川上弘美については、あまりいい読者ではないのだが、この『センセイの鞄』はいつか文庫になったら買おうと決めていた。
「ツキコさん。今からいらっしゃい」突然センセイが言った。
「センセイのおうちへですか」
「はい」
わたしは急いではぶらしとパジャマと化粧水を鞄に入れて、センセイの家まで小走りで行った。センセイは門のところに立って、わたしを迎えてくれた。そのまま手をつなぎあって八畳間に行き、センセイが布団を敷いた。わたしは布団にシーツをかぶせた。流れ作業みたいにして。寝床を用意した。
何も言わずに、センセイと布団の上に倒れこんだ。はじめてわたしはセンセイに、強く激しく抱かれた。
(川上弘美『センセイの鞄』文芸春秋)
読んでいるうちに、老教師と教え子の関係について考えた。筒井康隆の『敵』の中で、に同じように教師と教え子が寝る描写があった。たしか、性交の前に布団を敷くところが共通していたので、思い出したのだ。
「そうか。じゃあ、いっそのこと泊まっていくかい」
かすれ声だったので靖子は儀助の真意を悟ったようだ。しばらくし机の上の料理の皿を見つめたあと真剣な顔をあげて口ごもりながら訊ねた。「先生。わたしと、したいの」
「まさに」と、儀助は言った。口の中が乾ききっている。「まさに、その。そう」
靖子は不審げな顔をした。「それ、前からだったんですか」
「それは、もう」恥かしさに堪えて懸命に鷹司靖子を見つめ返し続ける。
「じゃあ」彼女はなぜかもう一度柱時計を見あげたりしてそう言った。「それならそう言ってくださってれば。わたしだって先生が。でもそれなら」それならすぐにでもと言わんばかりに切迫した口調で彼女は立ちあがり勝手を知った様子で押入から布団を出しはじめる。最終電車の発車は十一時四十分頃。どうやら彼女は是が非でも今夜中に鎌倉へ帰らねばならないようなのだ。
「汗掻いてるから、このままで」彼女は服のまま横たわった。儀助に否やはない。ワンピースの裾は前ボタンで開くのだった。飾りも何もない白いパンティが他の男との交渉がない証拠と想像できて儀助には好ましい。
挿入までの慌ただしさに反して交接は濃密だった。
(筒井康隆『敵』新潮社)
ツキコさんがセンセイと寝るシーンは、ラストのほう近く、「一度だけ、センセイが携帯電話をかけてくれたときの話をしようか。」と意味深に挿入される。いつのことか、前後の時間とは順番になっていないらしい。どうやら、話そうかどうしようか迷った挙句、とうとう最後のほうで告白した、ということらしい。
ドラマや映画では、男女が倒れこむのは圧倒的にベッド。あまり布団を敷いて・・・という場面は見たことがないが、性交の前に布団を敷く描写が、何だか非常に艶かしいのだった。一度、トレンディドラマ(死語か?)でも使ってみたらどうだろうか?