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第138話 「時間」


とにかく、早い!!
遠くの景色はゆっくりとしているのに、目の前はかたちを見分けるのも容易ではないほどどんどん流れ過ぎ年々速くなって、もう新幹線に乗ったようだ。

自分を取り巻く時間のことである。
一時間、一日、ひと月そして一年があっという間に過ぎ去っていく。ちょっと、ぼーと窓外の雪景色をみながら考え事をしていただけなのに時計を見るともう昼で、飯を食べて横になった途端爆睡、目が覚めると二時間も経っている。
そんな日々がもっとはやくなったのは、胃を切除してからである。
一回の食事は、健康だったころの三分の一くらいの量を20分から30分もかけて食べる。それを一日に6食。で、わたしは、毎食ご30分ほど歯を磨く習慣があり、するとすぐに次の食事の時間で、極端な話、一日中食べて歯を磨いている。ついさっき歯磨きが終ったのに、いまも菓子パンを食べながら日記を更新しているのだ。おもむろにパソコンに向かい気が付くと夕暮れで外の家々には明かりがともり、西の彼方には、日高山脈の峰々が濃い藍色に塗りつぶされ鮮やかな茜色のなかに浮き出ている。その見事な色合いに見とれていると、間もなく一瞬で、暗闇にのみこまれてしまった。
もうすぐ晩飯で、風呂へ入ってちょこっとテレビを見て時計を見ると寝る時間になって、きょうもあっという間に一日が過ぎ去った。
時計の時間は、人間が社会の秩序を守りまもらせるために決めたもので、他の動物にはそんなものないし通用しない。取り巻く野生の周期に合わせて、日が暮れると寝るか起きるかして、夜が明けるとやはり寝るか起きるか―となる。そして、腹がへると獲物を獲るか貯えてあったものを食べる。だから生きるための時間は自分の中にあって、それぞれ違う。なにもその時間になったからといって、他人と同じことをしなくてもいいのだ。
そう考えてみると私たち現代人の中にも、ずうっと大昔の自分の“とき(時間)”というものがかくれていて、時計の指す1時間が1分の人もいれば1日という人もいるし、言い換えると、一生が100歳の人もいればその何分の一しかない人もいるわけで、それぞれ背負っているものもわからないくせに他人がおこがましく、若いのに―。とか、長生きして幸せだねェー、なんてことを言えるはずはないのだ。
時間の単位で考えるとわたしは、楽してのんびりしたい。でも、お金や他の諸々のことなど何の心配がなくても、寝たきりで長くは生きたくはないし、日々ゴロゴロし寿命が来るのを待つだけ、というのも嫌だ。
が、「肝心なところ」は自分では決められない。ということだろう。

待てよ!どんどん時間の経つスピードが速まっているということは、到達点が近いということでもある、すると…。

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第137話 「均衡」


四六時中頭の中は新しい出版のことでいっぱいだ。机の上は何枚もの表紙デザインの出力したプリントで散らかっている。「タイトルの英文はもっと幅広く左右もおもて表紙の幅いっぱいに伸ばして―」

そんなことを考えていると突然汗が噴き出してきた。“熱い”額に手をやるとびっしょり汗で濡れている。なんかどうもおかしい。そうだ!!寝ていたのだ―と、目が覚めた。
「今夜はいままでになくしばれ、明日の朝は今季一番の冷え込みになるそうだ。」と仲間が、日中の編集会議で云っていた。
築30年はとっくに過ぎた我が家は、4人目の子供が生まれたとき建てたので広く部屋数は多いのにいまは女房とふたり。それで常時ストーブをつけている居間以外はまるで冷凍庫状態だから、一度布団にもぐると安易に腕などを出すと大変で、顔も毛布に潜るようにして寝ないと、感覚がなくなるほど鼻先は冷たくなってしまう。なのに汗がとまらない。
額の汗が滴り落ちて枕を濡らし始めた。まるでサウナに入っているようで、「このままでは布団の中が汗でびしょ濡れてしまう」と思うと、あわてふためき部屋の明りを点けかけ布団を接ぎ上体を起こすが、目がまわりふらつくのでそのままベットに腰かけた。
時計を見ると11時を少し回ったところで、寝ついてからいくらもたってはいない。
頭の毛孔からじゅじゅじゅうっと汗が吹き出て、ぽたぽたと太ももに滴り落ち全身がぶるぶる震えだした。
這うようにして居間に行くが、ものすごい空腹感と喉の乾き。これは尋常ではない。
退院してからは一日6食の食事。という事は2、3時間おきに食べ物を口にしていなければならない。で女房はすぐに腹の足しになるようビスケットやカステラ、飴、チョコレート、チーズそして好物の市田柿などを箱に入れて常備してある。

ビスケットの箱から一袋を取り出すが袋を破くのももどかしい。<いったいどうしたんだろう>立て続けに二枚口に入れ、むさぼる。もうひと袋破り、取り出したビスケットを次つぎと口に入れる。そしてさらにもうひと袋も―。それでも飽き足らず市田柿二個を頬張り、本当は味がなくなるほど良く噛まなければならないのに中途半端で呑みこむ。
やがて、汗も震えも止まり落ち着きを取り戻してきたのでまた床に入った。目を瞑っていろいろと模索してみる。退院が近くなったときの食事指導で、「低血糖症状」の説明を思い出した。翌朝、もらった資料のそのページを開いて見ると、昨夜の出来事はそのままだった。

ここしばらくは身体の調子の良さもあって「また太る」と、一日の食事は3,4回で“瞬く間にバランスが崩れて”のことと思った。
この本も “均衡”がとれていないと、デザインもなかなか納得いくものにはならないだろうナ。う~ん。

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第136話 「純粋でなければ」


「いや俺さ、この前見たんだ!」と、テーブルの上に人差し指で何やらなぞり話す此奴は、嘘をついたり人を騙すという事を知らないまま大人になった、馬鹿が付くほど真面目で純粋な奴だ。


わたしには、二人の実弟と義弟、そして三人の義妹がいるが、「こんな形をしていて―」と、もごもご不器用に話す此奴は、その義弟の一人である。
「お前ぇちゃんと筋道を立てて云え」と、すぐに乱暴に言い放ってしまう一昔前のわたしも、今は違う。ある時(いつからかは忘れたが)を境に、そういう言い方がまったく口をついて出なくなった。自分でいうのも変だがひとが変わったのだ。不思議なことである。
彼が社会人になるまでは、まわりの皆が“此奴はしゃべることができないんでないかい”というほど話をしない少年だった。それが今や子ども3人に孫4人で、務める会社では「定年後も頼む」と、社長の信頼厚い販売部責任者だ。人間とはわからないものである。
はじめは皆目見当がつかないまま、うんうんと頷きながら聞くとはなしに聞いていたが話が進むとだんだん見えてきて、そのばらばらの内容をつないでいくとこうなる。
2人目を出産した次女が、孫を連れて里帰りしたので居間で煙草が喫えない。しかたなく2階にあがり、窓を開けて夜空を眺めながら煙草を吸っていた。
その夜は満天の星、すると、先が尖った台形のかたちをした物体が目に入った。物体の縁は、ピカピカと輝く星のような光が等間隔に縁取っていて、先端の尖ったところにはそれより一回り大きな光が時どき点滅している。アレェ!!
そして、すうっと左がわに一瞬で移動したと思うと今度は、ものすごぉい速さでジグザグに移動し消えた、というのだ。
どうやらテーブルに指先でなぞったのは、その物体の具体的なかたちを示したかったらしく、すなわち「未確認飛行物体を見た」というのだ。
彼の眼はかなり良い。ただ、想像力のきわめて乏しい現実的な人間である。だから見間違えることはまず考えられない。
わたしはこれまで、“霊”らしきものを見たり“闇の声”を聞いたことはあるが『未確認飛行物体』は、らしきものも、見たことはない。
「兄貴!!あれは何だべ」と、真顔で問う彼に応える術が思いつかなく「よし!時どき見るという姪っ子もいる。身内でUFO研究会を立ち上げろ」。

そのUFOを見たことがあるという姪っ子が、入院中見舞いに来た時のこと。
ひと月の間、院内を歩き回ったが不思議な現象に出会うことはなかったと云うと、顔から笑いが消えて、「おいちゃんそれ違う。わたしの友達がこの病院にいるんだけどぉ。よく見るんだって」。
わたしからはもう、“純粋”というものはなくなっているのかもしれ

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