お寺の御朱印とならんで、御城印巡りもなかなか人気があります。
近畿圏では、三重も入れて45の御城印を発行しているお城があります。
今大阪では、楠木正成が築いた山城千早城と奈良高取城に行きました。
今回は奈良 麒麟が行くで有名になりました信貴山城と大和郡山
郡山城を巡ってきました。
信貴山朝護孫子寺(ちょうごそんしじ)から、堂塔参道を抜けて
空鉢護法堂のある信貴山頂上まで登ります。
大寅越しに見える本堂です
山頂にあります空鉢護法堂に繋がる参道
切り立った崖の上にある山城です 織田軍も良く攻め上げたものです
松永久秀の最後の地になります。
金魚で有名な大和郡山 こちらは松永氏に敵対した筒井順慶から始まる郡山城 豊臣秀長が
入城 城下町を整備しました。
近鉄のレール越しに見える東隅櫓、
鉄御門跡の石垣 角の石積みが、魅力的です
郡山城の石垣は野面積み
天守台の石垣 角の石組みに注目します。
天守台北面石垣の築石として転用された地蔵菩薩像 頭が下にあります
拡張工事に伴い 石材が不足して寺院の礎石、庭石、五輪塔、地蔵等が転用されています。
1983年追手門が復元されて、1987年追手向櫓、東隅櫓が、再建されました。
明治41年築の県立図書館を、1970年郡山城跡に移築した城址会館
二面仏石材として運ばれてきたものか。反対に回ってどっきり。
もともと極楽橋があった所に復元作業中
肝心な御城印は、郡山城の分が、月曜で柳沢文庫が、休みで手に入りませんでした。
近畿圏では、三重も入れて45の御城印を発行しているお城があります。
今大阪では、楠木正成が築いた山城千早城と奈良高取城に行きました。
今回は奈良 麒麟が行くで有名になりました信貴山城と大和郡山
郡山城を巡ってきました。
信貴山朝護孫子寺(ちょうごそんしじ)から、堂塔参道を抜けて
空鉢護法堂のある信貴山頂上まで登ります。
大寅越しに見える本堂です
山頂にあります空鉢護法堂に繋がる参道
切り立った崖の上にある山城です 織田軍も良く攻め上げたものです
松永久秀の最後の地になります。
金魚で有名な大和郡山 こちらは松永氏に敵対した筒井順慶から始まる郡山城 豊臣秀長が
入城 城下町を整備しました。
近鉄のレール越しに見える東隅櫓、
鉄御門跡の石垣 角の石積みが、魅力的です
郡山城の石垣は野面積み
天守台の石垣 角の石組みに注目します。
天守台北面石垣の築石として転用された地蔵菩薩像 頭が下にあります
拡張工事に伴い 石材が不足して寺院の礎石、庭石、五輪塔、地蔵等が転用されています。
1983年追手門が復元されて、1987年追手向櫓、東隅櫓が、再建されました。
明治41年築の県立図書館を、1970年郡山城跡に移築した城址会館
二面仏石材として運ばれてきたものか。反対に回ってどっきり。
もともと極楽橋があった所に復元作業中
肝心な御城印は、郡山城の分が、月曜で柳沢文庫が、休みで手に入りませんでした。
何か目的を持って名所などを回ると言うのは楽しいですよね。私も去年、スタンプラリーで各地の道の駅を回りましたが、今は中断しています。雪が溶けたら再開しようと思っています。
郡山の分がゲット出来なかったのは残念ですが、それ程遠くない所だと思いますので、また出かけられそうですね、次のお楽しみって事で宜しいかと? 早くコロナが消えて欲しいですね。
我が家も御朱印に加えて、御城印の収集も始まりました。(笑)
信貴山と大和郡山とは、大河ドラマ真っ最中で本当にタイムリーですね。
山城と平城という点も、短期間で落城(廃城)になった城と明治まで生き延びた城という点でも対照的です。
石垣の角の部分は算木積みという立方体の石を長辺と短辺が交互になるように積んで強度を確保した積み方です。
信長の時代から始まった積み方のだそうです。
私もまだ行っていないお城が沢山あるので、コロナが落ち付いたら少しづつ訪ねてみたいです。
コメントありがとうございます。
和歌山には4城の御城印が、貰える城があります。
猿岡城、紀伊岩倉城、和歌山城、新宮城です
何か目的を持って出かけると張り合いもあります
まずは近畿圏から出来たら一泊して回りたいですが
今しばらくの我慢でしょうか、スキーに行けないのが
辛いですが。郡山城はまたの機会にします。
クラキンさん
コメントありがとうございます。
やはり大河の影響は、凄いみたいで観光センター
の方が大勢見えていたとおっしゃってました。
信貴山にはNHKの取材は来なかったようで
残念だったと。 城はやはり石垣が、魅力です
見ていても気持ちいいです。