普段からあまり「出会い」には積極的ではない方だ。おかげでいまだに独身である。

そんな私にも7年ちょっと前に運命を変える出会いがあった。彼の名は「寝台特急はやぶさ」だ。福岡で漫画家としてのサイン会イベントがあり、いつもなら担当編集が同行するのだが、わけあって一人で向かうことになった。その時たまたまコンビニで手に取ったのが「寝台列車の旅」という本だった。

ブルートレインって聞いたことある、くらいの知識だった私だが、読んでいるうちに乗ってみたくなり、1カ月前の朝10時にみどりの窓口に並んだ。

もちろんそんなことは初体験。本を熟読し、書いてあったとおりに行動したのだ。おかげで行きはB寝台個室、帰りはA寝台個室という、今思えば大変ぜいたくな乗り方をした。

パブタイムで相席に

それですっかり彼(寝台列車)にはまった。一人旅も経験したことがない私だったが、一緒にいるとなんとも楽しかったのだ。同じくその年、今度は札幌でイベントが行われた。そして出会いもあった。もちろん「寝台特急北斗星」に出会ったのは言うまでもないが、今度は車内で正真正銘、男性との出会い。

今回乗ったのはB寝台個室でまたもや行き帰り北斗星の一人旅というぜいたくをしている私だが、食堂車の「グランシャリオ」で、一人でコース料理を食べるほどの勇気はまだなかった。

いまだに居酒屋や焼肉屋は一人で入れないタイプである(ちなみにラーメン屋は平気だ)。しかし列車内でご飯を食べてみたいし、お酒も飲みたい。そこで思い切って予約なしで入れるパブタイムに並んでみた。するとなんと混み合っていたせいか、二人がけの席で知らない男性と相席になってしまったのだ。

ラーメン屋だったら無言で食べてすぐ出れば済む話だが、北斗星の食堂車ではそうはいかない。パブタイム一巡目で皆が一斉に注文したので、食事が提供されるまで、けっこうな時間がかかっている。しかも正面の男性が頼んだのはパスタのみで、私はがっつりと、ビーフシチューセットにワインにデザート。

「き、気まずい……何か話さなければ」と思って言葉に出たのが「あのー、どちらまで?」という間抜けな質問。北斗星に乗っているのであれば、たいてい目的地は北海道であろう。しかし男性は物腰柔らかい応対で「あ、実家が札幌なんですよ。夏休みに毎年北斗星で帰省してるんです」と答えてくれた。

そこからやりとりしているうちに、なんと東京では隣同士の駅に住んでいることが判明。年も近いことがわかり、すっかり打ち解けてしまった。爽やかだし、よく見れば外見も悪くない。聞けばなんと今回一人でA寝台ロイヤルに乗っているという。A寝台に乗っているので今後彼をAさんと呼ぶことにする。

私も「復路はA寝台を狙ったのだが取れなかった」と言うと「10年前から北斗星に乗ってますけど、A寝台が取れたのは初めてですよ」とAさん。「部屋、見に来ます?」と言われ、ちょっと警戒心を抱いたものの、A寝台ロイヤルを見てみたい欲求には勝てず入らせてもらった。

すっかり意気投合したが……

洗面台などは、はやぶさの方が好みだったが、ウェルカムドリンクやシャワールームなど、初めて見る設備に私は興奮状態。しかもワインは飲まないということで、ウェルカムドリンクのワインは私が全部いただいた。危険じゃないか?と思われるかもしれないが、Aさんはその間、ドアをずっと開けたままにしていてくれたのだ。なんという紳士的な振る舞いだろう。こんな出会いもあるのだ。Aさんをすっかり信用した私は、お互いに携帯の番号を交換し合い、また東京で会う約束をした。

そしてしばらくして約束通り連絡が来た。いそいそと準備して待ち合わせ場所に向かった私だったが……。

Aさんは列車の中で会った時の印象とまるで違っていた。北斗星では白いシャツにGパンが似合う爽やかなイメージだったが、目の前にいるのはヨレヨレのTシャツに無精髭が伸び放題の男性。しかもお互い伝えていたのは名前だけだったのに「漫画家なんですね。漫画家って儲かるらしいですねー」などと話し出したではないか!

調べていても知らないフリをしてくれればまだ良かったが、いきなりそんなことを言われ、ゾワゾワっと鳥肌がたった。北斗星の車内では話が途切れなかったのに、一言も話したい話題が見つからない。もうダメだ。

1時間もしないうちに私は携帯に電話がかかってきたフリをして逃げた。昔、スキー映画が全盛の時代によく使われた言葉「ゲレンデマジック」
が、寝台列車でも当てはまるとは……。これから寝台列車に乗るときは気をつけよう。

とはいえあのカシオペアで「展望スイートに一人で乗っているけど、見に来る?」なんて言われたら、やはりついて行ってしまうかもしれない。

その後、7年の間に北斗星には合計6回乗車。他に寝台・夜行列車はムーンライトながら、北陸、能登、きたぐに、日本海、あけぼの、はまなす、サンライズ出雲・瀬戸、トワイライトエクスプレスに乗った。

もちろん寝台列車以外にもいろんな列車に乗りまくり、知識はまだまだなものの、すっかり乗り鉄だという自覚はある。

ついにグランシャリオでコース料理を堪能!

その間に私もだいぶ成長した。車両の顔を撮ることを忘れないのはもちろんだが、今年初めに「女鉄道ひとり旅」というイベントを立ち上げ、そこで流す映像を撮るために北斗星のグランシャリオで一人フランス料理コースを食べたのだ。

このとき、出会いは全くなかった。まあ誰もこんなことをしている私に話しかけようとはまず思わないだろう。

そして先月、最後まで取っておいた豪華寝台特急「カシオペア」にもついに乗れた。一人で二人分の料金を払って。7年前にカシオペアの存在を知った時、「これは新婚旅行で乗ろう!」と決心していたのを乗ってから思い出した。こちらでも一人で懐石料理をいただいた。すっかり一人旅に慣れてしまったので、むしろ一人が楽になってしまった。

朝方に展望ラウンジカーで景色の写真を撮り、その写真を翌日ツイッターに上げたら、知らない方から「同じカシオペアの展望ラウンジカーにぼくも乗っていました。あれはヤスコーン☆さんだったんですね!」というツイートがあり、かなり驚いた。

知り合いはいないし、誰も見ていないだろうと思って、寝起きのすっぴん・頭ボサボサ・曲がったメガネで、思い切り油断していたのだ。恥ずかしくなったが、この方に二度と会うこともないだろう。そう思っていたら、先日とある鉄道イベント会場でその方から「先日ツイートした者です」と、話しかけられた。いくら寝起きでも眉毛だけはちゃんと書こうと思った。どこで出会いがあるかわからない。


疲れてくると、こういった鉄道紀行ものに癒されますね。

実際に鉄道旅に出られるのは、いったいいつになるのやら…。