🟦さだまさし「美しい朝」🟦
もう愛の唄なんて詠えない〈第2楽章〉ダイヤモンド社から発刊。ようやく1小節、1小節づつ読んで今朝読了しました。最後の第111小節「死にたくなるのも良く解る…だが、と敢えて言おう、死んじゃ駄目だ。まず生きていてくれ」で若者の自殺について述べてます。
推し量れば、現代社会への若者の絶望がある。本来、「未来」には「希望」が寄り添う筈なのに、今は「不安」しか寄り添わないと誰もが感じてます。マザーテレサは「この世の一番の不幸は戦争や貧困ではなく、自分は誰からも必要とされていないと感じる心です」というのがある。今、この国は直接の戦争も、新興国のような厳しい貧困も飢餓もない。「遊園地の中で暮らしている」と外国から笑われる程に平和ボケは進み、食べ物は捨てる程もあるのに、それを幸福とも勿体ないとも感じない無関心。そして逆に人々は、自分は不幸せで孤独で、自分の生命が軽くなったと感じているのだ。誰も自分に関心を持ってくれない、と思い込む不幸。マザーテレサの「愛の反対語は無関心」という言葉を思う。愛の反対語を憎しみだと思っていた僕はこの言葉に驚き、納得した。なるほど、憎しみとは愛の変形、愛の一部だったのかと。
どうせ死ぬなら、大切な誰かのために死んでくれ。失望や怨みなどに生命を捧げては勿体ない。生まれてきたなら死ぬ迄に一度位、誰かの役に立つ義務がある。そういう時はいつか必ず来る。お願いだからそれまでは、まず生きていてくれ。