90ページの雑記帳-2(丼・行・ぶろぐ。)

ようこそいらっしゃいませ。
自分の文章力も省みずに(笑)、旅の話を主に色々と書いていきたいと思います。m(_ _)m

チャリ鉄輪行派 小旅・KTR宮福線、峠をこえて【前編】

2022年08月29日 | 「輪行チャリ鉄」な旅

 私の輪行チャリ鉄活動の自転車ルート選定方は、基本的に標高の上から下へ進める、ある意味とてもヘタレwなやり方で、本格的サイクリストから見れば邪道もいいところなのだろうとも思いますが、ローカル線の起点駅から終着の主要都市駅なら、大体が山間部から平地になるものですし、輪行をし易くするために小径フォールディングバイクで走るって言う体制からの限度もあるので、そんなコース設定を選ぶことが多くなるものです。
 しかし、今回の京都丹後鉄道宮福線で輪行チャリ鉄活動となると、どうしても400m級の峠を2度通らなくてはいけないという自分的に超ハードな箇所が発生します。
 それは、あまりにも主題とかけ離れてしまうので、少し巡り方を変えて尚且つ輪行チャリ鉄活動に合致するようなルートで行いました。
 その為、自転車で走るルートは、


大江山口内宮駅から普甲峠を越えて辛皮駅、
辛皮から普甲トンネルで一駅輪行して喜多駅から宮津駅、
宮津から全線乗車で福知山駅、そして
大江山口内宮駅へ戻る、


としました。400mの峠は1度登るだけで、辛皮-喜多は漕がなくなりますが、全駅を自転車で訪れることにできます。とにかく辛皮駅をつなぐ道が急勾配の険しい1本道しか無いので、自分の身体能力も含めこれしか無い感じです。

 …なお、このレポート記事の実乗日は、2021年4月後半で結構日にちが過ぎちゃっています、豆腐のメンタルな人なので勤務の加減で1年ほどBlogさわる精神的余裕を失くしていた為、今ごろの記事公開になってしまいました。ご承知置きのうえ御一読ください。m(_ _)m

 

 …順番が入り乱れるので、駅順のレポートに致します。(本来の起点は宮津ですが福知山駅からスタートで) 
 福知山駅は、京都府北部の交通の要衝となる駅で、山陰本線と福知山線及び、京都丹後鉄道宮福線が通っています。そんな訳で、福知山には過去には機関区があったのですが、駅前再開発に際して廃止され、転車台とC11形蒸気機関車を巨大なモニュメントとして保存しています。C11形40号機は、全身にイルミネーションが仕込んであるのが見て取れるので、点灯している時間に来れば幻想的な姿を見られると思います。


 福知山駅では、宮福線内では多分レアな列車なんじゃないでしょうか、抹茶色2連の115系電車による宮福線内宮津行きがいました。宮福線内普通列車はすべて丹鉄のディーゼルカーかと思っていたので意外でした。ディーゼルカーならワンマンですが、この電車列車は車掌乗務になっていたので、人件費的にはツラい運用じゃないかと思ったり。


 福知山駅からは高架に沿って宮津方向に走り、次の駅は福知山市民病院口駅。確か昔は駅名が違った様な…と思っていたら、“愛称駅名”として『厚中問屋駅』と書かれていて、当初はこの駅名でしたね。病院の最寄り駅で住宅街も近くて、な駅ですが、乗降数は少ない様です。

 

 次の駅、荒河かしの木台駅は、丘の上に拓かれたニュータウンの最寄りで、丹鉄宮福線の車庫があります。駅入り口の横の急坂を少し登ると車庫の一部が見下ろせます。

 その見えるところに元特急「タンゴ・エクスプローラー」のKTR001形が留置されていました。この車両、噂には聞いていましたが、予備車とは言えとても荒れた状態で置かれていて、JR京都駅まで重連の6両編成で颯爽と走ってきていた、第三セクター鉄道界の当時の最高峰の車両と言える最盛期の姿を見ている者からすると、痛々しくて涙が出そうになるほどかわいそうに思える姿で、もう完全引退させてあげて欲しいとも思ってしまいました。


 ちょっと後ろ髪引かれる思いを後に、線路に沿った道がないので大きく国道まで回って、次の牧駅へ。ここも“愛称駅名”として『サケの遡上駅』と付されています。
田んぼの真ん中の築堤の上の駅で、ここも乗降は少なそう。丁度福知山行きの新しい車両KTR300形の赤鬼カラー車が到着しました。反向列車の交換待ちをしそうですが、それを待たずに自転車を漕ぎます。


 この先、由良川沿いに国道175号を行き途中左側に府道を曲がると、次の下天津駅へ。高架の上の一線駅で、ここも駅の周りは田んぼばかり。
駅に至る2車線行き止まりの道には、電車通学の帰りの学生を迎えに来てるっぽい、お年寄りの運転する車が待機していました。こんな感じで、過疎地域では御老人も自動車の免許もなかなか返納するのが難しいのだろうなぁ、と思います。


 再び国道175号線に戻って進むと、鉄道ファンであればすぐ目が行く、明らかに元鉄道線遺構とわかるトンネルが2つ現れます。


宮福線が開通するだいぶ前、福知山から現大江駅近くの河守までを結んでいた北丹鉄道の遺構です。自転車歩行者専用として、内側を厚く補強しているので元々の大きさより少し小さくなっている様ですが、2つのトンネルの並びとか見てると、古い前面4枚窓の気動車がゆっくりと駆け抜ける姿も瞼に浮かんで来そうです。


 トンネルを後にして進み、次の公庄(ぐじょう)駅へ。国道沿いにある駅で、小さめの駅前ロータリーがある駅ですが、最新の2018年の情報では乗降数は0人と言う…。駅周辺は、確かに作業用施設みたいなのは目に入るけど、民家的なものは少なく、車の行き交う音ばかりが騒々しい場所でした。


 走りに戻って、国道沿いに進み、次の駅は大江駅。宮福線では唯一の有人駅です。観光案内所が業務委託で営業している様です。酒呑童子に因んだ副駅名が付いています。
…売店とかあっても、自転車で回ってるのでおみやげとか収納できないので買うわけにはいかず、申し訳ないので駅構内には立ち入らずに過ぎました。


 この先、谷間の集落続きで、“のんのんびより”感が強い場所が続きます。高い高架がトンネルに突入するところにある次の駅は大江高校前。宮福線内で乗降数第3位を計上する名前の通り高校の最寄り駅。

そんな事情ででしょう、学校のPTA会の看板が駅出入り口にあったりしますが、付いてるイラストが、役員の中で絵心のある人がかいてるのんでしょうけれど、だいぶ今風のセンスな感じで、高校生の親御さんと言えども若くなってるなぁ、って言うより、自分、年取ったなぁ…って変なとこで感心してしまいました。。。(苦笑)


 線路に沿う道が県道になり、次の駅二俣駅へ。県道から奥まった所に駅があり、駅横に大きな鉄道変電設備がありますが、壁面にこの地域古来からのお祭りが書かれています。

ここまでの駅でも見ていたのですが、使用済みきっぷ回収箱が、沿線の工業高校が制作した金属製の箱になっていて、マイレール意識を盛り上げるツールの一つにしようと言う思いすら感じられます。


 県道に戻って緩い坂を登って行くと、元伊勢内宮神社の山門(門前町…に入るのでしょうか?)を経て、大江山口内宮駅に到着です。

 

 このとき、上下列車の交換で宮福線新旧車両が顔をあわせるタイミングになりました。MF100形の車体の塗装面に経年劣化が目立っていて末期感が漂っていますが、まだしばらく元気に走らせてほしいところです。

 

 ここから次の駅が、大きな峠越えになるのですが、上下に長い記事になっちゃいましたので、前後編に分けたいと思います。

拙い文書の自転車小旅の記録の続きですが、宜しければ御一読ください。

https://blog.goo.ne.jp/donkou-box/e/2fb0c556344e9f6fc386a398e6f2ed78

m(_ _)m

 


 STRAVAで記録したここまでの走行ルート


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「動画」初心者🔰、ちょっとずつ練習中(^_^;

2022年08月11日 | ときどき雑談記。

 gooブログの皆様におかれましては初めましてです。コミュニティとしてのgooブログとしては未だ全然解らないのですが、どうぞよろしくお願いいたします。

 Blog移転後、何も書けない状態が続き過ぎてちょっとヤヴァいことになってきているので、無理やり記事をageようと思い書いてみました。
 
 最近になって、スマホでちょっとした動画をちょっとずつ撮り始め、Twitterにageたりしているものですが、動画撮りはまだちょっと要領を得ず、なかなか思うようには撮れていません。駄作ですが御覧下さい😅
 
 
 
 
 
 
 
Twitterでお世話になっております、★たけちゃんさん★様の撮る動画が、短い時間に有効な情報がしっかりと入るいい撮り方をしておられて、私には理想的な動画に思えて、密かに勝手に心の師匠と思ってたりします😅
そんな領域にちょっとでも近づけるように、ガンバっていこうと思っています。
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gooブログに引っ越しました!【 正式開業 】

2022年08月11日 | ときどき雑談記。
 旧ブログからデータ転送と修正が一段落してから、
一応PreOpenとして開放していましたが、
やっと新着記事を書き上げることが出来ましたため、
ここに正式開設といたします。
 
 超が付く低速運転のページですが、
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
m(_ _)m
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チャリ鉄特別編・あすなとれんげでナロー繋がりサイクリング♪

2021年05月27日 | 「輪行チャリ鉄」な旅

 

 チャリ鉄と言いながらこの回は輪行なしで純粋に走って来たのは、まん延防止等重点措置や緊急事態宣言下で、気軽に電車に乗るのも気が引ける現状のなか、ここ2年ほどでご近所にあって兄弟のような(共に元近鉄線だし)ナローゲージ2路線に、相次いで“鉄道むすめ”が創られデビューしたので、この直線距離で30km弱のこの2駅間を走ってみよう、と思い立ちました。




 出だしは、四日市あすなろう鉄道の追分駅から。
 四日市あすなろう鉄道は、2021年3月18日付けで、鉄道むすめ『追分 あすな』がデビューとなりました。
https://yar.co.jp/imgdata/202103181547123.pdf
 名前の由来のひとつ、追分駅なので、等身大パネルか同様のポスター的なものがあるので、それを拝見してから…と思って来ましたが、こちらの駅には追分あすなさんに関するものは、とくに何も設置していませんでした。あすなろう鉄道の沿線PR誌に書かれた追分あすなデビュー記事は掲出していました。等身大パネルはここ追分駅ではなくて、あすなろう四日市駅に設置している様でした。でも、できればこちら追分駅にも何か置いて欲しいと切に思ってしまいます。折角の集客力になりそうな資源が有効活用されてないように見えて、もったいなく思えてしまいます。



※ ※ 訂正・追記 ※ ※

 …本文途中ですが、訂正をば致します。
Twitterにて、追分あすなさんの活躍について、当方の現状認識の誤認について、
@Fpen950 さまから最新情報を頂きました。
https://twitter.com/Fpen950/status/1397982927514832900


 今回、輪行をしない選択をしたが為に、電車内の案内モニターの現状については自身で見ていなかった状態で憶測記述になっていた様で、実際には車内案内モニター上で活躍中だと云うことで、他社とは違う活かし方をされていたもので、安心いたしました。
調査不足で誤認した書き方をしてしまったことをお詫びしますとともに、@Fpen950 さまには詳細情報を頂きまして、ありがとうございました。
m(_ _)m

訂正・追記は、以上です。

※ ※ ※ ※ ※ ※ 


追分駅に、「なろうぐりーん」が顔を見せてくれたところでスタートして、北勢線楚原駅へとペダルを漕ぎます。



 旧東海道を北上して南日永駅の先の県道を左折し、暫く先を北に橋を渡ると、同じあすなろう鉄道八王子線の終点、西日野駅になります。が、久々に訪れた西日野駅前は、ビックリするほど整然として、駅前ロータリーのある広い空間に再開発されていて驚きました。

 


そのロータリーの中に、あすなろう鉄道“八王子線”名の由来である廃止された西日野ー伊勢八王子間のことを記した案内看板が建てられ、歴史を語り継ぐようにしだしたのは、マイレール意識と言うか、継続して路線を未来に繋げるためにはとても良いことと思います。
因みに、ここ西日野駅とあすなろう四日市駅とで、日中の指定された時間帯でサイクルトレインが出来ます。ママチャリとかでも楽々と四日市中心部まで往復出来ます。

 



 ここからは線路を離れて北勢線までほぼ直線で結ぶ様に国道や県道を継いで走るので、鉄道趣味的に面白味は全然無いのですが、ぼちぼちと。
北方向に進む県道が古い旧街道的な狭い区間になったところで見つけた、猫の飛び出し注意の手作り看板が惹かれました。ネコが多い地区なのかもですが、このときは残念ながらネコの姿は拝めませんでした。


自動車のホンダの車体の工場が、新名神高速道の近くにあって、鈴鹿市が中心かと思いますがホンダの工業地域が四日市市にも及んでいて、ホンダもすごいなぁ、と感じました。
(この小旅には、当時の愛車ホンダ・ライフJB5で出発地点まで来ていたのですが、この直後に買い換えが決定し、ホンダ車ユーザーも終わりが迫っていた時期なのでした。)

 この先は、高低差50~60m位の丘陵地を上って下って大きめの川を渡るパターンを2回ほど繰り返し員弁川を渡ると、東員町域に入り北勢線の線路に接近、線路に沿ってもうちょっと走って、いなべ市入りし大泉駅に到着。


いなべの農産品直売所「うりぼう」も開設していましたが、けっこう「密」な繁盛してる時間帯だったのと、荷物の持てない自転車旅だったので買うわけには行かないので、素通りで次駅の目的地、楚原駅を目指して走ります。あと1kmちょっとほど、旧街道っぽい道を走ります。

 


 追分駅からGPSサイコンの計測で27.7km、三岐鉄道北勢線 楚原駅に到達、楚原れんげさんの駅名標が迎えてくれました。同じナローゲージ路線で元近鉄線だった兄弟路線に創られた2人の“鉄道むすめ”を繋ぐサイクリングの半分が完了です。

 さて、ここまでが半分なのは、ここからまた追分まで多少ルートを変えて戻っていくからです(自分基準で25kmを境に以下ならポタリング、以上ならサイクリング、と分類しているので)。
帰路は、2カ所渡る大きな橋は変えようが無く、見所が無いのでサラッと流しますが、三岐鉄道三岐本線の山城駅近くの踏切を渡ったのですが、電車が通過した直後で20分以上次の電車が来ない時間帯だったので本線の電車は見れずに終わりました。こちらにもサイクルトレインがあったりするのでいずれ乗りに来たいものです。

 そんな感じで四日市市の郊外を走り抜け、市街地へ降りてくると、日永駅に出て、この東側の踏切を渡ると旧東海道にて追分駅を目指します。


地域ゆるキャラのこにゅうどうくんののぼりが出迎えてくれてますが、四日市には非公認地域萌えキャラのよつかいち子ちゃんもガンバってきています。

 追分駅に帰着し、こちらは27.1kmの距離で走破、2人の“鉄道むすめ”を繋ぐ小旅を完了しました。
尚、追分あすなさんの等身大とかは見たかったので、あすなろう四日市駅に寄り道してお姿を拝見してから、帰宅の途に付きました。

 


 今般、昔の繋がりからして縁の深い近隣にある2社線に誕生した“鉄道むすめ”なので、近鉄を介した企画乗車券にグッズを付けて販売しても良いように思いました。そんなのがありましたら、またそれを使って乗りに行きたい、とも思ってしまいました。まぁ、出なくても、折を見てまた再訪したい路線なのですので。
また行きます。


STRAVAで記録した往路のコース



STRAVAで記録した復路のコース




※ 2021.5/28、追記・訂正を加筆致しました。



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チャリ鉄輪行派 ご近所散走・えいでんの近況

2021年03月25日 | 「輪行チャリ鉄」な旅
 

 チャリ鉄・輪行派活動として、遠方のローカル私鉄や第3セクター線を自転車で辿る沿線サイクリング、という形の方が好きなのですが、春の初めのちょっとだけ暖かくなったある日に冬の間滞ってたチャリ鉄活動を、久々に同じ京都市内の叡山電車で活動再開としてみました。取り敢えず、運転開始からまだ実車に乗ってなかった観光列車“ひえい”に実乗するのと、2020年の豪雨災害で長期不通にて市原駅止まりで運行する鞍馬線の様子を見れれば、ってところで行ってみました。
 叡山線沿線は何度も走ってるし当然完乗もしていましたが、全駅訪問はしたことがなっかったのでこの機会にチャリ鉄輪行活動にしてみました♪


 私の家から叡電の出町柳駅まで約5kmちょい程漕いで走ります。
途中、京都市民には親しい京都御苑の単線区間(御所の細道)を経由してみたりするのも京都市民の楽しみ方かもです。(…とか言う私は大阪府生まれのにわか京都市民ではありますが(^^;)



出町柳駅に着いたら、丁度目的の“ひえい”が目前ですぐに発車してしまった時間だったので、止むなく八瀬比叡山口から折り返してくるまで50分の到着待ちに。朝飯が少なかったので鴨川の河川敷でおにぎり食して時間調整。余裕ある時間で自転車を輪行袋に収納します。


 1往復してきた“ひえい”は、正面の金色の楕円が独特な外観。「神秘的な雰囲気」や「スピリチュアル・エナジー」等のキーワードで比叡山の印象を楕円で表現してデザインしている。奇抜なデザインに賛否ある様ですが、走ってくる姿は、何んだか蒸気機関車が迫ってくるような独特な存在感を感じます。
 車内はロングシートながらバケットシートで座り心地もいい。観光列車と銘打ってても通勤事情にも対応している上で、豪華な車内に仕上げています。車内にはネジの頭が殆ど見えないように造ってあって、ダウンライトの照明も高級感を出しています。

 

 

 


 八瀬比叡山口駅までは5.6kmの距離。折り返してくるのを待ってる間に漕いで行けてしまう距離を、輪行して終点の八瀬比叡山口まで。ホームに降りてひとしきり“ひえい”を間近で観察してから、改札を出てDAHONを組み立てる。ここからチャリ鉄活動です♪


 今乗ってきた叡山本線だけを沿走してもいいようなものですが、今日は折角だから30km以上は漕ぎたいので、取り敢えず市原までは行って、時間と「体力」(←ヘタレw)が許せば鞍馬まで上ってみよう、との行き当たりばったり且つ自由な行動にしようと言うもの。先ずは三宅八幡駅を目指す。“ひえい”が登ってきた坂道を下っていくのでこの間は極楽ペダル♪

 


 三宅八幡駅は、上下別の相対式ホームの駅。屋根やホームの鉄柵が朱色に塗られていて、三宅八幡宮最寄り駅の様な顔をしていますが、鞍馬線の八幡前駅の方が近かったりします。但し、表参道はこの駅から続いています。また、似た役割の駅が2つあるのは、元々は別々の会社の路線で開業したことに依ります。

 


 三宅八幡駅から宝ヶ池駅に向かわず、一旦市原方面に向かいます。前述の表参道を通り、八幡前駅へ。地元の中学校生が叡電とタッグで駅の魅力アップのために装飾等行っているそうです。


 次の岩倉駅までは一旦線路から離れて大きく回って行く道へ。
その昔トロリーポール集電の時代にはこの駅までが複線で、ここまでの折り返し電車が多くあったものでした。鞍馬寄りの折り返し側線までにポールを下げて惰行で行って、それからポールの向きを変えて出町柳行きホームに出てくる姿を見たこともありましたが、今は中間駅で、折り返し運転もなくなりました。


 次の木野駅は、複線→戦時中の単線化→再複線化の歴史の中で西に東に移転を繰り返させられた駅。かつて駅の南側に行政の杜撰から乱開発され異様なモヒカン姿になり有名になった一条山がありますが、今は整備され目立たなくされたものの、元状回復した訳ではなく、ごまかされてる感じがしないでもありません。

 


 次の京都精華大前駅は、平成元年に開業した、名前の通り京都精華大のための新駅で、構内の陸橋等設備が大学と一体になった駅になっていますが、近所の住宅街からは空き地をぐるっと回って駅に辿り着く感じで、地元民には幾分不便な様にも見えます。

 


 次の二軒茶屋駅までが複線区間で、ここより鞍馬方面は単線区間。京都産業大学(産大)の最寄り駅で徒歩で800m程の距離、産大へのシャトルバスも発着しているそうです。

 


 そして、上り勾配が続く線路に沿って上り坂の道路を行くと、次の市原駅。
単線のホームですが、折り返し列車があるため出発信号機があります。但し、2020年夏の豪雨災害により、この先終点の鞍馬駅までの間で大規模な土砂崩れが発生し、2021年3月現在この間で不通が続いているため、鞍馬方の出発信号機の向こうには枕木で仮設の車止めが。ここから鞍馬駅まではバスで代行輸送で運行中です。

 


 900系展望電車きららが入ってきましたが、ここから先でこそ展望電車の本領を発揮する区間なのに、現状、車止めに阻まれてここより先には進めません。車両も口惜しく思っていることじゃないでしょうか。
 写真には残しませんでしたが、この駅から周りを見渡すと、山腹の上の方から崩れて山肌が露出したところが何カ所か見えて、豪雨被害のひどさが見てとれます。

 …実はこの次、二ノ瀬駅まで漕いで行ったのですが、駅に入れるものと思っていたら(ネットで運休中の駅の画像を上げてる人が居たりするので)、集落から駅へ上がって行く入り口の坂の下には規制線の黄色いテープで封鎖されてて無理に立ち入るのは良くない状態だったので、ここで心折れて(←やっぱりヘタレw)それ以上鞍馬方面に行ってもあかんなぁ、と思い折り返しました。
とにかく早期復旧を祈るばかりです。

 二ノ瀬の集落から一気に宝ヶ池まで戻ります。

 


 叡山本線三宅八幡駅の次駅である、宝ヶ池駅は、鞍馬線の分岐駅であり、ここから出町柳方面は電車の本数が格段に多くなる。駅に着いてすぐ入ってきた電車が“ひえい”でした。車体のきれいさでも存在感が強い。

 


 次は車庫のある修学院駅へ。撮った電車が「まんがタイムきらら」コラボの「おちこぼれフルーツタルト」の電車でしたが、駅の周りを見渡せば“けいおん”の聖地真っ只中で、隣の出町柳方面ホームのむぎちゃん改札口とかの方が気になったり。ですが今回のテーマとは違うので軽く扱います♪


 次の一乗寺駅、ラーメン街道最寄り駅であり、ここもけいおん関連聖地。

 


 次もけいおん関連聖地になる茶山駅。古くからありそうな住宅街で、前の一乗寺周辺とともに、典型的な左京区らしい沿線風景に見えます。

 

 


 次の元田中駅、写真ではうまく表せていませんが、東大路通を挟んで上下ホームが分かれています。その昔、京都市電がここから宝ヶ池まで乗り入れて競輪場までの旅客輸送をしていた名残りとのこと。このあたりまで来ると、一乗寺や茶山と比べると下町感が出てきます。


 元田中駅から1km弱で、スタートした出町柳駅へ戻ります。
 八瀬比叡山口駅から大体28km程漕ぎました。ここから家まではあと5kmちょっと、走ります。


 …市原で見た豪雨被害の凄まじさからして時間がかかるのは容易に理解できるが、被災から9ヶ月近く経ても復旧までの公式の発表が無かったのでどうなることかと思っていたら、やっと発表されました。

※ ニュースリリース ※ 
土砂災害による運休区間の運転再開見通しについて
https://eizandensha.co.jp/news/wp-content/uploads/sites/2/2021/03/news_2021.03.12.pdf
(2021年3月12日付)

 まだ目途の段階であり、いろいろな要素で多少は前後するかと思われますが、やっと方向性が付いて、道筋が見えてきたと言えそうです。
 関係の人々にはまだまだ大変なことの連続かと思われますが、紅葉シーズンに間に合い、「きらら」が本領を発揮するのが待ち遠しいものです。応援いたします!


STRAVAで記録した前半の走行ルート

STRAVAで記録した後半の走行ルート

 

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