(顔写真)新宿で焼身自殺!!安倍政権・集団的自衛権に抗議か?

2014年06月29日 22時04分48秒 |  YouTube「日本」の政治
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メールマガジン”詩人の部屋”

2014年06月18日 10時41分25秒 | 詩人の部屋

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生き血を吸うタランチュラ

 2014/06/18 水曜日

 蜘蛛は不気味な姿をしているが人間にとっては大半が益虫らしい。自然界の生態系と食物連鎖のなかで重要な役割を果たしている。毒蜘蛛というのは蜘蛛のなかではわずかの種類らしい。自然界では喰ったり喰われたりするが常体なのだ。

 埴谷雄高は食物連鎖を肯定できなかったようだ。「死霊」のなかで人間が食べ物を喰うことを問い詰める。

 しかしまあ人間界をざっと観てみれば人間は人間同士喰ったり喰われたりしている。日々のニュース番組で殺人事件のなんと多いことか。もちろん刑法に触れて処罰されることにはなるのだが。殺人事件のなかでも多くが尊属殺人なのだそうだ。身近なところに手を下すのは必然の成り行きだろう。

 蜘蛛毒に限らず人間毒というものはあるもので日常的に身近な人間同士喰ったり喰われたりしているのだ。それも家族という身近な集団が一番危うい。

 作物を食材として料理するとき「灰汁抜き」ということをするが、植物は害虫に喰われたりしないように内部に毒を持っているらしい。フイトンチッドという揮発性の物質を発散して他の害虫や植物を寄せ付けないようにもしている。植物に限らず生きものはみな身を守るすべを持っているのだ。

 人間に灰汁や毒があったとして不思議ではない。

 人が生き残るのに一番の特効は人間の生き血を吸うことだ。問題はうまく生け贄を得ることだ。健康のためとか長生きの秘訣とか病気に良いとかメデイアに情報は溢れているがそんなことは一度患ってみれば問題にならないことがわかる。一番の特効は生き延びるために他人の生き血を吸うことだ。経済的に恵まれようが恵まれまいが肉体的な条件に恵まれようが恵まれまいがしぶとく長生きを保つ人はいるものだ。特別健康に良いことをするわけでもなく特別恵まれた条件に居るわけでもないのに長生きを保つ人はいる。生き血を吸っているのだ。

 それもうまくやらなければならない。だれでも手近なところからというわけにはいかない。経済的スポンサーやつれあいを殺して喪ってしまうのは愚かだから。

 人間は人間毒に囲まれて生きている。

 アントナン・アルトーの「ヴァン・ゴッホ」を読み直してみた。やはりアルトーはゴッホを自殺に追い込んで殺したのは一番身近な存在だった精神科医のガシェと経済的スポンサーだった弟テオだとはっきり書いている。然も有りなん。

 アルトーは精神病院に8年あまり監禁され晩年直腸がんだった。死んだのは52歳ぐらいだったか。ゴッホは精神分裂症ということになっている。ゴッホが自殺したのは37歳。ついでにこのわたしも30歳で妄想におぼれ精神病院行きになった。

 家族に殺される思いをするのはみな同じようなものだ。アルトーは狂っているのは天才画家ゴッホのほうではなくて人間界=世の中のほうが狂っているのだと指摘する。ゴッホの絵は生前たった一枚買い手がついていただけで「金銭的評価マイナス」の人生を送った。弟テオに経済的に養われただけの生涯だった。いまでは何十億の値をつけてでもゴッホの絵は買い手がある。

 とまあこんなことを書いてもしかたがないのだ。人は無意識にやっているのだから。バカなのか、人はもともと一丁前に口をきく便所虫か猿なのか、それともけだものか、ほんとうはばけもの(西鶴)か。

 村が廃れて行く。家の後継を継ぐ者がいないのだ。若者は街に出て、年寄りばかりなのだ。わたしの孫の世代にはこの村に住む者はいなくなるだろう。全滅なのだ。ついでに安倍自民党は都会にさえも人が住めなくさせようとしている。いったいどういうつもりなのか。

 アルトーはゴッホの絵画は一個の原子爆弾だと譬えている。一個の天才芸術が人間を滅ぼすのにはちょうどいい。

 

 

 

 

 

 

 

 


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わたしの革命

2014年06月15日 19時38分20秒 | ノート note
 
 空想と架空と幻想の「日本国憲法」の祀り上げられた体制が終わろうとしている。日本国憲法九条二項 陸海空の軍隊はこれを保持しない
 まったく架空の条文だ。自衛隊は軍隊であろうがそうでなかろうが直接的に人間にとって武力であり強力であり経済外的強制であり軍事力である。
 治安維持的強力と武力を国家は砦として備える。あの永世中立国のスイスでさえ徴兵はあり軍は存在する。

 革命は世俗界における力でありすべての革命勢力は軍事部門を希求して、そしてその資金力と軍事的強制によって国家を転覆しようとする。そうしてはじめて本物の革命を得るだろう。
 
 日本国憲法の祀り上げられた体制はまさに架空の体制でありその内部における革命理論と革命言説は架空であり「空想のゲリラ」(黒田喜夫)に過ぎなかった。

 現実の力を持ち得ずして国家が転覆されようはずはない。それは資金力(資本力)であり軍事的強力だ。ロシア革命には赤軍があり中国革命には八路軍がありキューバ革命にはグランマ号上陸の革命軍事作戦があった。労働者多数のデモもストライキもゼネストもそれを補完した力であった。日本の明治維新も農民一揆も米騒動も軍事的強力だろう。

 日本共産党がコミンテルンの一支部として集成したとき非合法下とはいえ軍事部門をもたなかったのは不可思議なことだ。プロレタリア文学とか革命理論とかに解消したのだとすれば現実の力ではなくイデオロギーによって国家転覆を試みようとした「空想のゲリラ」だ。それは日本列島に出現した権力支配という現象が苛烈、緻密、抗う余地もない支配だったことを示す。日本の革命空想はあまりに弱小だった。

 ゲバ棒と火炎瓶の学生反乱も「東アジア反日武装戦線」も子どもじみた「空想のゲリラ」だった。

 国家の転覆を謀る革命軍事は当然のことながら現代軍事体制アメリカの世界軍事支配に抗する。それは核兵器を原子力発電を希求するだろう。ハイテク軍事を希求するだろう。インターネットは軍事戦略の中で発祥した。それは力というものを考えれば当然のことだ。

 メデイア戦略はA.グラムシの社会の塹壕と砲台=ヘゲモニーの関係から言って軍事の補完としてある。世界は濃密にシステムとして支配される。そこに反逆の余地は残らない。法システム、貨幣システム、産業システム、医療システム、食料生産システム、教育システム、メデイアシステム…。

 言葉で意識を変えるなどということを真に受けるよりピストルの一発のほうがよほど現実の力であることは明白だ。投票の約束を得るより金銭と投票を交換する方がよほど強力だ。

 つまり反逆する革命とは現実世の力のことなのだ。原子力発電も核兵器も必要とする。

 だがしかし、わたしの求めたほんとうの革命は現実世にはなかった。何の力も持たないわたしは冥界(霊界)において革命を希求している。俗界を離脱する魂だったのだ。







 ※ 日本国憲法 第二章 戦争の放棄
 (戦争の放棄、戦力の不保持・交戦権の否認)
 第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
 2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

 
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川柳 テロリスト)

2014年06月13日 20時34分37秒 | 夢想 a dream

 安倍自民党がおれにかわって日本という国家を破壊してくれているので最高の気分だ
 (だれの指示かバックにだれがいるのか知らないがねえ)
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