今日はこの前書いたお客さんとのお出かけでした。
行った場所を書いたほうが話しやすいので書く事にします。
今日の目的地は千葉のララポートでした。
行きは雨も小降りで問題なく行けたのですが帰りがちょっと辛かったです。。。
とりあえず脳性麻痺のお客さんと電車に乗って一緒にどこかに行くと言うことは初めてだったので戸惑いもありました。
でも、当たって砕けろで今まで生きてきたのでできない事はないと思いました。
まぁ今まではほぼ当たって砕け散ってましたが・・・w
先ずは電車に乗るところからです。
車椅子の人を電車に乗せると言うことも初めてでした。
ある程度は母親と研修のときに聞いていたのですが、やはり駅員に聞いたほうがわかりやすいと思っていましたので重要なポイント以外は頭に残さないで居ました。
だってポイント以外インプットしておくと自分の動きに戸惑いが出て危険なことになってしまったら困りますから。
切符を買いそれからホームへ向かうのですが、ホームまで上るのに階段かエスカレータですよね?
一人でも問題なくエスカレータでホームに行くことは可能ですがその後があるのでとりあえず駅員に任せます。
すると二人がかりでホームまで連れて行ってくれます。
電車が来ると4つにたたんだ板を延ばして乗車口の凸の部分のその板の凹をはめ込み簡易スロープを作ってくれます。
そして無事乗車となります。
さて降車ですが、先ほど乗車した駅から降車する予定の駅に電話か何かで連絡が行ってます。
おそらく○○時着の○○番車両の○○(後ろ・前)口から車椅子が降りるのでよろしく・・・よろしくは言ったかどうかわかりませんがw
付き添いの人の特徴は言ってないと思うんです。
だって車椅子を必死に探してましたもの・・・
と言うか車椅子は明らかに人ごみに紛れてますので見えるわけもなく、そこで降りるお客さんが降りてからやっと見つけることができたようです。
先ほども書きましたが上りはエスカレーターがありますよね。
下りのエレベーターが設置してあるところはかなりの確立で少ないと思います。
ではどうやって降りると思いますか?
実は逆送させるんです。
確かにできないことはないですね。
でも凄いのはそのエスカレーターが車椅子を乗せられるようにステップの二つが繋がって長くなることです。
その間はほかのお客さんはもちろん乗ることはできません。
いやはや特別待遇ですなw
昔なら考えられません・・・と言うか都内でも考えられないかな。。。
そんなこんなで南船橋駅に到着しました。
そこは車椅子用のスロープが付いているのですが長すぎます。
何でUの字に曲がってるんだよと。。。
しかもその頃には若干の風が出てきたので雨が吹き込んできます。
濡れないように足早に過ぎました。
千葉のララポートは降りた駅からは2階から入ったほうがスムーズに行ける様で、そのように道順も書いてあります。
健常者は階段で入り口手前の横断歩道橋まで上がるのですが、障害者用にエレベーターが設置してあります。
そのエレベーターで上がるとなぜかS字に手すりが設置してあるのです。
このS字の手すりですが曲が急なのと手すりと手すりの間が狭い事で通行を余計に困難にしています。
なぜあんな事に?
もしかしたら誰かにとっては都合のよい事なのかもしれませんがオイラには思い浮かびませんでした。
デザイン性かよ! と思わず突っ込みたくなりました。
他にも気になるところは沢山ありましたが書いているとメチャクチャ長くなりそうなのでやめます・・・と言うか、さっきも書いていたのですがなぜか反映されず全部消えたのでこれでこの文章を書くの2回目なんですw
でもこれだけは最後に書きます。
まず店員がなってないと言うことです。
ララポートに入っていると言うことはただの○○の店員って言うだけではなく、ララポート内の○○の店員と言うように二つの看板を持っているとオイラは感じます。
であるならもう少し考えて接客した方がいいと思われます。
確かにバーゲン中で混んでる時にわざわざ来る事もないだろうと言う意見もあると思います。
でも買い物をしたいと言う気持ちは誰も同じに持てるわけで、それを制限させる権利は誰にもないと感じます。
オイラは以前の日記にも書きましたが世間一般で言われる悪いことをしていました。
しかしその時でも人への思いやりを忘れたことはないと思っています。
思いやりは個々で違いますがせめて暖かい気持ちだけは忘れないで欲しいものです。
行った場所を書いたほうが話しやすいので書く事にします。
今日の目的地は千葉のララポートでした。
行きは雨も小降りで問題なく行けたのですが帰りがちょっと辛かったです。。。
とりあえず脳性麻痺のお客さんと電車に乗って一緒にどこかに行くと言うことは初めてだったので戸惑いもありました。
でも、当たって砕けろで今まで生きてきたのでできない事はないと思いました。
まぁ今まではほぼ当たって砕け散ってましたが・・・w
先ずは電車に乗るところからです。
車椅子の人を電車に乗せると言うことも初めてでした。
ある程度は母親と研修のときに聞いていたのですが、やはり駅員に聞いたほうがわかりやすいと思っていましたので重要なポイント以外は頭に残さないで居ました。
だってポイント以外インプットしておくと自分の動きに戸惑いが出て危険なことになってしまったら困りますから。
切符を買いそれからホームへ向かうのですが、ホームまで上るのに階段かエスカレータですよね?
一人でも問題なくエスカレータでホームに行くことは可能ですがその後があるのでとりあえず駅員に任せます。
すると二人がかりでホームまで連れて行ってくれます。
電車が来ると4つにたたんだ板を延ばして乗車口の凸の部分のその板の凹をはめ込み簡易スロープを作ってくれます。
そして無事乗車となります。
さて降車ですが、先ほど乗車した駅から降車する予定の駅に電話か何かで連絡が行ってます。
おそらく○○時着の○○番車両の○○(後ろ・前)口から車椅子が降りるのでよろしく・・・よろしくは言ったかどうかわかりませんがw
付き添いの人の特徴は言ってないと思うんです。
だって車椅子を必死に探してましたもの・・・
と言うか車椅子は明らかに人ごみに紛れてますので見えるわけもなく、そこで降りるお客さんが降りてからやっと見つけることができたようです。
先ほども書きましたが上りはエスカレーターがありますよね。
下りのエレベーターが設置してあるところはかなりの確立で少ないと思います。
ではどうやって降りると思いますか?
実は逆送させるんです。
確かにできないことはないですね。
でも凄いのはそのエスカレーターが車椅子を乗せられるようにステップの二つが繋がって長くなることです。
その間はほかのお客さんはもちろん乗ることはできません。
いやはや特別待遇ですなw
昔なら考えられません・・・と言うか都内でも考えられないかな。。。
そんなこんなで南船橋駅に到着しました。
そこは車椅子用のスロープが付いているのですが長すぎます。
何でUの字に曲がってるんだよと。。。
しかもその頃には若干の風が出てきたので雨が吹き込んできます。
濡れないように足早に過ぎました。
千葉のララポートは降りた駅からは2階から入ったほうがスムーズに行ける様で、そのように道順も書いてあります。
健常者は階段で入り口手前の横断歩道橋まで上がるのですが、障害者用にエレベーターが設置してあります。
そのエレベーターで上がるとなぜかS字に手すりが設置してあるのです。
このS字の手すりですが曲が急なのと手すりと手すりの間が狭い事で通行を余計に困難にしています。
なぜあんな事に?
もしかしたら誰かにとっては都合のよい事なのかもしれませんがオイラには思い浮かびませんでした。
デザイン性かよ! と思わず突っ込みたくなりました。
他にも気になるところは沢山ありましたが書いているとメチャクチャ長くなりそうなのでやめます・・・と言うか、さっきも書いていたのですがなぜか反映されず全部消えたのでこれでこの文章を書くの2回目なんですw
でもこれだけは最後に書きます。
まず店員がなってないと言うことです。
ララポートに入っていると言うことはただの○○の店員って言うだけではなく、ララポート内の○○の店員と言うように二つの看板を持っているとオイラは感じます。
であるならもう少し考えて接客した方がいいと思われます。
確かにバーゲン中で混んでる時にわざわざ来る事もないだろうと言う意見もあると思います。
でも買い物をしたいと言う気持ちは誰も同じに持てるわけで、それを制限させる権利は誰にもないと感じます。
オイラは以前の日記にも書きましたが世間一般で言われる悪いことをしていました。
しかしその時でも人への思いやりを忘れたことはないと思っています。
思いやりは個々で違いますがせめて暖かい気持ちだけは忘れないで欲しいものです。
考えてみたら、分かりそうですが、なかなか考えませんし、実感がありませんでした。
二段分がつながるんですね。
これも、また新たな知識となりました。
>思いやりは個々で違いますがせめて暖かい
>気持ちだけは忘れないで欲しいものです。
「思いやりは個々で違う」・・・そう思いますし、それもまた良しだと思います。
「暖かい気持ちだけは忘れないで」・・・本当に他人を思いやる気持ちであれば、自己満足でない限り、多少のミスや行き違いがあっても、それは許されると思います。
ある程度、許し許されることが、暖かい社会につながると思います。(場面によりますが)
自分を含めて、自分に余裕があるときはいいいのですが、心がとんがっているときは・・・。まだまだ自分ができていないのも実感させられています。
オイラもこの仕事を始めてい社会がいろいろな形で障害者の方たちに貢献してるんだなぁと感じました。
分かってはいても・・・いや、正確に言えば分かっていたつもりでもその場面に出会う事がないと知らないことが沢山ありました。
心がとんがってるときがあるのは生きてるってことではないでしょうか。
いつでも同じテンションで同じに穏やかな状態で居ることはあまり魅力を感じないと思います。
できていないと思う心こそが大事でそれが温かさなのだと思います。
生意気なこと言ってます・・・・すみません。。
オイラが人にこんな事を言える人間じゃない事は知ってるんですけど・・・w