「生まれた」からには「生きる」2

2008-07-21 14:30:59 | こんなンで委員会
花田春兆さんのご自宅に伺った日は、穏やかな小春日和だった。

家の前では三輪車に跨り、幼い花田家のお子様たちが元気良く遊んでおられた。


「脳性マヒ」は、医学用語では略して「CP」というのだそうだ。CPの大部分は、出産時に起った頭蓋内出血による。脳の中の血管が破れたり詰まったりして、脳細胞が酸素欠乏になる。

細胞が破壊されてしまうと、手足や言語に麻痺が出、脳の運動中枢が侵されてしまう。

症状は人によってそれぞれ違い、寝たきりで自身では寝返りも打てない状態から、歩く時にわずかに足を引きずる程度、話す時の口元のゆがみにそれと気付く程度、と幅がある。

なので、脳性マヒは一つの病名ではなく、似たような障害全般を表している広範囲の症候群を指すようである。

脳の運動中枢は、手足や発育機能に活動や停止を指示する、リモートコントロールの司令室なのだ。このリモコンには、一度指令が出るとそれと意識しなくても、次の動作が続くというオートメーション装置が付いているのだ。

たとえば「歩け」という指令によって、足はひとりでに動いてくれる。

ところが脳性マヒの人の場合、「歩く」ということを一々心の中で反復し、強く意識しなければ足は動いてはくれない。が、意識し過ぎてもいけない。指令の電波が狂ってしまうからだ。

「危ない!」と意識すると、避けようという体の動きは逆に働いて、自分の方からぶつかって行くことになってしまう。

お辞儀をしようとすると、逆に上体がのけぞってしまう。足に「ジッとしていろ」と言い聞かせても、意に反して足は跳ね上がり、親切な近くの人を蹴ってしまったりすることがある。

脳性マヒ患者数を把握する、正確な統計は無いようなのだが、アメリカのフェルプス博士の説によれば。。。
脳性マヒの出現数は、人口10万人につき年間7人。このうち一人はすぐ亡くなり、2人に知能障害が起きる。残り4人のうち一人が重度、二人が中度、一人が軽度障害者となる。この数字は文明の高低にかかわりなく、都市部も農村部もほぼ同じである。。。と。

様々な人の説や、国によっても異なることを鑑みても、大雑把に言って千人に一人の発現率といえようか。



 
ムギナデシコ(麦撫子)・ムギセンノウ



現在花田氏は、国鉄身障者協会の『リハビリテーション』に俳人・富田木歩の伝記を、また富士新報の『ボランティア』に、風土記を毎月連載しておられる。

その他に俳句の選、同人誌『しののめ』の企画・編集。ご自身の俳人としての句作など、多忙の毎日を送られるようである。また、身障者の会合や講演会などがあると、マメに出向くという。

「この前も、身障者の都民集会で<教育文化会>というのをやっていたので行ってみたら、何か話せといわれて、身障者の学問・教育はゼッタイに必要だ、と2時間くらい暴れてきました(笑)僕は何かやっているところへ飛び込むのも好きなのだが、事を起こすのも好きなのです」と、大笑いしながら語ってくださった。とにかく、前向きで底抜けに明るい人なのだ。

『しののめ(東雲)』の75冊目では、最近にわかにクローズアップされてきた「安楽死」について、特集を組んだという。

「安楽死」問題は、特に身体障害者の側から、十年前に花田氏がとりあげて問題視され、再び十年後にどのような反響があるのかと期待されるものがある、と。花田氏は、安楽死にはあくまで反対の姿勢をとるものだ、とおっしゃった。

『しののめ』に、こんな詩が載っていたよ、とその時に教えていただいた。


僕は生きようとしているのに

君はどうして苦しめるのか

僕はどうしても生きたいのだ

それを知りながら君は

僕を死へ追いやろうとしている

朝起きて 食をとるときも

神に祈るときも 詩を書くときも

君は離れてもらおう

強く生きる 僕は




 ナデシコの仲間?^^



幼い頃親身に、身の回りの世話をしてくれたお手伝いの女性に、いつも背負われてたくさん散歩したこと。

背中から見た景色や世間というもの。静かに聴いている私には、春兆さんと中勘助の「銀の匙」の主人公が、重なって見えてきてしかたがなかった。  (次回に続く)




 * 1970年代前半の記述によるため、現在では使われていない語句や用い方、医学用語・知識等に時代的ズレや不備があると思われますが、当時の認識により書かれていますので、なにとぞご了承ください。

 * 花田春兆氏の関連記事へ




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6 コメント

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世の中のマヒ (山小屋)
2008-07-21 16:31:50
家族に1人でもこのような人間がいたら、人生が変わっていたでしょう。
とても山などホイホイと行けなかったと思います。

五体満足でも子供が親を平気で殺す世の中です。
教育以前の問題のような気がします。

「子供は親を選べません。」
次男が中学生の時いってました。
親は子供を「普通の人間」に育てる義務があると思います。
世の中全体が「マヒ」しているようです。

変わった姿のナデシコですね。
ヤマトナデシコとはだいぶ違うようですが・・・
トーコさんもこんな派手なナデシコにはなってはダメですよ。素顔のままでいいのです。
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山小屋さんへ (トーコ)
2008-07-21 20:33:20
山小屋さん、こんばんは~

子供は親を選べないし、親も子供を選べないのです。

教育に関しては、私は全く偉そうなことが言えません。子供には、「アンタには言われたくないよ」と思われていることでしょう(笑)

下の赤い写真は、ナデシコでよかったのでしょうか?アハハ。あと白色と紫色系がございますが・・

今、ガスの中を歩いてきたのですが、横笛を吹いている方の、演奏を聴かせてもらいながらでした。帰る頃は「もののけ姫」を吹いていましたので、私も勝手に歌って。。。久々に心が洗われるようでした^^

山小屋さんが好きそうな、儚げな?薄いピンクのタチアオイの写真を撮って、ニヤニヤしていましたよ。今日もコメント☆、ありがとうございました
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恥ずかしいです (かずこ)
2008-07-21 21:36:26
読ませて頂いて、私などの生き方は何とあまい生き方なのでしょう・・・

今まで自分なりに一生懸命生きて来たつもりでしたが
何処かあまい所があったような気がしてきました。

これからどうやって生きて行こうか?
考えさせられました。トーコさんありがとう!
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かずこさんへ (トーコ)
2008-07-22 14:50:22
かずこさん、ありがとう~~

重めの話なので、ブログにはどうなのかなぁと思いましたけれど、1970年代前半の記録として見ることも、何らかの必要性があるのではないか、と思いました。

最後に書こうとしていたのですが、私はといえば、取材後に激しく落ち込みましたよ。あまりにも自分が、甘えた考えや生き方をしていることに・・。

困難に正面から向き合うことができないまま、今まで生きてきた気がします。かずこさん、コメント☆をありがとうございました
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最近、 (のっち)
2008-07-22 16:45:24
本気で病気を治そうと決意して、自分流のデトックスに励んでいます。

先日かれこれ12年ほど健康という状態を一日も味わったことがないなぁと思って、ふと、健康であった日々を懐かしんでしまいました。

思わぬ障害(と言っても大したことはないのですが)を負ってから、健康体ではとても得られなかった思考・哲学を自分なりに深めたように思います。
そろそろもう一段上を目指したい。
時々肉体的苦痛に精神が負けてしまうので、
それには健康だ!と自分にはっぱをかけることにしました。

花田春兆氏のような人にはとても励まされますね。
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のっちさんへ (トーコ)
2008-07-22 22:34:21
のっちさん、こんばんは~

デトックスですか?思い切りの良いのっちさんですから、一体どんな方法を試みられているのでしょうか・・ちょっと心配

私のふにゃふにゃ体力の場合、筋トレが必要だと思います。なかなかこれが、ほとんどできなくて。あはっ!

日々の食事とウォーキングはクリアしています。が、デトックスは。。。リンパの流れをたま~にチェックするくらいです

でも、体脂肪と内臓脂肪は減って、な、な、なんと体年齢39才と出ました~(笑)この前は40才だったし。ムフフ

肉体的苦痛には、どんな人も負けますよ。どうぞご心配なくデス!頑張り屋ののっちさん、ブログを見てくださって本当にありがとうございます。また、よろしくお願いいたします
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