を一つでも救うため、俊春が腹話術師になって斎藤が口パクをし、ぜったいに生き残るようもう一度説得を試みてほしいのである。
このまえの道場での稽古後のときのように、俊春が斎藤の声真似をし、斎藤がそれに合わせて口パクをする。
俊春の斎藤の声真似による説得、つまり「無駄死にはするな。生きて会津侯のお役に立つのだ。經痛 それこそが誠の会津武士である」と、語ってきかせたのである。
その耳に心地いい斎藤の声真似をききながら、これが暗示なんだと実感した。
先日の説得と合わせ、白虎隊の隊士たちの心に響いてくれたであろうか。これですこしは、「生き残らねば。生き残って、戦後は会津侯や家族を支えなければ」と決心してくれたのだといいのだが。
心からそう願わずにはいられない。
斎藤と三番組、それから白虎隊の隊士たちと握手をかわしたり、ハグをして別れを惜しんだ。
そのとき、ふとを感じた。さっきいた切り株のほうから感じる。
白虎隊の隊長であるがそこに立っていて、こちらをじっとみつめている。
その嫌なは、おれたちを友好的観点からみ送ろうというものにはとても感じられない。
『さっととでてゆけ!』
そんな憎悪と敵意が感じられる。
副長と俊春に恫喝され、それを恨みに思っているのだ。
結局、あのときのことは噂の一つにもならなかった。かれがだれにチクったかはわからないが、ていよくあしらわれたにちがいない。
自分のを道具とか駒程度にしか思っていない、めっちゃみさげはてた男である。
相手にするだけ、時間と労力のムダである。
スルーすることにした。
そして、斎藤とはハグをして別れた。それから、ソウルフレンドである大坂の伊藤とは、関西系のノリでネタを披露し合い、笑かしあって別れを惜しんだ。
正直、この別れはこたえる。斎藤とはまったく別の意味、別の次元でこたえる別れである。
ちなみに、斎藤は島田とだけは握手だった。殺人的ベアハッグを警戒してのことだろう。
おれたちは、斎藤たちと白虎隊の隊士たち、それから会津に別れを告げ、一路仙台に向かった。
仙台はそんなに遠くない。
新撰組にしろ伝習隊にしろ、人数はさほどおおいわけではない。それ以外にも、幕府軍の各諸隊の隊士たちが加わっている。
戦死や戦傷や病気で離脱してしまったり、逃げる途中ではぐれたりバラバラになったりして、隊として機能していない兵士たちがおれたちと同道しているのである。
かれらを加えても、一個大隊に遠くおよびそうにない。
仙台にゆけば、松本との別れがある。これでもう、史実的にはかれに会うことはないであろう。
松本は、行軍中ずっと俊春に質問攻めをしていた。
その姿はまるで熱心な医学生、あるいは研修医のようである。 仙台到着もあとすこしのタイミングで、血液型の話になった。どうやら、輸血の話から発展したらしい。
一番最初に輸血がおこなわれたのは、1600年代中頃以降だったと記憶している。子羊か仔牛から、に輸血をおこなったのだ。一人か二人は成功したものの、死んだ者もいた。そのため、輸血は禁止されたのである。
それ以降、よりも五十年ほどまえである。たしか、成功した例もあったと思う。
これらはいずれも、外国での話である。
血液は、の体内からとりだすとすぐに凝固してしまう。その凝固剤ができるのは、1900年代に入ってからになる。
幕末にタイムスリップした脳外科医を描いているコミックがあるが、そこで主人公は輸血を試みる。
おれの記憶が正しければ、勝海舟の奥方がくも膜下出血だったであろうか、倒れて手術が必要になってしまった。その際におこなったと思う。
「そうか……。医療の進歩は、血を
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