25時間目  日々を哲学する

著者 本木周一 小説、詩、音楽 映画、ドラマ、経済、日々を哲学する

コミュニティカレッジ

2017年07月19日 | 社会・経済・政治

 久しぶりに岡田さんと大酒を飲んだ。「昭和史」を貸していたのが戻って来て、代わりに「明治維新という誤り」を貸してくれた。江戸時代までの文明を壊し、西洋化に突き進み、富国強兵まっしぐらの明治時代であった。近代的自我の始まりでもあった。江戸時代末期に訪れた多くの外国人はおとぎの国のような美しくて人のよいこの国が西洋化づることを惜しんだ。その頃の西洋は汚かった。下水道も、人間の排泄物の処理もでいていない有り様だった。ペストが流行り多くの人が感染症で死んでしまう国々だった。

 教え子が一人途中参加した。ぼくは、プログラミングを教える人、健康術、たとえば骨ストレッチやボディチューニング、歩き方などの自己ケアを教えられる人、英語のテストが民間テストに代わるので、トウフルや英検の専門コース、登校拒児のスクーリング、国語も論述などが教えられるところがいる。できるとすれば君だ、と力説した。僕らは応援する、と。すると彼女は、「コミュニティカレッジみたいなもんですね」 「そう、どうまさにそう。尾鷲、全国各地に必要になってくる。もうあと3年で変わる」

  ぼくが予想してから30年。ようやく政府が動いた。あとは鬱病克服のための精神の壁作りである。乳幼児は無理だから、母になる人や高校生がいいのかもしれない。現在悩みを抱える人には認知行動療法がいいだろう。

 もう少し若ければなあ、と思うが、こんなことに気がつくのも辛酸をなめたせいなのかもしれない。

 大酒を飲んだが翌日の体調は変わらずだった。岡田さんもヘルペスが治ったらしく、また剣道の稽古となるのだろう。