飛行機だい好き パートⅡ

プラモデルと旅行 ハイキング の写真を
基本に不定期に載せたいと思っています。

第一回 最初で最後のプラモデル作品展

2013-08-11 16:15:33 | プラモデル作品展示会
小学生低学年から はじめたプラモデルの製作 文房具屋さんの
ショウケースに置いてある 三和のピーナッツシリーズが
最初だった 胴体と主翼、一枚の水平尾翼を差し込んで
足を付けると 出来上がりです。色はまだ 塗る事を知らなかった。
それから半世紀の あいだに模型飛行機にかかわることを
色々してきました。

それらをまとめて まだまだ稚拙な作品ですが、作品展を
開かせてもらいます。 飛行機が主ですが、1/700 の艦艇や
箱絵 雑誌 資料 写真 なども 一緒に置かせてもらいます。


日時 2013年10月26日 (土)AM.11:00~PM.6:00

        27日 (日)AM.10:00~PM.4:00


場所  堺市立美原文化会館 5階研修室 072-363-6868







ご都合がつきましたら、どんなんかなと 思って来場いただけると 嬉しい限りです。



PS  これらの準備の為に プラモの製作はしばらく進まない状況に
   なりそうですので、ブログ更新も間があきそうです。
    猛暑の中 皆さん こまめな水分補給をして 体調維持に努めてくださいませ。




コメント (14)

国内初 双環柄頭短剣鋳型 上御殿遺跡現地説明会

2013-08-10 17:56:22 | 現地説明会
滋賀県高島市安曇川で見つかりました 双環柄頭短剣鋳型を見んに
湖西線の安曇川駅までJRで出かけました。 かなり遠い所です
上手く今津行の新快速に乗ればいいのですが、ちょっと間違えました。

駅から歩いて16分 田んぼの真ん中に発掘現場がありました
もう稲穂が頭を垂れているのには、驚きです  用水の中には
魚が群れをなして泳いでいます。子供の頃を思い出します。




















9日の新聞に大々的に取り上げられた 出土品でこれは 見過ごすわけにはいかない
ものです。 まじかに見てみると当時の技術力が分かります。
この鋳型は未使用で 上下の鋳型に彫られた柄の長さがに 長短が有るので
未完成か失敗品の可能性があります 発掘された時 斜め上から力がかかり
割れた状態だったそうです。






左の剣は鋳型を元に石膏で型を作り 青銅を流して作ったレプリカです。














下型の柄には Vを重ねた綾杉文が上型には 綾杉文とノコギリの歯の形をした鋸歯文が
細い線で刻まれています。弥生時代の銅鐸によく見られる文様で、同時代と考えられます。
剣の先から溶湯を流し込むようになっています 


墨書人名土器や人型形代、馬形代も数多く見つかっています










人形代には墨で顔が描かれています 胴体の両側に細い切込みが有るのが、手だそうです













周りは、たんぼばかりの中に発掘現場はあります まだ風が有るのと緑の稲穂により、暑さはそんなに感じません












来るときに見たのですが、大きな石塔を見つけました 鶴塚と言うそうです。











この暑い中 まだここまで出てこれるだけの意欲があった事は この鋳型の持っている
魅力が、強かったことを物語っています。めったに目にすることない貴重な資料です。









コメント (4)

クラブ例会

2013-08-05 19:55:28 | 日記
4日はクラブの例会が ありました
各自今の製作途中品を持ち寄り 製作の合間に例会報告が
あります 今はエァーフィックスの赤箱が 多数派を占めています
安くてプロポーションもよく作りやすいので 皆さん持ち寄っておられます。
















来年は15回目の作品展示会で 何か記念企画はと アイデアがでてきたものです。











アメリカ陸軍、海軍機を年代順に揃えようとリストアップしています
担当者も7割方決まっています いい目標が出来ました
私は P‐26 F105 F6F の三機に決めました。








コメント (12)

長山古墳 現地説明会

2013-08-03 21:16:20 | 現地説明会
久しぶりの 現地説明会に行って来ました。堺市にあります百舌鳥古墳群の中にある
うち 最古級で、最も大阪湾寄りに位置しているのが 特徴です。
江戸時代の絵図では、後円部は無くなっており 前方部が塚として 描かれています。















日差しがきつい中 大勢の方が来られていました 百舌鳥、古市古墳群を、世界遺産登録にと 取り組んでいる
成果でしょうか。















葺石はC地区の 前方部の墳丘裾周濠際から幅1.4m 長さ16mで直線的に並んでいます。
周濠の幅は15.7m 深さ1.1mの規模で確認されています 出土遺物は墳丘裾の周濠土中から
見つかっています。























こちらがA地区の後円部ですが殆ど何も 残っていなくて かなり徹底的に削られて 手がかりに
なりません。







この後 ここから南に700mの所に あります 乳岡(ちのおか)古墳に向かいました
住宅地の中にあり 見えているのに 近づくのに苦労します










後円部は墳丘が残っていますが、前方部は大きく削りとられて、関電の変電施設が立っています
金網の柵が その境界です。











丁度真後ろから見た所です





最後にこの近くにあります 履中天皇陵を 見学して帰ります
こちらも住宅地に囲まれていますが、まだ濠がありますから 圧迫感がありませんが
肝心の前方後円墳が 濠の堤防で見えないのが 感心しません。














古墳群は近くにあるように見えても、あるいて回るには距離があります  堺は自転車の街です
ので、(自転車部品のシマノがあります)手軽にレンタサイクルが使えれば 楽です
暑い中 意外とハードな見学会となりました。




コメント (2)