… 霊的

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閑居偶感

2010年01月12日 14時23分39秒 | ノート note
 書かねばならないという動機はまったくない。常に表現していなければならない。と、思いつめてみても何も心の中に思い浮かぶものはないのだ。ただ、目の前にパソコンのワープロソフトの白い画面があるだけ。そこに文字をつらねているだけなのだ。無為に過ごしてきた日々を思い起こしてみたところで何も新たな発想はない。ただ記憶の残りが堆積しているだけのことだ。誰かに読んでもらうことを想定したところで、世間の目にさらせば冷たい視線で嫌われているのを確認するぐらいのことで終わる。ただただ自己と対話していればいい。暇なのだから他にすることもないのだから。何かにせきたてられるかのように書きまくっていたこともある。しかしそのうちに何も書けなくなってしまった。あれから十数年。おれは三人の子供を育て上げるためにおよそ甲斐性というものもないのにアルバイト生活に明け暮れた。いつも失業の不安に脅かされながら日々のルーチンな日課を何とかこなしていたのだ。そのために血を吐くような思いもあったがいまではそれも忘れてしまった。死は向こうからやってくる。と想定した時期もあった。今にも訪れるのが死だと思いつめたこともある。だが平凡な日々に明け暮れているうちに世の中はおれにかかわりなく進展した。騒ぎが起こったり鎮静化したりまたあらたなヒーローが生まれたり忘れ去られたり。心の均衡を保つためにいろいろと気晴らしのようなものをしてもみたが、いつも三人の子供を育て上げなくてはならないとこころは重かった。いまそれから解放された。こうしてまたワープロソフトの前で書くことができる。
 人は個別に生まれた存在だから個別のありようでいいと思うが、個別の書き方を得るまでおれは苦闘した。誰かに見られているような誰かに個別の自己を合わせて生きなければならないかのように。もうそうした「思想」の横暴に付き合うこともなくなったのでなにも自分自身の「思想」があろうとなかろうと個別の生を生きて個別の書き方をして個別に死んでいく。こうなる他はないではないか。人は人、おれはおれ。他人に合わせなければならないような基準などありはしなかった。強迫観念にとらわれるかのように他の人間が書いたものを読み続けても、どこかの物好きが適当に書いたものをまるで神か世界の真理の体現者かのように仰ぎ見ても、何にも自分の具体的な日々の暮らしが変わることもない。世界は変わらないのだ。勝手におれの存在の条件としてあるだけなのだ。
 世の中というものは甘い顔を見せていたらどこまでも勝手に人の心の中にまで土足で入り込んでくるものだ。魯迅が書いたように浅間山のふもとに象牙の塔を建てるものはいないが旅館なら建てるものはいるだろう。象牙の塔の中に守られて自己の世界に沈潜するには象牙の塔を建てる条件が必要だ。結局世間は硬い象牙の塔の中まで覗き込んで小さな隙間から手を伸ばして静かな生活に侵食してくる。勝手にやらせておくほかない。象牙の塔そのものが世俗的な権力によって築かれたものなのだ。俗な世界から逃れようもないのが人間だ。象牙の塔を建てる財力に恵まれたものはそんなにいない。リルケはドイノの館にこもって悲歌を書いたがやってくる洗濯ばあさんを嫌っていたのか、好もしく思っていたのか、それとも無視していたのか。まあいい。お互い邪魔にならない程度にほどほどにしていればいいのだ。
 自分のことを「詩人」などと世間に吹聴するものは俗人のきわみだ。空っぽの頭の中で言葉をこねくり回して、さあこれがあたかも世間にいう「詩」のお手本だと自分の名前が売れるのが嬉しくて仕方がない。詩を作るより田を作れ。「詩」など書いている暇があったら道端のごみでも拾ったほうがいい。詩を作るのも田を作るのも所詮泥んこ遊びとかわらない。人間のやることといったら人をだまして蓄財するか人殺しをするか。それ以上のものではない。しかも頭の中にちょんまげを結っている日本人が日本語で「詩」を書いたところで知れたものだ。おれは「外国文学」のほうが好きなタチだがどれもこれも日本語に翻訳されたものばかりを読んだのでいつまでたっても哀れな日本人の思考から逃れようもない。日本語で書かれたものなど屁にもならない。その哀れな思考のちょんまげを剃ってからにしたほうがよい。
 とはいうものの、おれは日本語しかわからない。日本語で「書く」ことしかできない。一生小さな井戸の中に埋没するのだ。孫悟空が飛び回っていたのはお釈迦様の手のひらのうちだった。というわけだ。日本人に生まれたが最後この手のひらから外には出られない。小学生のとき担任の教師が誰か外国語の本を見たことがあるかと問うので、おれは隣に住む朝鮮人の家の娘の机の上に何かわからない言葉で書いてある教科書を見たことがあったので「中国語の本を見ました」と答えたことがあった。それはまぎれもなくハングルだったのだがおれは中国語だと思っていた。長じておれはドイツ語を独学して、しまいにはMarx/EngelsGesamtAusgabeの数巻やHegelの原文の本を取り寄せて本棚に並べたりしたが結局日々の暮らしに追われているうちにドイツ語の挨拶の言葉でさえ忘れてしまった。日本人は日本語で思考するほかないのだ。志賀直哉の文体は小説の神様のごとく人々にもてはやされその文章を書き写して小説の書き方をまねるものもいたらしい。おれといったら革命運動にのぼせてマルクスの資本論を写経のように片っ端から書き写したぐらいのことだ。それも日本語訳の範囲だった。こんなことなら般若心経の書写のほうがましだったかもしれない。
 日本人は一生民族問題に出会わないですむことができるから、深刻な他民族の思考や感情を理解しようにも事の始めから問題に接近する感覚を失っている。幼い頃隣に住む朝鮮人の娘に悪態をついて囃し立てたことがある。そんな言行をしてはならないことぐらい幼いおれにもわかってはいたがおれは同じ日本人の村の子供に詰問することもなく、反対に朝鮮人の娘のほうにその言葉を吐いたのだ。それはおれにとっては賭けだった。自分が罪を犯すことを知っていながらわざと罪を意識して行うことだったから。だがおれは娘の顔をじっと見つめながらその激しく投げ返してくる抵抗の眼を理解しようとした。娘は一瞬おれの目の中をのぞいてその意図を探ろうとしたかのようだったが自分ではそんなことは意にも介さないとそれ以上怒りの目を向けることはなく忘れようとしたようだった。あなたには理解できないことなのよ。と。おれはそれ以上考えることはやめた。
 文字を覚えることは危険なことだ。それだけだまされる範囲が広がるのだ。文字を知らない農民は言葉が人をだますためにあることぐらい日常の中で十分に知り尽くしていただろう。それが一度活字になって目の前に現れると神の言葉のような権威となって人々の前に現れる。古来文字を知っている人間は、民衆の上に立つ別世界に住む人種だったのだ。そうして人々は宗教権力や政治権力や軍事権力や学問やら芸術やらに骨の髄までだまされた。文字を知らなくて死んでしまう可能性と文字にだまされて死んでしまう可能性とを測ってみればいい。どちらにしても危険なことだ。商売人にとって言葉がだましの手段ぐらい当然のことだろう。テレビのコマーシャルに釣られる人間はいくらでもいる。「商品偽装」は言葉によるのだ。
 ああだからすべてを真に受けるかのようにして生きたおれは架空の世界の中に生きていたのだ。男にとって女性は古代の彫刻家が彫りだしたようにそんなに「美しい」ものか。女はただのメス猫ぐらいに思っている男はいい年とればいくらでもいるだろう。だが若い女性は着飾りたいものだ。......
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