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第104話 「嘘字!!」


学校を卒業してもなかなか職に就くことができなかった。仕事がしたくなかったわけではなく、当時は酒屋さんや八百屋さんなどの小売店は多かったが、勤め人となるような会社はそう多くはなかったのだ。

 とにかく十勝に帰りたくて帰ってきたものの、卒業間近に仲間や先生から「そんな田舎に帰ってもお前の望むような職なんかないぞ!」といわれたのが、現実のものとなった。
まして、カメラマンとして働くなどもってのほかで、新聞の募集欄を見てようやく面接した写真の現像所の担当者は、「報道写真学科卒」のわたしの履歴書を見るなり「カメラマンは要らんのだワ」と―。
そんなことで少しのあいだ悶々とした日がつづいたある日、名の知れた代議士が父親の同級生にいて、地元の秘書から『新聞社で一人募集しているみたいだぞ』と教えてもらった。
これはと、勇んで面接に出向いたのだが―「営業ならいいよ」と。
仕事もせずぷらぷらとしているのを、周りから白い目で見られているのも嫌だし、止む無く、一営業マンとして営業部に晴れて入社することとなったのである。
入社二日めドンと、段ボール箱いっぱいの封筒と宛名のリストをわたしの机の上に置き、上司は「この封筒に宛名書きをしろ」と。
社会人になっての初仕事「こんな簡単なもの!!」と、張り切ってボールペンを手に書きだしたのだが…。
何通も書かないうちにボールペンが止まる。「・・・!?」
リストの名前が読めない。
子どものころより勉強嫌いで、わたしは漢字を書くのが苦手である。でも、本好きだったので読むのは得意である。それがどう見ても読めない。
「えーい次へ行こう」と、飛ばして次へ進む。しかし何行もいかないうちにまた読めない。見たことのない字だ。そうこうしているうちに昼になり、先輩たちが帰ってくる。机隣の先輩に聞くと「あ~それは○○だ」
「エーこの字が―」「略字だ、りゃくじ…」
しかし、昼からも読めない字が続出。
何度も聞くのも嫌になり、その字をまねてどんどん書き二日ほどで書き終える。

 その数日後、“宛先不明”で大量の封書が戻ってくる。
何人かの先輩たちが舌打ちしながら、宛先を書き直し「コリャー嘘字だ」。
そして一人がわたしの耳元でささやく「仕事ちゅうもんはこんなに早くやるもんでねぇー、ゆっくり時間をかけろ」

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第105話 「泥で汚れた真っ白いハンカチ」


小学3年生の少しの間、そろばんを習いに行ったことがある。
正直そろばんにはまったく興味はなく動機は極めて不順で、珠算塾に通っている何人かの同級生と仲間はずれになる気がしたからである。

 そのころ家に塾に通うような余裕はなかった。と、おもう。
でも無理云って頼み行かせてもらう。バカなわたしが、少しでも勉学に興味を持つようなふりをすると、母親は大方のことは聞き入れてくれたのだった。
周3日バスで、授業が終わって午後3時ごろ何人かの同級生と街中の塾へ行くのである。
いつものこと、ぎりぎりの時間まで目いっぱい道草をして帰宅。ランドセルを投げ捨てるとソロバンの入った袋を手に取りバス停へと走る。
バス停には4.5人のおとな達がバスを待っていた。
「塾へ行くのかい!」
色黒で、ごつい顔をした
恰幅のいいひとりの小母さんが声をかけてきた。
「ウン」と答えたわたしには、“近所に住む同級生の母親”と云うことは分かっていても誰の親なのかはわからない。
当時近所のあちこちに子供がどっさりといていつも顔は見ているが“誰がどの仲間の親なのか?”は、ほとんどわかっていなかった。
「なんだ!!泥だらけでないか」
しげしげとわたしの顔を見たそのひとは、手に下げていたバックから買ったばかりの皺のない真っ白いハンカチを取り出し、ベッと唾をかけわたしの顔を拭き、なにごともなかったようにまたバックにハンカチをしまい込んだ。

そのとき、真っ白いハンカチにべったりと着いた泥が目に映った。

バスが来て乗りこむと「気を付けていくんだよ」と言い、小母さんは一番奥の席へ行った。バスが動き出しわたしたちはギャーギャーワイワイと騒ぎ、いつもの停留所で降りた。

 自分の子も他人の子も、なにか悪さをすれば構わず叱りつけよければ褒める。いつも大人が見守り、身をもって教えてくれた時代だった気がする。
はたして今のわたしは、人前で、悪さをする隣り近所の子を叱りつけ、泥だらけの顔を見て、あの小母さんのように余所行きの真っ白なハンカチで、何のためらいもなく拭ってやることができるだろうか。

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第103話 「穴」



少し疲れると、頭はボーとし目が霞み冬なのに蚊のような小さな虫が飛び、ごみのようなものがスーッと視野を流れる。歳のせいで仕方がないとあきらめていた。が…

 最近は、雪虫のような白いものがフワフワと自分の周りを漂う。
“白内障の進行か?”と、思っていた。
「そろそろダウンジャケットは仕舞わなければ―」と、折りたたんでいるとまた雪虫が…。

あれぇー、

慌ててたたみかけていたジャケットを広げ、目をグッと近づけ隅々まで調べてみると、あーあった、針の孔ほどの穴が。
もしやと思い探すとまた一つ空いていて、なか身の白い羽毛が見える。まだあるかと探したがこのふたつのようだ。
原因は焚火。
かつて、一年のうち70日ほどキャンプをしながら取材を続けていたことがあった。そのころは煮炊きや暖をとるのに焚火は欠かせない。
仲間の着ているフリースやパーカー、椅子など化学繊維や布地でできたものは上着も含めてことごとくが穴だらけ。そんなことから十分注意してはいたのだが。
よもやと思いダウンベストも調べると、こちらは5つ。
やはり針で刺したほどの穴だ。
いまはアウトドアギアーで、火の粉から上着を守る“焚き火用のウエア―”もあるらしいが、かつて取材メンバーの上着は部分によっては“網タイツか”と思うほどの穴があちこちに開いていた。それからみると服地も、より軽く丈夫で燃えにくくなってきているのだろう。
当て布を小さく切り抜きボンドで貼り付け修理は完了。
背で、「山へ行くときは良いものを着て行くんでないの!!」と少し声を荒げていう女房。

それをしり目に、“たしかに―”と思いつつも、山や川へ行くと必ず火を熾し、数時間なにもしないで地べたに座り、じっと焚火を見いる自分がいる。

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