教育基本法ね

教育基本法をさまざまな角度から視る

社会主義国じゃあるまいし

2006年05月14日 | 教育と政治

 教育基本法改正案がやっていること。それは、政府が期待される人間像を描き出し、それを教育目標として法律に掲げること。それに従って、すべての教師たちが真摯に努力し、工夫し、協力する。すると素晴らしい社会ができてくる。

 こういうイメージを抱くのが、政治家の落とし穴なんです。政治家がこういうイメージを抱くと、その国が社会主義国みたいなものになる。国家が期待される人間像を掲げるようになったら、その国家は長いことないんです。その国の道徳や文化が衰えているのでギブスをはめるようなものです。けっきょくもっと衰えさせるのです。

 でも、政治家は、すぐにこのような発想をする。だから、教育方針を政治家の手に渡してはだめ。
 親をやったことのある人なら、教師をやったことのある人ならきっとこう言うはずです。「いくらきれい事を言ったって、そんなにうまくいくものじゃないですよ」
 これは親や教師の愚痴だと思われがちだけど、そうではなくて、教育そのものの性質に根ざしています。

 理由はかんたんで、アタマでっかちになると、子供とうまくいかないから。期待される人間像がまずあって、それを子供に実現しようと動く人たちは、親しみにくく、本当の心が見えにくく、言葉に説得力がないからです。これは、国家主義の人でも、自由主義の人でも同じこと。

 教育学的な次元から言えば、子供がどのように大人になっていくかを理解し、そこにかみ合うことが教育であって、大人の価値観をいかに実現するかからいったら、うまくいかないから。人間の全体性からすれば、子供のほうが広くて、大人のほうが狭いのです。
(転載歓迎)


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