Entrance for Studies in Finance

2つのストレステストと市場の反響

米国と欧州:2つのストレステストstress test
福光寛(Fukumitsu, Hiroshi)

欧州でのストレステストの結果発表(2010年7月23日)
 2009年5月7日 米当局は大手金融機関のストレステストの結果を公表した。損失予想額は巨額であったものの、損失額が可視的になったことが評価され、米株式相場は回復に向かった。以来1年あまりを経た2010年7月23日 欧州で欧州銀行監督委員会CEBSが資産査定の結果を公表することになった。対象を当初予定の20-30行(国際展開する大手行に限定)から91行に拡大(欧州銀行資産の65%)。各国政府は中核的自己資本が6%をわりこんだ金融機関に資本増強を求める方針。この発表を受けて公的資金の投入、金融機関間の経営統合が進むと思われる。問題はこの欧州でのストレステスト発表が、2009年のアメリカの場合と同様の結果をもたらすかどうかという点。この点で懐疑的な意見が広がっている。
 事前に危ないとされていたのは、スペインの中小金融機関。ギリシャ系金融機関、ドイツの州立銀行など。
 想定は2010-11年にかけて主要国の成長率が見通しより悪化。マイナス成長となること。国債価格がたとえば5年物ギリシャ国債で2009年末より価値で約23%目減りすること(2010年5月上旬よりも下落したとの想定 5年物でその他の目減り率は、 ポルトガル14.1% アイルランド12.8% スペイン12.0% 英国10.2% EU平均は8.5% フランス6.0% ドイツ4.7%)など。CEBSの基準で各国野銀行監督当局が実施したとのこと。
 23日の発表ではスペインの5行、ギリシャで1行、ドイツで1行の計7行が資本不足の指摘を受けた。91行のうちわずか7行、不足額35億ユーロ(約3900億円)という結果は事前の予想を大きく下回るものになった。①政府の債務不履行といった事態(財政破綻)が想定されていないこと、②満期保有の国債の損失リスクが計算されていないこと、など、リスクを小さく計算したことに批判が集まった。不動産リスクの見積もりをそうしたかは不透明(統一基準だとリスクの高い国については甘くなる)。
 (第一生命経済研究所の田中理さんは、①②を考慮すると6%を下回る銀行は31行に増え、資本不足額は380.1億ユーロに拡大する。③国債下落率の想定が甘すぎる可能性があり、そのことを考慮した資本不足額はさらに大きくなる。また④財政危機が財政支援を通じて広がり、ストレステストの想定以上に景気が悪化する可能性が高いとしている。
参照 田中理「甘すぎる欧州のストレステスト 金融・財政危機は払拭されず」『エコノミスト』2010年8月24日, pp.24-25.)
(ソブリン保有のヘアカット率が甘いという指摘は、以下のBNPパリバの中空麻奈さんの指摘中にもある。中空さんは「保守的なヘアカット率を採用しなければストレステストの意味がない」と指摘している。中空麻奈「甘いストレステスト 欧州金融機関の信頼回復には力不足か」『金融財政事情』2010年7月26日号, pp.16-21, esp.19,21.)
 今回のストレステストの結果公表が2009年5月の米国でのストレステスト公表の同様の効果(最大損失額が確定することで市場に安心感をもたらした)を生むか、あるいは生まないか(リスクの見積もりが少なかったことから損失額がなお見えないとして不安をあおるか)。市場の反応に関心が寄せられている。
 事前のアナリストの予想額は380億ユーロから750億ユーロに比べて、10分の1以下という結果が、安心感につながるのか、不安をあおるのかは微妙である(2010年7月上旬にJPモルガンが出した数値では欧州の上場36行中17行で合計400億ユーロの資本積み増しが必要 非上場銀行を合わせると1200億ユーロ程度の資本不足がある)。

 欧州では2009年10月にも査定している。そのときは査定対象は少なく、個別の各行の結果は公表されなかった。

中核的自己資本で6%以上確保
 今回、中核的自己資本で6%以上を確保するという観点から、資本の不足額が算定された。これは2009年5月のアメリカでのストレステストを踏襲したものだ。
 すなわちアメリカでのストレステストでは、リセッションの深刻化のシナリオ(悲観シナリオ)によるリスク資産の増加(資産の劣化)に対して、2010年末で中核的自己資本比率で6%以上で、普通株に限定した狭義の中核的自己資本比率(Tier1)で4%以上を確保することを目標にして、資本の不足額が算定された。

中核的自己資本:資本の質の議論
 ここでTier 1重視の議論が注目される。これは資本の質が重視されたことを示す。配当負担という点でbuffer機能という点でたとえば優先株は問題があるとされる。利益が減ったときに配当負担を減らすというbuffer機能がはたきにくいからである。また(金利が段階的に上がる)ステップアップ条項付きの優先出資証券は、満期前償還条項が付いていることがあり資本の永続性に疑問があるとされる。

2009年米国のストレステスト(健全性審査)の内容
 米国で2009年2月から19の大手金融機関に行われたストレステストはどのような内容だったか。まず今後2年間の経済環境の悪化を想定。米実質GDP伸び率が09年は前年比3.3%減。10年は実質経済成長率0.5%増。民間失業率は09年の8.9%が10年には10.3%に上昇。住宅価格指数は09年-22%。10年-7%。とした。その上で潜在的損失、自己資本の不足を算定したもの。2009年2月から150人あまりの検査官が資産の数字を調べ積み上げたもの。サンプル検査で損失可能性を見積もったとされる。対象は総資産で1000億ドルを超える大手金融機関19社。実施主体は銀行監督当局(FRB,OCC,FDIC)。

ストレステストの結果公表(2009年5月7日)
 テストの対象は金融機関19社。潜在的な損失合計は5992億ドル弱(うち70%以上が住宅ローンや消費者関連の融資による4550億ドル デイーリングや保有証券の損失は1350億ドル)。追加自己資本額は1850億ドル。これに対しすでに1104億ドルの資本増強をしているとして10社について計746億ドルの資本不足と査定。各金融機関に結果を通知した上で公表は連邦準備制度銀行および米政府により2009年5月7日(木曜日)。

2009年5月の公表は市場に安心感もたらしたが2010年7月はどうなるか
 この結果は、損失額及び資本不足額ともに従来の推定より低く市場に落ち着きを取り戻させる効果があった。たとえばこれまでの損失予想例として09年4月のIMFの推計は米銀全体で2750億ドルから5000億ドルの資本が必要としていた。
 このように2009年5月にアメリカのストレステストの結果として発表された数値は予想より低いが、それほどかけ離れた数値でもなかった。
 これに対して2010年7月の欧州銀行監督委員会CEBSによるストレステストの結果報告が、事前予想より大幅にかけ離れた数字であったことがどのような結果につながるか、予想のつかないところである。

2009年5月は不安解消につながった
 ストレステストの結果としての不足額746億ドルは米国政府が残している公的資金枠1300億ドル弱内に収まった(昨年2008年10月3日成立の金融安定化法が7000億ドルの公的資金枠をもたらし10月28日には大手9行に資本注入された。その後も12月23日アメリカンエクスプレスなどに資本注入。08年末まで約2000億ドル資本注入。1月16日にはバンカメへの追加支援策発表。2009年1月末までには3500億ドルを金融機関の株式取得にあてるなどにつかったあとも公的資金の追加投入 損失に対する政府保証を行った。2009年1月末までにはバンカメに計450億ドルの公的資金 シティには計520億ドルの公的資金が投ぜられた。2009年4月末には残されている公的資金枠は1300億ドル弱にまで減少していたので、それでストレステストを乗り切れるかが不安視されていた)。
 この結果は市場に安心感を与えたが、反面、数字の作為性(貸倒損失率損や収益力などの数値を、必要な公的資金が残されている公的資金で間に合うように調整した可能性 なお問題の数値の算定根拠の詳細は開示されない)に疑いを残した。

不足額の大きな金融機関
バンクオブアメリカ 339億ドル 
ウエルズファーゴ 137億ドル
GMAC 115億ドル
シティグループ 55億ドル
リージョナルファイナンシャル 25億ドル など

米金融機関は資本増強を急ぐことに
 ストレステストにより資本不足を指摘された金融機関は2009年6月8日までに資本増強計画を策定。11月9日までに計画実施の必要があった。また大手で資本不足の指摘をうけなかったJPモルガンチェースの評価が上がった。

 バンクオブアメリカなどは5月7日のストレステスト結果公表に合わせて資本増強の方針を明らかにした。
 バンクオブアメリカ 普通株の新規発行と優先株からの転換を組み合わせ170億ドルの普通株補強+リスク資産の売却100億ドル+税効果など70億ドル 中国建設銀行株の一部を73億ドルで売却 資産運用部門の売却を進める
 ウエルズファーゴ 60億ドルの普通株発行 住宅ローンをかかえるワコビアの買収で損失可能性を高めたとされる
GMAC(自動車金融) 普通株または転換権付き優先株発行と既存資本の普通株への転換。
 シティグループ 普通株ベースの資本を増やす(優先株や出資証券を普通株に転換する計画を55億ドル増額) 1月にスミスバーニーをモルガンスタンレーに売却してリスク資産を圧縮 2月に米政府や海外政府系ファンドに向け発行済みの優先株の普通株転換などを進めていたことが評価される 

日本ですでに先行して行っている
 なお日本でも1998年以降の不良債権処理で同様の処理を行ったとされている(1993年5月大手21行が公表した不良債権は総計12.7兆円。政府は1998年に大手・地銀に合わせて1.8兆円の公的資金投入)。すなわち潜在的な損失を算定して資本増強を促す。1999年(大手17行について、正味自己資本比率と1年以内の倒産確率を測定 1999年から2002年にかけて32行に8.6兆円の公的資金投入へ)。そして2001年(2001年10月着手の特別検査 公表は2002年4月12日 大手金融機関13行に対し149社12.9兆円の債権に限定して点検 結果は破綻懸念先34社3.7兆円 不良債権処分損1.9兆円 2003年りそななどに公的資金投入 1998年以降の公的資金投入累積は12兆円に 2005年3月までの大手金融機関累積償却額は77兆円)。

Written by Hiroshi Fukumitsu. You may not copy, reproduce or post without obtaining the prior consent of the author.
originally appeared in May 18, 2009
corrected and reposted in September 3, 2010

参照 関雄太「米銀ストレステスト結果の読み方」『金融財政事情』2009年5月25日号 pp.33-36.

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