尾形亀之助”雨ニヌレタ黄色”(「歴程詩集」1944年〔昭和19年〕)

2007年09月20日 16時02分34秒 | ノート note
 昭和19年10月15日刊「歴程詩集」青磁社P103

  雨ニヌレタ黄色    尾形亀之助

 
 花デハナイ。モミクチャノ紙デハナイカ、
 景色ハ、ソノアスファルトノ路ノ上ノ黄色イモノニ染マルコトモナク、イッサイガナントナク澄ンデヰル。
 自分ハ、ソレヲナガク見テヰタノカ、變ニ疲レタ気持サヘシテ、ナンダカ服ノ中ノ體ガ寒ムクナッタ。

 ト、突然私ノ眼ニアフレテ一群ノ兵隊ガ通ルト、モウ黄色イモノハナク、燈ノ消エタヤウニソコラガ白々シイ薄暮ノ雨ノ路トナッタ。


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 モノクロの古いトーキー映画の一瞬の情景を観るような"詩"だが、晩年の尾形亀之助の底深い”虚無”が投影されているのだろう。軍靴の足音の雪崩打つ「時代」に、詩人達は抗し得なかった。42歳で逝った尾形の「歴程」に載った最後の詩だった。

 尾形は村山知義らと「三科」に集う未来派の前衛画家だったらしい。未来派にともなう奇矯な行動でも知られた。東北の屈指の資産家の生まれだったが、東京で詩壇にデビューしたのち、筆を断って仙台に帰郷し、平凡なサラリーマンとして若くして亡くなる。(1942年死去)

 日本のアバンギャルドはみんな天皇制ファシズムに飲み込まれて行った。この詩が反戦詩ではなかったとしてもせめて厭戦詩ではあって欲しかった。「歴程」同号の紙上は、「戦争協力詩」で埋められている。

 未来派の発祥地、イタリアでは前衛の未来派は、ファシズムの尖兵となって行った。

 侵略戦争に抗し得ない「前衛藝術」とはなにか。子どものわるふざけのようなものに過ぎなかったのか。真の主体の存在しないところでは、それは「芸術的立身出世」の符牒ぐらいでしかなかったのだ。永遠の人間的真実を求める藝術は、社会の現実や「世間」と折り合えるはずも無く、衝突し、社会(世間)の支配にくみするファシスト”大衆”と”俗物”に対して真に闘う主体でなければならなかったはずだが。日本の”主体”はどれも未生の幻だったのか。

 ロシア未来派のマヤコフスキーについては、また別に語ろう。


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小説尾形亀之助 (きょっさん)
2007-10-14 19:49:25
小説尾形亀之助 窮死詩人伝 正津 勉 著 河出書房新社 定価2,310円(本体2,200円)
ISBN 978-4-309-01838-6 発売日 2007.11.13

知らない作家で他の作品を読んだことがないので小説としての出来は分かりませんが、どういう資料を使ったか興味があります。

たいていの文学者事典だと「挫折して帰郷したのちは仙台市役所に勤めた」程度の記述したかありません。仙台市文学館の年譜パネルもその程度でした。

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