昨日はしんどかったので、無事に定時出勤できたことに感謝。
ヒマなので過去に引き揚げたのから、また「壁の穴」もので。
昼の5764レと夕方の97レは編成が長すぎてファインダーに収まりきらなかった。
前者はともかく、後者は一応東海道経由で北陸線へ回るという列車だったが
行きがけの駄賃か、途中の新座タから梶ヶ谷タだか横浜羽沢あたりまでは
EF65PFには悶絶モノのコキ車26両、1300t牽引で運転されており
それも50000やら104、106やら新旧混結の編成で
いつも写真のような載り具合だったから
シャッター切って眺める方は、いろんなコンテナが載って楽しいやら
数両単位で貨車形式が変わって目まぐるしいやらで、兎に角色々と複雑だった。
新鶴見の65PFの運用担当列車だから"ネタガマ"1059が牽くことも度々あったが
この日の牽引は車外蛍光灯試験機の1089。当然バリバリの特急色。
こんなバカ長い編成で上るならさっさと帰らせたEF66やEF200に牽かせて
新鶴見でカマを替えて運転してもいいのにと何回思ったか。
そういうヴァリエーションがあれば何か撮ってて楽しかったろうが
2003年度中は新鶴見の65PFで全然変わることがなかった。
そこでどこかで誰かがこの件を指摘したのだろう
2004年の改正ではこの97レは横浜羽沢発上越線経由金沢行き2075レに改められ
似たような時間には82レだか98レだかという列車が設定され
担当機関車も吹田区のEF66牽引にやっとこ改められた。
尤も、越谷タと新座タの間ではそれなりに長い列車だったらしいが
新座タから終点の東京タまでは、逆にコキ100系数両の短い編成に化けてしまう。
その頃から「壁の穴」に通うのも大幅に減ったが
このダイヤ改正での変化が契機かどうかはよく覚えてない。
ヒマなので過去に引き揚げたのから、また「壁の穴」もので。
昼の5764レと夕方の97レは編成が長すぎてファインダーに収まりきらなかった。
前者はともかく、後者は一応東海道経由で北陸線へ回るという列車だったが
行きがけの駄賃か、途中の新座タから梶ヶ谷タだか横浜羽沢あたりまでは
EF65PFには悶絶モノのコキ車26両、1300t牽引で運転されており
それも50000やら104、106やら新旧混結の編成で
いつも写真のような載り具合だったから
シャッター切って眺める方は、いろんなコンテナが載って楽しいやら
数両単位で貨車形式が変わって目まぐるしいやらで、兎に角色々と複雑だった。
新鶴見の65PFの運用担当列車だから"ネタガマ"1059が牽くことも度々あったが
この日の牽引は車外蛍光灯試験機の1089。当然バリバリの特急色。
こんなバカ長い編成で上るならさっさと帰らせたEF66やEF200に牽かせて
新鶴見でカマを替えて運転してもいいのにと何回思ったか。
そういうヴァリエーションがあれば何か撮ってて楽しかったろうが
2003年度中は新鶴見の65PFで全然変わることがなかった。
そこでどこかで誰かがこの件を指摘したのだろう
2004年の改正ではこの97レは横浜羽沢発上越線経由金沢行き2075レに改められ
似たような時間には82レだか98レだかという列車が設定され
担当機関車も吹田区のEF66牽引にやっとこ改められた。
尤も、越谷タと新座タの間ではそれなりに長い列車だったらしいが
新座タから終点の東京タまでは、逆にコキ100系数両の短い編成に化けてしまう。
その頃から「壁の穴」に通うのも大幅に減ったが
このダイヤ改正での変化が契機かどうかはよく覚えてない。
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