)を問題にします。1993年にMorganGuranteeがRiskMetricsを無料公開したことで普及したとされています。
 VaRでは、想定する期間、想定する信頼区間で、最大の毀損額を問題にします。そしてそれをカバーする自己資本をもつという形のリスク管理を想定します。(あるいは保有する自己資本に合わせてリスク資産を圧縮することになろう)。池尾氏は先に引用した2000年発表の論文において、このVaRの手法を「現在の銀行の市場リスク管理の事実上の標準」と呼んでいる。(池尾和人, 前掲書, p.50)
 VaRは、リスクを統計的(確率的)に把握できる時代の産物だといえます。ただしその確率の大きさは、過去データ(historical data)を使うことによる制約は免れないとされます。なお信頼区間としては通常は95%のところを使います。すなわち信頼区間84%(1標準偏差)は使わず、信頼区間95%(2標準偏差)を通常使い、信頼区間99%(3標準偏差)は無視するのが一般的です。
VaR three aproaches 理解しやすい説明です。historical dataを使うもの。parametaricなもの(平均と標準偏差から結論を導くもの)そしてモテカルロシミュレーションにより将来を推定するものの3通りがあるとします。
 ジリアン・テットはJPモルガンでVaRというリスク管理手法がされた開発された経緯を述べた上でなぜ95%の確率にしたのかを説明しています。それによりますと1989年にCEOのウエザーストーンは毎日午後4時15分に、あらゆる事業部門のリスクの水準を数量的に示す報告書を彼に届けさせる「4.15レポート」と呼ばれる革新的慣行を始めさせました。最初それは荒削りのものでしたが、彼は数量分析の専門家を集めその日市場が崩壊したら銀行の損失がいくらになるかを計測する技術の開発を求めました。そこで数量分析の専門家が数カ月かけて検討した末にたどり着いたのがVaRという概念だったというのです。95%の確率にしたのは、あり得ないほど最悪のシナリオを恐れながら企業を経営するのは合理的でないからで、農夫が時折発生する洪水や大雪や干ばつなどに対して備えを固めつつ、ハルマゲドンをもたらすような隕石の墜落までは気にしないのと同じだというのです(ジリアン・テットGilian Tett 土方奈美訳「愚者の黄金Fool's Gold, 2009」日本経済新聞出版社 2009年 第2章 p.60)。

VaR信仰への反省
しかし1997-1998年の国際金融危機や2007-2008年のサブプライム問題表面化を経て、VaRを用いたリスク管理手法に対して反省の声が聞かれるようになっています。
  経済現象の多くが、正規分布とならないという点については、経済物理学の議論が参考になります。ベノワ・B・マンデルブロ リチャード・L・ハドソン著 高安秀樹監訳『禁断の市場』東洋経済新報社, 2008とくに第一部を参照。
 「この手法は現場の人間にはそれほど意味がなかった。市場を見ていれば、その[価格変動の]変動率が正規分布などしていないことは直感的にわかる。統計的に一年に一度しか起こらないような変動も、市場が揺れ始めると頻繁に発生する。VaRで試算する損失額と、市場観で感じる恐怖感には大きなギャップがあった。…
 VaRはよくできた手法であったが…複雑化する市場取引の中で保有するリスク量をより単純化して説明するだけのものであり、…リスクを現実に説明するのは、ファットテイルと呼ばれる突然の大幅変動の可能性であった。」倉都康行『投資銀行バブルの終焉』日経BP社, 2008, p.115.
金融機関が引き受けるリスクのベースである信用リスクの把握に倒産確率を使うことにも、それが過去のデータであるという限界がありました。また証券化資産については、同種の資産のプールを作ることで、リスクが増幅される面がありました。
 「信用リスクの度合いを示す倒産確率は、静態的なパラメータではなく景気循環に伴って上下に変動する確率変数である。過去に母集団の倒産確率が1%であったからといって、今後数年間もその水準が維持されるとは限らない。まして、均質的な資産のプールであれば、全体の倒産確率一気に急上昇することは想像に難くない。」前掲書, p.74.
 同様の指摘として江川さんのものがよく知られています。
 「我々は少し不可知を知る必要があるのではないか。現実に対峙せねばならないリスクはその平均も分散も分からない。確率分布はおそらくは標準正規分布ではない。」「今日の金融工学は・・・現実とは相当に距離があるものだ」(江川由紀雄『サブプライム問題の教訓』商事法務, 2007, p.145)この江川さんの説明はおそらくは高安秀樹さんが、為替相場のだいたいの動きは、全変位の95%を占める小さな変動(単純な確率モデルで近似してとらえることができる)ではなく、上位5%の大きな変動(ベキ分布あるいはフラクタル性のある分布とのこと。平均値は事実上ゼロ、標準偏差は理論上無限大。つまり平均や標準偏差で特徴付けられない分布)で説明できることを、指摘したうえで「金融工学の問題点は・・・肝心の将来の確率を計算するところで、現実のデータとは性質が違うことに目をつぶり、計算が簡単な数理モデルを使って、数学的にきれいな公式にしてしまっていることです。」高安秀樹『経済物理学の発見』光文社新書, 2004年, pp.93-95, 97-98.と述べていたのを受けていうのでしょう。
 Pablo Triana, Lecturing Birds on Flying Can Mathematical Theories destroy the financial Markets, Wiley, 2009, pp.129-130にも類似の指摘があります。まず恐慌の渦中では、つまり非正規の状態のときはVaRという物差しは役に立たないことを指摘します。そして続けてVaRは確率的に起こる可能性に低いリスクを徹底して軽視する風潮を生み出し、過大なレバレッジポジションをとって、リスクを起こしやすくすることに役立っているとします。
 金融工学の致命的な欠陥を、尾崎弘之さんはつぎのように整理しています。
 まず、第一に、金融工学は、最悪シナリオを超えた時の解決策を提示できていない。可能性から排除されていた最悪シナリオが実際に起きている。第二に、金融工学は、市場について、非合理的な状態は基本的に発生しないという前提を置いている。実際には非合理的な状態が現れ、広がり、継続もしている。第三に、金融工学は、予測価格に流動性が反映されず流動性を前提している。実際には流動性がほぼなくなる商品がある。(尾崎弘之『投資銀行は本当に死んだのか』日本経済新聞出版社, 2009年, pp.55-58. 尾崎さんの文章に一部言葉を補った。)
 なおVaRの想定をはるかに超える損失が顕現化したことから、VaRの限界を補完するものとしてストレステストを併用することが注目されてい
ます。これは利子の急騰とか株価の暴落、通常は想定外だが蓋然性はある事態を想定してその結果を検証。対策の十分さを検討するというもので、手法は感応度分析とシナリオ分析とに大別されます。しかしストレステストのタイミングをどうするかなど検討すべき課題は少なくありません。
 「金利リスクに関しては、近年、金利ボラティリティが低水準で推移した結果、VaRでみたリスク量が小さくなる傾向が続いている。しかし、足もとの金融環境がリーマンショック後の世界的な金融緩和の反映であることをふまえれば、VaRのみに基づいてリスク枠上の余裕度を測り、投資判断を行うことは必ずしも適当ではなくなっている。」「自己資本の十分性に関しては、リスクの顕在化に備えてストレス・テストを活用することが有効となる。」「市場価格の急落や市場流動性の枯渇など、不連続なショックが顕在化する場合には」「ストレステストを活用すれば、テールリスクや自己資本の毀損度合いをあらかじめ把握し、議論することが可能になる。」「欧米の金融機関は、統計的な手法により、主観的なストレス・シナリオに確率(頻度)情報を与え、VaR等のリスク管理手法と融合させる試みを進めている」鵜飼博史「日本の成長と金融システムの安定に資する銀行経営の課題」『金融財政事情』2011年1月3日, pp.57-61, esp.60-61
 この問題はファットテイルリスクあるいはテイルリスクとよばれています。
2つのストレステストと市場の反響
銀行の自己資本比率規制とメガバンクの増資決定
Bassel 3 バーゼル3

CDOのリスク分析で、相関性の度合いを計測するにはサンプル数が限られていた。格付け機関も商品を開発する側も共通の数学的アプローチを使っていた。ベルカーブグラフを使って、過去のデータから将来のデフォルトの可能性をはじきだそうとする方法だ。そしてテットは、CDOの信用リスク評価に用いられた正規コピュラという統計技術が、たちまち金融機関や格付け会社の間に広まったこと自体がリスクを意味していた。「これは嵐が起これば、すべてのボートが転覆することを意味する。」またモデルの性能は前提としてあてがわれた過去データに依存しているから、もしデータに含まれないような事態が起きたら、モデルは機能しないだろう。ジリアン・テットGilian Tett 土方奈美訳「愚者の黄金Fool's Gold, 2009」日本経済新聞出版社 2009年 第6章 pp.152-153)

伝統的手法の意義
 自己資本というのはリスクが発生したときの備えになりますが、リスク管理という点ではリスクをいかに抑制するかが大事です。計量的手法に頼るあまり、日常的なリスク管理が甘くなっていなかったかは重要な反省点です。
 リスク管理のルールの明文化、市場リスクをコントロールする方法についての知識を、意思決定に参加する担当者や役員の間で周知共有することの重要性は、しばしば指摘されます。
 リスク管理のルールは、自己資本と対比された戦略目標。保有上限額、損失上限額を設けて、損失上限額を超えたら清算するといったロスカット・ルールを設けるなど市場リスク管理体制。さらに商品ごとに取引上限額・投資年限を決める、投資対象に格付け基準を設けるなど市場業務運営体制から構成されています。(佐々木城夛「リスクの計量化より、むしろ基本に戻った高度化を」『金融財政事情』2009年10月19日号, 38-41)

RAROC risk ajusted return on capitalは、1970年代以降、Bankers Trustでリスクに見合った資本を確保するという観点から発展させられたとされています。RAROCについてreturnからリスクの大きさを減額調整するという紹介が多いけれど、もともとは分母のリスクに見合った資本の大きさに関心があったことからすれば、リスクの大きさで調整された収益率とみるべきだともいえます。資産別(事業別)にRAROCを計算して、RAROCの大きなところを業務として伸ばすという行動をとれば、結果としてリスクの取り入れを修正できると思われます。しかしRAROCは適正なリスクの大きさを示していませんので管理指標としては限界があるとも指摘されます。投資信託におけるシャープレシオの考えかたと似ていますね。このようなリターン概念を使うことも過度にリスクを取ることの抑制につながると考えられます。

参考文献
太田八十雄『ゼミナール 債券の運用戦略』東洋経済新報社, 1995年
小泉保彦『SEのための金融入門』金融財政事情研究会、2003年
甲斐良隆・加藤進弘『リスクファイナンス入門』金融財政事情研究会、2004年
高安秀樹『経済物理学の発見』光文社新書, 2004年
佐藤司『企業ALMの理論と実際』金融財政事情研究会、2007年
尾崎弘之『投資銀行は本当に死んだのか』日本経済新聞出版社, 2009年
ジリアン・テットGilian Tett 土方奈美訳「愚者の黄金Fool's Gold, 2009」日本経済新聞出版社 2009年
originally appeared in Sept.6, 2009.
corrected and reposted in Nov.4, 2010, Dec.28, 2010 and February 4, 2012.

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