神と悪霊・私が撮影した神様・龍神様・稲荷狐さんの写真館・妖精も写っています。
ふきのとう
近所の庭にも春の訪れ
テレビ塔
街の真ん中でも、コロナの影響で閑散としている
札幌も雪が消えて、漸く春がやって来た。
桜はまだ。
外出自粛で、病院とスーパーにしか行かないけど、近所は一軒家街だから
桜の花見も出来る。
昨日は脳神経内科へ行ったら、入り口で検温されて、咳が出てないか確認されてからでないと、病院内には入れないし、お見舞い禁止の措置に成っていた。
コロナの深刻さが分かる。
体温は、35℃4分しかなかった・・・・・
診察で、二月からずっと身体が怠い事等、体調について話をして、
「両親は認知症に罹ってしまったから、自分の症状を説明する事も出来なかった訳ですけど、
だんだんと、あちこちが機能しなくなって、人は死んで行くのだと思いました。」
と言うと、先生は驚いた様に
「客観的に見ていらっしゃいますね!」と言い、私は続けて
「人間は産まれた時から、死へ向かって行くわけですから。
自分も年ですから、そっちの方へ入って来たのか、と思っています。
この頃、自分が死ぬ夢をよく観るんですよ、全然怖くはないんですが・・・・・」
と言った。
そう、「不全」と言う意味がよく分かったのは、父が腎不全で逝った時だった。
「不全」と言われても、ちっともピンと来なかったのだけど、父を見て
「不全」とは、「全く否」全然ダメ、機能停止、の意味だと漸く理解出来た。
「体験」が伴わないと、中々実感出来ないのが私で、文字を読んだだけで、何でも理解出来るのが父だった。
だから、何て頭の良い人だろうか!といつも思っていた。
どんなに頭が良かろうが、どんなに運動神経が良かろうが、誰でも「不全」に成って逝くのが定め。
その時まで、どう生きるか、が大切なことなのだと思う。