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Yasun's Such A Feeling

やあさんのこんなかんじ。

☆ 飛鳥光の回廊2016 ☆彡

2016-08-29 20:00:00 | でんきランダに乗って
ここ数年、この時期の恒例となっているのが、
「飛鳥光の回廊」

2013年 伺ったときは台風のため中止。
2015年 ついたとたん大雨。数か所中止。それでもびしょぬれになりながら散策。
と、2014年は普通に楽しめたが、過去直近は私たちとあまり相性の良くないこのイベント。
それでも、この時期は夫婦で決まりごとのように明日香へと行ってしまう。

今年はまず16:00をめどに明日香村に到着するよう計画。
と、いうのも、奈良県立万葉文化館で
「判じ絵の世界 目で見る江戸のなぞなぞに挑戦」
が開催されており、面白そうだったのでぜひ見てみたかった。

判じ絵とは、
言葉を人や物の絵に置き換え、その絵に対する音で色々なものを表現した絵。
歌舞伎役者の名や、地名、道具などありとあらゆるものを言葉ではなく絵で
ユーモラスに表現してあり、それを見て答えを導き出す。

会場に入るとたくさんの判じ絵が展示してあり、
全部じっくり見てしまうと1日あっても時間はたらないだろうと想像できる。

ただ、普通に判じ絵を見ても、私たちに判ずることはできなかった。
判じ絵には一定のパターンがあり、そのルールで読ませるものらしいのだが、
まず表現されている題材にあまり馴染みがない。
答えが書いてあるのだが、
「そー読むんや??」としか感想が出てこない。

私たちは1枚1枚、わりと時間をかけて見て回ったためか、後から来た人にどんどん抜かされていく。
わからないなりにも、そのユーモラスな判じ絵を、「館内はお静かに」と掲示してあったが、
「あ-だこーだ」と夫婦でわいわい話しながら見ていった。(迷惑にならない程度の会話で)

1時間くらい、判じ絵づけになって夫婦で出した結論。
「昔の人も下品なネタが大好きや!!」

判じ絵の後は石舞台会場へ歩いて移動し、「C’festa~シェフェスタ~」で腹ごしらえをする。
毎年、同じようなものを食べてるような気がする。

おなかもふくれたため、バスに乗って高松塚会場へ移動。



今年は、
「熱気球で上空から飛鳥光の回廊の地上絵を見ることができる。」
とのことだったが、極度の高所恐怖症の方が同伴のため、体験はしなかった。

ますは高松塚古墳にご挨拶。



そして、光の地上絵が見渡せる高台へ移動。
今年の光の地上絵、テーマは
四神より「玄武」。



高台から降りてくる階段では、熱気球がきれいだった。



またまた、バスに乗って川原寺で下車。
多くの方がこのコースをたどられたみたいで、石舞台から同じバスに乗った方々が、
高松塚でまた一緒のバスになり、ほぼ同じ顔ぶれがここ川原寺で下車された・・・。という王道コース?



歩いて、岡地区、「万葉の明かり」を楽しみ、




原文: 今日可聞 明日香河乃 夕不離 川津鳴瀬之 清有良武  作者: 上古麻呂(かみのこまろ)

途中、毎年買う「焼きまんじゅう」を買って、食べながら飛鳥寺まで歩く。
飛鳥大仏にお参りして、明日香村に拠点をおく
「まほろば太鼓団 魁会」
の、20:00の太鼓のパフォーマンスをちょうど見ることができた。

太鼓のパフォーマンスを見たあと、蘇我入鹿の首塚へお参り。
飛鳥坐神社(あすかにいますじんじゃ、あすかにますじんじゃ)に移動しお参り。





なんだかんだで、ここで21:00ちょっと前になり、奈良県立万葉文化館へ戻り帰路についた。
(去年から日帰りにしてしまった。)



毎年思うが、
「1日では足りない。でも2日も続けて歩けない!!」
というこの「飛鳥光の回廊」
「来年も来てね!!」
と、いうことやと夫婦で納得し、来年も夫婦で楽しみにして、また「飛鳥光の回廊」に来るつもり。
ま、その前に来月の
「彼岸花まつり」
も、伺う予定なのだけれど・・・・。

「飛鳥光の回廊。」体験歩数・・・・・・25,331歩 移動距離約20キロ
よく歩きました・・・・。



山口へと ~でんきランダに乗って-最終~

2015-08-31 20:28:38 | でんきランダに乗って
宮本武蔵と佐々木小次郎に見送られ火の山展望台を後にした。
でんきランダは家路へと向かう・・・・が・・・

最後の観光地に選んだのが、錦帯橋。
この日は台風12号が迫ってきており天気は西から下り坂の予報。
台風から逃げるように東へ東へとでんきランダは走る。
火の山展望台を11:00に出発して13:00に錦帯橋に到着。
何とか天気はもってくれました。

河原の駐車場に車を止め、錦帯橋を眺める。
その存在感に圧倒される。

葛飾北斎も書いたとされるこの錦帯橋は1950年(昭和25年)に台風の被害によって
ほぼ完全に流出してしまったそうな。

宮島の大願寺にある明治時代のパリ万国博覧会に出展されたという錦帯橋のミニチュアを
参考にされたりして1951年から再建され、またその50年後の橋体部分の架け替え工事にも
大願寺の錦帯橋ミニチュアに視察をされたりしたという。

2010年に宮島に行ったときにそのミニチュアを見て本物に出会いたくなったあの時の思いは
やっと5年後にかなうこととなった。
感慨無量である。 

 

錦帯橋を目の当たりにすると・・・
その存在感に圧倒される。
「すばらしい。」
その景観が目に飛び込む感動をその言葉でしか表せない自分がくやしい。

感動を胸に、奥様と橋を渡る。
わたり賃は大人300円で橋の向こうまで行って帰ってこれる。



橋の下は錦川が流れ鮎釣りをされている方がいらっしゃる。
絵になる景観を楽しみながら橋をわたる。

渡った先には、今ではとても有名になったソフトクリーム屋さんに活気がある。
そしてここでも、むさしと小次郎の戦いが・・・。

私たちが行ったときにはソフトクリームの種類も140種類と看板に書かれていた。
ここも「なにこれ珍百景」で紹介されていたということである。

どうやら今回の旅行のテーマは
「やまぐちのいろんな橋と、なにこれ珍百景の旅」
みたいになってしまった。

むさしさんでソフトクリームを食べた後、河原に降りズボンをまくり川に入って遊ぶ。
まるで子供である。夫婦二人で水を掛け合ったり、足をすべらせこけそうになったり・・・。



元来た岸に戻り、お土産を買って錦帯橋をはなれる。時間は14:20。
あとはひたすら帰るのみ。
行きと同じく、宮島SA・吉備SAで休憩し、いつものように宝塚あたりでほぼ1時間、大渋滞に巻き込まれ
それでも21:00頃には家に帰りつくことができた。
でんきランダもよく頑張ってくれました。



後記
何度か計画した山口県にやっと行くことができた。
やっぱりきっかけは、TVのZIPで秋吉台が映っていたことが一番大きかった。
メディアの思うツボにまんまとはまった格好だ。

そして、台風の進路にはだいぶ悩まされた。
何度見ても同じなのに、一日に何回、台風の進路予想をWEBで検索しただろうか?
結局、幸いにも台風の影響は全くなく、とても良い旅行ができた。

結果的に
「やまぐちのいろんな橋と、なにこれ珍百景の旅」
になってしまったが、とても良い旅行であった。
そして、秋芳洞と滋賀県人のかかわりは発見であった。

日本の国はまだまだ広く、知らないことがたくさんある。
そこにしかないおいしい食べ物もまだまだ口するチャンスを作らなければもったいない。

あと、どれくらい知らない街を訪れることができるかるかわからないが、
また夫婦の珍道中を繰り広げるつもり。
でんきランダに乗って・・・・・・・・。


山口へと ~でんきランダに乗って-7~

2015-08-10 21:36:30 | でんきランダに乗って
小天狗さんろじさんを出発した後、でんきランダは下関に向かう。
向かう先は、唐戸市場。

何かうまそうなものがあればぜひ・・・と、たどり着くまでは考えていたが
お宿で朝食を食べたばかり。
唐戸市場にたどり着いてもおなかはいっぱいのまま。

日曜だったから、活きいき馬関街が寿司バトルを開催されており、
おなかがすいていたら絶対買って食べていたであろう寿司たちが、きれいに彩りも良くたくさん並んでいる。
お店の人の声も元気いっぱい。
見てるだけでもここに来たかいがあった。
いやーやっぱり市場は活気ですな。

これは来る時間を間違ったのと、朝食を食べ過ぎたのが残念なことになってしまった。
結局、食べたくてもおなかいっぱいで食べられず、見て楽しんだあと、お土産をかいこむ。
一番の収穫は、アジの煮干しを「しー太郎」のお土産にできたこと。
帰って一番に「しー太郎」にあげたら、飛びついて食べまくった「しー太郎」。 
なんてういやつや。なんてえー子や。素直なえー子や。(親ばかですな)

唐戸市場をひととおりまわって10:10ころには唐戸市場を後にする。
次に向かったのが、火の山展望台。
関門海峡が見渡せる、車でのアクセスの良い展望台。
せっかく下関に来たのだから関門橋もしっかり見たいと思い伺った。

過去は有料であったであろう火の山パークウェイをでんきランダは快調に走る。
山頂近くの謎の多い駐車場に車を止めて少し歩道を登ると、天気も良かったからすばらしい景色が目の前に広がっていた。
その景色を見ているのは私たち夫婦だけ。絶景の貸切だった。
展望台には360℃回る回転展望レストランがあるそうだが、やっぱりおなかいっぱいなので、
3階の展望室をぐるーっとまわって回転した気分にひたる。
夜は夜景がきれいだろうな。と想像できる。

あまり人がいない施設だったけど満足度は高い観光施設。
実際、私たちのほかに出会った人は5組くらい。
でも夫婦二人とも大満足。

本州のもっとも西に近いところから九州を望み、「琵琶湖のほとりからここまできたんやな~」と
地図を見ながら感慨深くふたりで話す。

時刻は11:00を過ぎている。
宮本武蔵と佐々木小次郎がそろそろ帰路につくふたりを見送ってくれていた。



山口へと ~でんきランダに乗って-6~

2015-08-05 19:50:24 | でんきランダに乗って
しおかぜの里角島でお土産を買った後、角島をあとにする。

ここからは45分ほどでんきランダは走り、「小天狗さんろじ」さんには17:30ころに到着。
「小天狗さんろじ」さんでは壱の庄という部屋に泊まる。
メゾネットタイプの内風呂・寝湯のできる露店風呂のついたおしゃれな部屋。(TOPの画像)
源泉かけ流しだそうである。

お宿では温泉三昧。
他のお客様もいらっしゃるはずなのに、自分たちしかいないような錯覚をするほど静か。
客室露天風呂なので、人を気にすることなく体がふやけるほどお風呂に入り倒す。

楽しみにしていた夕食では、出していただいた「瓦そば」がとても印象に残った。
一言でいうと・・・・
「うまい!!。」
いや~まだまだ知らない、おいしいものが日本国中あふれていると実感。
釜飯を出していただいたが、おなかがいっぱいになり一人分はどうしても食べられそうになかった。
お宿の方が、
「おにぎりにしましょうか?」とおっしゃってくださったのでお願いする。
「みなさん「瓦そば」でおなかがいっぱいになられるみたいで・・・。」
と、釜飯のおにぎりリクエストは、ぽぴゅら~なようである。
この釜飯おにぎりが、後で大活躍したのは私たち夫婦だけの思い出である。

翌日、朝食は8:15からということで、朝はゆっくり寝ていようと思ったが・・・
朝早くから蝉が・・・・
蝉が鳴き倒すため(また、鳴き方が「これでもか~」っていうくらいおもいっきり・・・)早く目が覚め、
またまた温泉三昧である。

朝食をいただいた後、この日はいっきに自宅まで帰らなければならないため、早めにチェックアウト。
9時過ぎにはでんきランダは次の目的地に向かって走り出していた。
まだ、おもいっきり鳴き続ける蝉に後ろ髪をひかれながら・・・。

「小天狗さんろじ」の皆さん。
一泊だけでしたがお世話になりました。
ありがとうございました。

山口へと ~でんきランダに乗って-5~

2015-08-04 21:40:54 | でんきランダに乗って
14:30頃に元乃隅稲成神社(もとのすみいなりじんじゃ)をあとにする。
次に向かったのは角島。

角島といえばやはり角島大橋。
2000年(平成12年)11月3日に開通したこの橋を僕が最初に知るきっかけとなったのはやはりTVのCM。
2006年にレクサスのCMで出会い、GS450h、三菱・ギャランフォルティス、スズキ・スイフトなどなど
自動車のCMのロケ地として多数採用されている。

はじめにCMで見たときにはその景観から
沖縄の「古宇利大橋」????


<この画像は古宇利大橋>

と思ってしまった。
それほどよく似た橋である。

角島大橋には45分ほどのドライブ。15:00過ぎにたどり着いた。
さすがに人気のロケーション。
たくさんの方が観光でいらしていらっしゃる。



まずは道をそれ、高台から角島大橋を眺める。
天気も良く、海は凪いでいるためとてもきれい。



何枚か画像におさめて、橋のたもとの海士ヶ瀬公園に車をとめ角島大橋を眺める。
どこから見てもかっこいい絵になる景色である。

その後、角島大橋をわたり角島へ。
しおかぜの里角島をいったん通り過ぎ、角島灯台へ到着。
灯台に登れるとのことで、高所恐怖症の奥様を後押しして登ってみた。

らせん階段を登る。
何段あるか数えようと思ったら、なんと階段に
「105段あります。」
と書いてある。
またこのパターンである。
東洋のまちゅぴちゅ別子銅山東平ゾーンのインクラインでも同じ経験をしたはず。
がっかりである・・・・。
と思いながら登りかけたら、灯台のらせん階段は目が回りそうになるくらい同じ景色の連続。


こんな景色がえんえんと続くのです。

ずいぶん登ったなーと思ったところでも、階段にここで半分と書いてある。
夫婦二人で顔を見合わせ
「えーまだ半分!!!!?」と言い合う。意見が一致した。
本当に目が回りそうである。
いやー段数や半分のお知らせが書いてあって正解!!と率直な感想。

灯台の上に立つ。
素晴らしい景色が目の前に広がる。
空気が澄んでいて本当にきれいだった。



灯台をあとにしてしおかぜの里角島によりお土産をかいこみ、この日の予定は終了。
角島では1時間30分ほどの観光。
この日は空の青さと海の青さに魅了された日だった。


山口へと ~でんきランダに乗って-4~

2015-08-02 21:04:26 | でんきランダに乗って
秋芳洞の駐車場のおばさまに熱烈GOOD-BYをうけ、でんきランダは秋吉台に向かう。
おばさまのご説明通りに観光すると、秋芳洞の中ほどのエレベータに乗ると
秋吉台の展望台までは徒歩5分くらい、車を駐車場に止めたまま秋吉台を観光できる
はずだったが、お話を忘れていて車で秋吉台展望台に向かってしまった。

おり悪くこの日は「秋吉台観光まつり花火大会」で周辺駐車場の規制がかかっていた。
教えていただいた通りにすればよかったのだけれど、車を止めるところを探す。
周辺をうろうろして意を決し警備のおっちゃんに止めるところがないか聞いたところ
「3時までなら車をとめていいですよ。」とのこと。
「・・・・・・。」である。はよーとめればよかった。

車を降り、展望台まで歩く。
ところどころ花火の準備をされているため、写真を取ろうと思うとテントや音響設備が入ってしまう。
何とか撮影ポイントを確保し景色を眺める。

天気も良かったのでとっても良い景色を眺めることができた。絶景である。
山口に来るきっかけの一つに、朝のTVーZIPで映し出された景色がきれいだったのがとても印象的だったから。
ZIPでTV画面にうつしだされた景色が目の前に広がる。
さすがに日本最大のカルスト台地である。日本ではないような景色が広がっていた。



空は青空。程よく雲が浮かんでいて空は青と白、地面は緑と岩のグレーが広がり
空と地上のコントラストがとても絵になる。
風も程よく吹いて気温は高いが体感温度はほどよく気持ちいい。
よい景色を堪能できた。



13:00に秋吉台をあとにして、次に向かったのが「龍宮の潮吹」
「龍宮の潮吹」にたどり着いたのは14:00
駐車場に車を止めたらたまたま隣の車も滋賀ナンバー。
この人たちも秋芳洞で熱烈歓迎を受けたのだろうか?・・・。といらんことを考えていたら
目の前に今度は、
空は青。海も青。岩がごつごつで緑の広がる地面に赤い鳥居が曲線を描いている。
目に映る景色はとてもきれい。



鳥居が並ぶのは元乃隅稲成神社(もとのすみいなりじんじゃ)で、白狐のお告げにより昭和30年に
島根県津和野町太鼓谷稲成から分霊された神社。
「稲荷」神社は全国で4万社あるが、「稲成」は2社のみで、の「成」は成就に由来し、様々な願いが叶うと言われている。
赤い鳥居が断崖に沿って100m以上も続き、裏参道出口には高さ5mの鳥居が建っており、
上部に賽銭箱が付いている。そのため賽銭は上へ投げ入れる必要があり、
賽銭が入ると願いが叶うとされている。
このことがTV番組「なにこれ珍百景」で紹介されたそうである。みなさんお賽銭を入れるのを挑戦されており
残念ながら私たちは挑戦できませんでした。

社(やしろ)にお参りしたあと、鳥居をくぐり断崖にたつ。
この日は波もなく龍宮の潮吹は見ることはできなかったが、絶景を見ることができた。



何よりも色のコントラストがとてもきれい。
とても暑かったがよい景色にめぐりあえた。



次は角島~~~~~~~。

山口へと ~でんきランダに乗って-3~

2015-07-31 22:39:08 | でんきランダに乗って
駐車場のおばさまの熱烈歓迎をうけた後、
後ろに並ばれた方に大変申し訳ない思いをしながら
おばさまに説明いただいた地図を見ながら秋芳洞の入り口へと歩き始める。


握りしめていたのでくしゃくしゃになってしまった地図。
赤鉛筆・青鉛筆はおばさまが熱烈筆記してくださったもの。
今見返すと教えていただいたコースと違うコースを私たちは見て回っていることに気がついた。

秋芳洞正面入り口までは道路がカラーになっていて、道の両側にお店が並ぶ。
そのまま道を進んでいくと秋芳洞正面入口に到着。

大人1人 1200円を払い秋芳洞正面ゲートをくぐる。
ゲートをくぐると秋芳洞の入口まで少し川沿いを歩く。
勢いよく川が流れている。

この日は台風12号が近づいていて南からの暖かい湿った空気が入り込んでいたためか
とてもむし暑かったが、川の流れで急に気温が下がったためか少しガスっているような感じ。
まだ洞内に入っていないのに、気温がぐっと下がる。
涼しい。

洞内に入るとなお気温が下がる。
洞内の気温は四季を通じて17℃で一定しているらしく、外気温が30度を超えていたので
洞内に入ったときは寒いくらいである。
洞内はさすがに日本屈指の大鍾乳洞。思った以上に空間が広い。蝙蝠がとびかっている。



洞内を進み、青天井の探検コースがあった。
とても魅力的なネーミングに達成意欲をそそられるが、もう年も年なのでスルーする。
子供たち(といってももう二人とももう立派?な大人なのだが・・)と一緒に来ていたら
きっとコースに挑戦していただろう。

夫婦二人で先へ進むと駐車場のおばさまの押しである「百枚皿」にたどり着く。



なかなかの景観である。
周りの皆さんも
「これこれ。よく写真で見るやつ。」
と口々に話していらっしゃる。

そのあとは

広庭⇒洞内富士⇒南瓜岩⇒大マッタケ⇒すぼ柿⇒縮緬岩⇒千町田⇒
傘づくし⇒大黒柱⇒空滝⇒幽霊滝⇒千畳敷⇒岩屋観音⇒黄金柱

と、次々に名前の付いた鍾乳石に出会っていく。
洞内には自動音声ガイドが流れていて、言語も何か国語かがあったみたいだが、
「ゆっくり聞いていると2時間くらいかかるよ~」と駐車場のおばさまがおっしゃっていたので
もっぱら見るのみ。

傘づくし


大黒柱


黄金柱はさすがに人気。これだけになるには幾年月かかったのだろう。
まさに自然と時間が織りなす絶景である。



黄金柱をあとにして、黒谷入口方向へと進む。

大仏岩⇒岩窟王⇒くらげの滝登り⇒龍の抜穴⇒五月雨御殿⇒マリア観音

くらげの滝登り


と続き、黒谷入口の手前に駐車場のおばさまの押しの「3億年のタイムトンネル」
へとたどり着く。
駐車場のおばさまの押しということで「3億年のタイムトンネル」も最後までみてまわったあと
このあとどうしようか?と考える。

このまま黒谷入口を出ると、
歩いて駐車場へ帰るか、バスに乗るか、タクシーに乗るか、の選択肢。
このまま引き返すことも可能。

ここで時間は12:00くらい。
駐車場についたのが11:00ちょうどだったから、その後のあれこれを差し引いても
秋吉洞に入ってからここまで小一時間はかかっている。

ふたりで首脳会談の結果、
「暑い外はさけたい」というしょうもない理由で、蝙蝠のとびかう洞内を引き返すことにした。

来るときに小一時間かかった道程も、帰りは基本みどころスルーだし、
黒谷入口からだと若干の下り(高低差40メートルですと・・)、
観光コース約1キロメートルの道程は、帰り15分ほどで秋芳洞正面入口に戻ってきた。



そのまま駐車場まで歩き、駐車場のおばさまの満面の笑顔にご挨拶して、でんきランダは次の目的地へと・・。

山口へと ~でんきランダに乗って-2~

2015-07-28 21:49:00 | でんきランダに乗って
倉敷を出発したのが7:30ころ。
いまだ道程は半分。
一番最初の目的地、秋芳洞まではまだ300kmほど走らなければならない。
*TOPの画像は走りながら奥さんがとった宮島

途中、宮島SA・美東SAで休憩をして秋芳洞に到着したのは 11:00ちょうど。
予定通りの運行である。
秋芳洞第1駐車場へ入場して料金を払いに行ったら・・・・

料金所のおばさまに熱烈歓迎を受けてしまった。
まず、第一声が
「滋賀県からこられた!!。遠いところを・・・」
どうやら入場したときナンバープレートをご覧になったようだ。

この「滋賀県・・」がおばさまのスイッチだったようだ。
というのもこのおばさま、ボランティアでガイドもされていらっしゃるらしく
秋芳洞への思い入れは半端ないのがお話しぶりから感じられる。
「秋芳洞の観光化をされたのが滋賀のかたで・・・・・・」からはじまり滔々と
秋芳洞のことをお話しくださった。

知らなかったのでWEBで調べてみた。
以下WEBから引用

かつては雨乞いのときにしか近づく人がいなかった「滝穴」、現在の「秋芳洞(あきよしどう)」が
広く知られるようになったのは、滋賀県出身の鉱山師、梅原文次郎(うめはら ぶんじろう)の功績が多大。
梅原は1904(明治37)年、美東(みとう)町の大田鉱山を経営するため山口県いり。
「滝穴」の話を聞いて好奇心に駆られ、足を踏み入れた彼はその神秘の世界にとりつかれ、
観光化を思い立つ。
英国王立地学協会会員であり山口高等商業学校(現在の山口大学)の英語教師だったエドワード・ガントレットや、
広島高等師範学校(現在の広島大学)の地理学の中目覚(なかのめ さとる)教授に学術調査を依頼、
「滝穴」が世界に誇る鍾乳洞であると確信する。
洞内に桟橋や渡し舟などを設けて訪れやすくし、1909(明治42)年には洞内の景観を宣伝するため大金を投じ、
「滝穴開窟式(かいくつしき)」を挙行します。
「滝穴」は1922(大正11)年、「我が国鍾乳洞中最大で、特に学術上の価値が高い」
と国の天然記念物に指定された。

とのこと。
豪快な滋賀県人が秋芳洞の観光化に一躍かっていたため、たまたま私たちが滋賀県人というだけで
料金所おばさまに熱烈歓迎されてしまった。

後ろに料金を支払いに来られた方が待たれているのにお構いなく滔々とお話しくださる。
私たちは、後ろに並ばれた方に申し訳ない思いでいっぱいである。

秋芳洞のお話を教えてもらい、見どころを教えてもらい、見方を教えてもらい、
トイレの最終場所を教えてもらい、撮影ポイントを教えてもらい、お土産について教えてもらい
もうありとあらゆる秋芳洞観光のすべてを教えてもらい、秋芳洞へと向かった。

長くなったのでつづく・・・



山口へと ~でんきランダに乗って~

2015-07-27 21:13:38 | でんきランダに乗って
奥様は1年に2回ある5連休の休暇。その休暇を利用して山口まで観光。
車を乗り換えたので、その名も
「でんきランダに乗って。」しー太郎と息子はお留守番。

今回の旅行は宿泊先が一番に決まり、そこから観光を組み立てたという具合。
というのも山口には前々から一度宿泊したいと思っていた宿があり
「この機会にぜひ泊まろう」ということで計画。
お宿の名前は
「小天狗 さんろじ」さん
山口県下関市豊浦町川棚というところにあり、自宅からの距離は650kmほど。
高速利用でまっすぐ目指しても7時間~8時間かかる。
今回の旅のネックはこの距離。

ということで、1日目はいったん中間地点で泊まろうということで
倉敷美観地区の近くでホテルをとり、2日かけて観光しがてら
「小天狗 さんろじ」さんへ行く計画をたてた。

家を13:30くらいに出発
途中で昼食をとり、17:30くらいには倉敷にたどり着いた。
倉敷で泊まったホテルは
「ドーミーイン倉敷」さん
倉敷美観地区のすぐ近く。



チェックイン後、18:00頃から美観地区を散歩。
美観地区のお店はほとんどがもう営業をされていなかったが、
その分風情のある街並みを満喫できた。



ぶらぶら散策し19:00過ぎに夕食をとる。
旅の初日の夕食は、
たかきびめんと郷土料理のお店「冨來屋本舗」さん。
予約もせず飛び込み。でもすぐに席を用意していただけた。

せっかく倉敷に来たのだからと
・たかきびめん
・千屋牛
・ままかり
・黄ニラ
なんかがすべてぎゅーと詰まったセットを注文する。
あまりなじみのない食べ物ばかりだが、岡山の郷土料理を味わうことができた。
あとで食べたものをWEBで調べて
「そーやったんや。」と妙な納得。
本当は調べてから食べるもんですね。

ままかりは
「飯が進み、家で炊いた分を食べ切ってしまってもまだ足らず、隣の家から
 飯を借りてこなければならないほど旨い」に由来する。
なんて聞いたことはあったが、きれいな銀白色の魚、ままかりは初めて食べた。
標準和名は、サッパという魚でニシンの仲間。
そういえばそんな感じの味覚でした。

黄ニラは岡山県が主産地でニラ特有の臭みがなく柔らかく甘みがあるとのこと。
知らなかった。初めて見て、初めて食べたのかもしれない???。

たかきびめんもこんにゃくのような外見ではあるがそばの味覚。

体育会系のお約束、
「出されたものはすべておいしくいただく。」
を、二人とも見事に実践いたしました。
とってもおいしゅうございました。

夕食の後はホテルに帰って翌日に備え早めに就寝。
あまり観光はできなかったが、いい街。
今度は、いろんなお店の開いているときにしっかり観光したい街となった。
「もう一度ここに戻ってきましょう。」
夫婦で意見が一致した。

岡山にはまたゆっくり来ます。その時にまた・・・・・。