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第105話 「泥で汚れた真っ白いハンカチ」


小学3年生の少しの間、そろばんを習いに行ったことがある。
正直そろばんにはまったく興味はなく動機は極めて不順で、珠算塾に通っている何人かの同級生と仲間はずれになる気がしたからである。

 そのころ家に塾に通うような余裕はなかった。と、おもう。
でも無理云って頼み行かせてもらう。バカなわたしが、少しでも勉学に興味を持つようなふりをすると、母親は大方のことは聞き入れてくれたのだった。
周3日バスで、授業が終わって午後3時ごろ何人かの同級生と街中の塾へ行くのである。
いつものこと、ぎりぎりの時間まで目いっぱい道草をして帰宅。ランドセルを投げ捨てるとソロバンの入った袋を手に取りバス停へと走る。
バス停には4.5人のおとな達がバスを待っていた。
「塾へ行くのかい!」
色黒で、ごつい顔をした
恰幅のいいひとりの小母さんが声をかけてきた。
「ウン」と答えたわたしには、“近所に住む同級生の母親”と云うことは分かっていても誰の親なのかはわからない。
当時近所のあちこちに子供がどっさりといていつも顔は見ているが“誰がどの仲間の親なのか?”は、ほとんどわかっていなかった。
「なんだ!!泥だらけでないか」
しげしげとわたしの顔を見たそのひとは、手に下げていたバックから買ったばかりの皺のない真っ白いハンカチを取り出し、ベッと唾をかけわたしの顔を拭き、なにごともなかったようにまたバックにハンカチをしまい込んだ。

そのとき、真っ白いハンカチにべったりと着いた泥が目に映った。

バスが来て乗りこむと「気を付けていくんだよ」と言い、小母さんは一番奥の席へ行った。バスが動き出しわたしたちはギャーギャーワイワイと騒ぎ、いつもの停留所で降りた。

 自分の子も他人の子も、なにか悪さをすれば構わず叱りつけよければ褒める。いつも大人が見守り、身をもって教えてくれた時代だった気がする。
はたして今のわたしは、人前で、悪さをする隣り近所の子を叱りつけ、泥だらけの顔を見て、あの小母さんのように余所行きの真っ白なハンカチで、何のためらいもなく拭ってやることができるだろうか。

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