インターネットと人間

2020年06月03日 13時06分53秒 | ノート note
インターネットはただの 釣りとだましと出しゃばりと自己顕示とのぞきと監視とじゃれあいのためのこどものおもちゃ、ついでに集団ヒステリーによる悪質ないじめのための言語と画像と動画の電信電脳機器 人を煽ってそそのかし 人の心を支配しようとする洗脳のための邪悪なる意志 ただの暇つぶし ごくろうさん おめでとう

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日々時々刻々、貨幣経済と私有制を確証しながら、否定の契機は無い。

2020年06月01日 11時31分21秒 | ノート note
言葉の持つ抽象化によって意識は個別具体から離れる//////。


生活において貨幣経済を確証しながらどこにも否定の契機はない。革命の不可能性。



「意識は誤る」ように出来ている。意識はつねに虚偽意識だと言って良い。間違っているのは自分自身なのだと思うべきだ。(忠田茂)




人間の認識はイリュージョンである、動物行動学者 日高敏隆。




人間はただの「毛のないけだもの」



個と類こそが存在の秘密である。



個別具体と偶然は動物行動学や生理学の「遺伝子」において存在する。





世界は偶然こそが支配する



世界は存在として個別具体において現象する。


茂木健一郎が「クオリア」なんてことを言ったから脳科学の一つの隘路になったんじゃないか。


日本共産党において戦後天皇制を容認したのは宮本顕治その人。55年の六全協前に「宮本メモ」が天皇制の容認を認めた。それは当時のマルク主主義歴史学に従っていた。社会発展の段階として、絶対主義から「立憲君主制」の一つとして戦後天皇制を現憲法下で認めたもの。



「唯物論」においてもマルクス主義は、社会契約論や現代の動物行動学、臨床医学にもとる。



ヘーゲルもマルクスも、数学の達成を知らない。オイラーの業績もガウスの業績も知らなかったのだ。人工知能が囲碁において人間の能力を上回った事実によって、数理論理が「弁証法」を過去のものにした。


簡単にスケッチ。マルクス主義は人間解放に敵対する。
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死を自覚する…認識論と死 2005/11/23

2020年04月06日 08時59分39秒 | ノート note
ちゅうたしげるのPoemStation
2005年11月23日(水)

小論 思うのは勝手(認識論と死)


----外的原因は(外的作用に依存して形成されつつあるところの)
内的諸条件をとおして作用する。
(エス・エリ・ルビンシュテイン「存在と意識」青木書店)


 わたしは凡暗(ぼんくら)だからまともに勉強しなかった。本気で学問をしていたのは小学校の3年から6年生まで、それから「マルクス主義」と出会って19歳から30歳で発病するまでの10年間だけ。中学校と高校では授業中も帰宅してもうわの空でまともに勉強しなかったから成績もかんばしくなかった。

 わたしは学生時代に教育学部だったのでマルクス主義の「集団主義教育」だとか「人格」の「発達」(?)論だとかやっていたのだ。人間はそれぞれの個人や集団が法則的に「発達」してそれは社会の進歩、社会変革につながるという命題をつねに抱え込んでいた。(卒論はJ・ピアジェ論)

 個人の発達は人間の意識、認識の生成と発達につながる。わたしはマルクス主義を学びながら、意識論、認識論の考察に没頭した。
 マルクス主義は強固なスターリニズム的外枠を取り外せば個々の考察や事実への認識において今でも有用だと思っている。だからわたしの学んだものは無駄だったとは思わない。

 わたしが至りついた認識論の究極テーゼは

 「思うのは勝って」

 という単純な命題だった。だがこれはわたしの敵に向かってこそ放つ言葉なのだ。

 世界を強権的に支配しているのに「民主主義」だとか「自由」だとかを実現しているのだと思い込んでいる者たち、一度も自らを疑ったことも否定したことも無くただ「自分は正しい」とだけ信じ込んでいる者達に向けて

 「あなたがそう思うのは勝ってだから自分の思いたいように思って、さっさとあの世に行ってまで後生大事に信じ込んでいろ」と。

 「すべての結論を疑う」という学問的態度を知らず。自己の価値観を否定したこともなく自己の意識を毫も疑うことなく。親だとか教師だとか世間だとか「党」だとか、有名人とか、権威だとか、外から与えられた「価値」に埋没して、ただ自分の意識内に自足している者たちに向けて投げ撃つ言葉なのだ。それは埴谷雄高の「自同律の不快」に通じる。

 実際、わたしがHPを開設しようが、それを見ようが見まいが、ぜんぜんそんなことは知るまいが。……。
 わたしが告示三日前に突然議会選挙に思いついて無投票をひっくり返そうが、選挙中に「死を見つめ、時間を見つめよう」などと演説してまわろうが……。人が誰それの候補者の応援をしようが、誰それの候補者に投票しようが投票すまいが、有権者がどの候補者を当選させようが落選させようが、そもそもくだらない選挙など行くまいが、そんなことはその人の責任と選択というにすぎない。

 思考には具体的材料が必要だから「勝手に思う」ことなどできもしないのだが、人はただ他人の言うことやテレビやラジオや新聞やインターネット情報やに直接に影響され(だまされ)たまま「自分は中庸だ、正しい」などと強固に思い込んでいる。

 「思うのはカラスの勝手」ではあるのだけれど、自分の意識とは関わりなく自然も、社会も、他者も、別の論理で動き存在している。そして意識は現実のすべてを認識することなどできない。「思うのは勝手」というテーゼは一片の真実であるが、意識とは離れた実在を前提にしている。自分の都合だけで世の中が出来上がっていないことなど誰でも知っていることだ。思いもよらず成立した現実によってしばしば意識は裏切られる。意識は自己とは関わらない実在から強烈なしっぺがえしを喰らう。どんなに精密な科学を動員しても現実は「思ったようには」いかないのだ。

 だから「意識は誤る」ように出来ている。意識はつねに虚偽意識だと言って良い。間違っているのは自分自身なのだと思うべきだ。

 そして死を前にしてからも人は「勝手に思っている」。死はつねに迫っているのに、人は明日とか数ヶ月先とか何年先とか思っている。無数の死の原因に取り巻かれているのにもかかわらず平然とのんきなのだ。「思うのは勝って」だから。

 「確実な自己の死」を見つめない者の言葉などわたしは相手にしない。死を自覚するとは生を自覚することだ。自覚の無い生は愚かなけだものの生命に過ぎない。

 埴谷雄高は40歳代前半で死にかけている。黒田喜夫は30代で「除名」を前にして死にかけていた。当然ながら死を覚悟していた。ウィトゲンシュタインは戦場の体験があり思考をその後大きく転回する。ハイデッガーも軍隊経験があり「存在と時間」は死を自覚した者の書だ。A・グラムシも監獄で死を自覚していた。原民喜の原爆体験にせよ。ドストエフスキーの死刑判決から「死の家の記録」にせよ。

 三島由紀夫の「自決」行為などは猿芝居だ。自己の死の宣伝利用。大げさな見世物にすぎない。自死する者などありふれているではないか。「自己の確実な死」を見つめた者の行為ではない。自分の死を世間に向けて強引にイデオロギッシュにプロパガンダし、軽薄なヒロイズムに陶酔して自身を手段に貶めた愚劣な行為に過ぎない。極端な右翼思想はしばしば「死を演技」する。

 アウシュヴィッツで抵抗したユダヤ人たち、ファシズムと闘った対独レジスタンスの若者たち、イラクで、パレスチナで抵抗する民衆、日本帝国軍と戦った抗日中国人兵士、抗日朝鮮パルチザン、韓国光州で蜂起した人々、ベトナム独立革命に命を捧げた人々……。名もない多くの人達こそ自己の死に対して勇敢だった。そしてそれは、「靖国の死」に対峙する。

 ファシズムと戦ったそれぞれに生きていたいはずの彼らにとって、その時そこで死を選び取る主体の論理と必然があったのだ。彼らの生はみなともに同じくささやかなものだろうが、その死は真に偉大だ。人間の名において真に闘った彼ら無名の死者に対して世界は生者の独占物ではない。

 わたしの意識がどんな状態にあろうと、楽しかろうが不快であろうが、明るかろうが暗かろうが、夢中だろうが、安楽だろうが苦しかろうが、そんなことにはまったく関わりなく死は在る。死とは言語と意識という現象とは間接的に離れている存在と肉体の滅亡だ。生命の上に浮かんでいる言語と意味の現象に反して、突然に肉体の死が訪れたとしてまったく不思議は無い。一個の「生き物」である以上わたしにとって死はもっとも確実なことだ。死は本来「いまにも訪れる」ものだ。そのことを見つめていたい。

 そこから、「時間」という概念に向かう道が拓ける。生きるとは自己とともにある「時間」という概念をこの身で問うことだ。
 
 ささやかだがわたしは自分に問うていたい。

 「おまえは本当に生きたか、闘ったか? 」

 ………、と。



                     (2007.3.23 加筆訂正)
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西欧共同体論は日本の現実に通用しない―けれども。荒岱介への手紙。

2014年12月15日 21時40分09秒 | ノート note

 「理論戦線 41号」戦旗社、1994/3/01、所載

 荒岱介様

 拝啓
 はじめてお手紙差し上げます。荒さんの「マルクス・ラジカリズムの復興」を読みました。まえがきに「本書に対する疑問やご批判」は、「著者あてご通告下さればおよぶ限り回答する所存」とあるのに励まされて、不遜ながらも若干の質問をしたためる気になりました。私は研究を職業としているものではなく、ただ比較的自由な時間をマルクス主義の勉強に充てている一読者に過ぎません。私の卑小な思考に対してなにがしかの指針をお与え下されば幸いです。(お忙しければご無視下さってけっこうです)
 まず肯定的な読後感を述べておきますと、マルクスがアトミズムを否定し「共同性=協働性を機軸とする共同体的存在としての人間存在を見出すに至り、それと対蹠的なブルジョア的な社会関係と人間存在を否定することにおいて、マルクスの画期的な思想が定立された」という結論に全面的に賛同し深い共感を覚えます。恐らくマルクス主義の再生、あらたな発展があるとすればこの観点の徹底化の方向以外ないと私は思っています。晩年のマルクスに至ってもこの観点は一貫しており特にマルクスの主著「資本論」でもそれはいっそう凝縮した形で生きて働いている一本の赤い糸だと思います。
 ところで唐突ながら包み隠さず言えば、私は実践的には日本共産党、新左翼から言えば「代々木派」「旧左翼」に属する人間であり、一般に対しては自己をそのように表現してきたし、その影響のもとで自己の体験を積んできたものです。(荒さんから言えば相手にすべき程の者でなく、唾棄すべき存在かもしれません)そこでまず最初にどうしてもお聞きしておきたいのは、日本共産党がスターリニズムに属するとすればどのような原理的批判があるかということです。私はいわゆる新左翼に属する人と実際に遭遇したことも、ましてや真剣に対話した経験ももちませんのでかねがねもし相手して下さる人がおられれば是非討論してみたいと思っていました。(このような対話があり得るのであればの話ですが)荒さんがブントの指導者のおひとりであることを存じたうえでのことですがもし気が向けば要点を具体的にご回答下さればたいへんありがたい。
 話しを理論的な方に戻しますと、いわゆる「代々木派」に近い研究者の間でもここ十年来マルクスの「共同性」の概念に注目し重視する傾向があります。(もっとも最近では古典的な「労働」の概念を中心にこうした「共同性」の概念を排するまき返しもありますが。)代表例をあげますと尾関周二氏は次のように述べて言語の単純な労働起源説に対し「共同性」の概念を提示しておられます。「人間の意識性と社会性は本源的には無縁のものではなく、もっとも意識的であることはもっとも社会的、共同的であることに内的に関連しているという洞察、(マルクスのーちゅうた)この洞察こそ近代の啓蒙思想の人間観を乗り越える重要なポイントの一つであったように思われる」(「言語と人間」大月書店、P47、1983年)「(エンゲルスについてーちゅうた)こういった集団生活における共同性、社会性の質的飛躍、人間関係の濃密化、これこそが、言語の発生の重要なインパクトになったとしている」(同上P51)などなど、要するに尾関氏は言語的コミュニケーションの起源をアトミズムを越える地点からマルクスの「共同性」の思想によりながら理解しようとされています。尾関氏の論については「労働」と「共同性」の二元論的起源論なので私としては不満なのですが、荒さんもこうしたマルクス主義研究者の動向に通じておられますでしょうが、このような「共同性論」についてどう思われているのか私はお聞きしたいのです。(ちなみに私は高知大学出身ですが高知大学の私が直接講義を受けた教育哲学の池谷寿夫氏は人格発達論において労働に対する「交通」概念を特に強調されています。これもこうした「共同性」を重視する方向かと思われます)
 ここで若干私の卑見を述べさせてもらえば、鷲田小ヤ太氏によればマルクスは「人間の本質は労働である」と語ったと原典も示さず述べられて、そのうえアンチテーゼとして「人間の本質は非労働である」というような説を述べられています。(「いま社会主義を考える」三一書房、1991年)鷲田氏の論はわたしはマルクス主義者の論ではなく単に原理を捨てた現実追随主義者の論にしか思えませんが、私流に言わせてもらえば「人間の本質はその高い共同性にある」というのが正しいと考えています。ミル評注でマルクスは Indem das menshchliche Wesen das wahre Gemeinwesen der Menschen と書いて人間の本質と共同性を同一に置いています。私はマルクスの哲学を「実践的唯物論」ととらえる立場を支持します。したがって「実践」や「労働」のもつ意義を否定するものではありませんが、これまでのマルクス主義の教科書類では労働が社会的共同的関係を離れて単に個人的な(主客一元的)労働一般に解消された考察が多かったと思います。個が深く共同的であることを忘れていたといわなければなりません。荒さんの著書によると「Sとしての主体がOとしての物質的対象を認識しようとする時、実はOは人類史の経過のなかで社会的Oであり、同時にSの意識も社会的に形成されたSなので」あるということを忘れた議論が多い、ということでしょう。「実践」や「労働」の構造を深く追究すればアトミズムを越えた地平で深く共同的な個に出会わざるをえません。
 ここでもう一つお聞きしたい。荒さんの本書と前後して私が最近出会ったたいへん刺激的な書、真木悠介氏(見田宗介)の「自我の起源」岩波書店、について荒さんはどのような感想を持たれるかです。真木氏は最近はやりの動物生態学の「利己的遺伝子」論を検討しながら個がむしろ利己ではなく利他的存在でもあるという方向で論をまとめておられます。真木氏は人間における利他の意味を深く追究したかったに違いありません。そして真木氏は個が深く他者との関係にあること、個そのものが集住系であり、深く共同的であることをつかんでおられます。真木氏の比較社会学は壮大な構想のもとに展開されようとしていますが、私はさらに物質の世界でたとえば素粒子のような量子的世界で物質の自立性とその関係性なども視野に入れたものとしてわれわれの共同性論は展開されなければならないのではないかと思っています。
 真木悠介氏は「自我の起源」のあと書きで「虚構の経済は崩壊したといわれるけれども、虚構の言説はいまだ崩壊していない」として恐らくマルクス主義とは一歩距離を置かれておられるようです。私は荒さんの指摘されるマルクスのアトミズムからの解放という見地は正しいしそれは資本論のなかに凝縮されていると思います。がしかしマルクスの「資本論」そのものが資本主義後の共産主義の時代を強く想定したもとでの論理によって組み立てられているというのが私の理解です。はたして未来社会をにおいて確固としたこのような想定と確信が許されるものでしょうか。いま、この想定と確信自体が疑われる十分な根拠を持つという主張を簡単に否定できなくなったのではないでしょうか。それとも単純な答えがわれわれに許されるだけなのでしょうか。「先のことは誰にもわからない」
 実践的には私は日本共産党員だと私は打ち明けました。しかし感性的には苦悩と矛盾のなかに生き、またその中で育ってきました。今後新たな実践上の解放された地点への到達のためにも、是非荒さんの言葉を待ちたいと思います。貴重なお時間を煩わせたことをおわびします。

 お元気で

                  敬具

核時代48年(1993年)12月2日          ちゅうたしげる


         (初出原文を推敲訂正しました 2014/12/15)


 
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わたしの革命

2014年06月15日 19時38分20秒 | ノート note
 
 空想と架空と幻想の「日本国憲法」の祀り上げられた体制が終わろうとしている。日本国憲法九条二項 陸海空の軍隊はこれを保持しない
 まったく架空の条文だ。自衛隊は軍隊であろうがそうでなかろうが直接的に人間にとって武力であり強力であり経済外的強制であり軍事力である。
 治安維持的強力と武力を国家は砦として備える。あの永世中立国のスイスでさえ徴兵はあり軍は存在する。

 革命は世俗界における力でありすべての革命勢力は軍事部門を希求して、そしてその資金力と軍事的強制によって国家を転覆しようとする。そうしてはじめて本物の革命を得るだろう。
 
 日本国憲法の祀り上げられた体制はまさに架空の体制でありその内部における革命理論と革命言説は架空であり「空想のゲリラ」(黒田喜夫)に過ぎなかった。

 現実の力を持ち得ずして国家が転覆されようはずはない。それは資金力(資本力)であり軍事的強力だ。ロシア革命には赤軍があり中国革命には八路軍がありキューバ革命にはグランマ号上陸の革命軍事作戦があった。労働者多数のデモもストライキもゼネストもそれを補完した力であった。日本の明治維新も農民一揆も米騒動も軍事的強力だろう。

 日本共産党がコミンテルンの一支部として集成したとき非合法下とはいえ軍事部門をもたなかったのは不可思議なことだ。プロレタリア文学とか革命理論とかに解消したのだとすれば現実の力ではなくイデオロギーによって国家転覆を試みようとした「空想のゲリラ」だ。それは日本列島に出現した権力支配という現象が苛烈、緻密、抗う余地もない支配だったことを示す。日本の革命空想はあまりに弱小だった。

 ゲバ棒と火炎瓶の学生反乱も「東アジア反日武装戦線」も子どもじみた「空想のゲリラ」だった。

 国家の転覆を謀る革命軍事は当然のことながら現代軍事体制アメリカの世界軍事支配に抗する。それは核兵器を原子力発電を希求するだろう。ハイテク軍事を希求するだろう。インターネットは軍事戦略の中で発祥した。それは力というものを考えれば当然のことだ。

 メデイア戦略はA.グラムシの社会の塹壕と砲台=ヘゲモニーの関係から言って軍事の補完としてある。世界は濃密にシステムとして支配される。そこに反逆の余地は残らない。法システム、貨幣システム、産業システム、医療システム、食料生産システム、教育システム、メデイアシステム…。

 言葉で意識を変えるなどということを真に受けるよりピストルの一発のほうがよほど現実の力であることは明白だ。投票の約束を得るより金銭と投票を交換する方がよほど強力だ。

 つまり反逆する革命とは現実世の力のことなのだ。原子力発電も核兵器も必要とする。

 だがしかし、わたしの求めたほんとうの革命は現実世にはなかった。何の力も持たないわたしは冥界(霊界)において革命を希求している。俗界を離脱する魂だったのだ。







 ※ 日本国憲法 第二章 戦争の放棄
 (戦争の放棄、戦力の不保持・交戦権の否認)
 第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
 2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

 
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記憶1

2010年02月11日 09時13分56秒 | ノート note
 二十年ほど前のことだ。まだ私が若い二児の父親で妻が三人目の子を身ごもったばかりだった。妻はひどい貧血に苦しんでいた。余裕のない家計から数千円を引き出して妻にオレンジと蜂蜜を買ってやった。仕事は半日のアルバイトで車を飛ばして数十キロ先の町のパチンコ屋を回って景品交換業の集金をしていた。畑でトマトを栽培していたが妻が身ごもったために労力を省く必要があったので作付面積を半分に減らした。それで妻子を養って食っていけるかどうか心もとないが、私たち夫婦は一円も漏らさない家計簿のデータから一年の予算を立ててアルバイトの給料が入ったら茶封筒に一ヶ月の支出ごとに振り分けてやりくりしていた。そうして毎月なんとか暮らしていたのだ。もちろん酒もタバコも断っていたから小遣いなどなかった。
 数年後若い私の脳は限界を超えて妄想の世界にはまることになる。ストイックな暮らしは妙な快楽を与えてくれるものだ。そんなある日、気晴らしのためにお好み焼きを食べに行こうと思って数百円の小遣いを握って知り合いのお好み焼き屋に立ち寄った。悌さんという男がやっている店で、小さな借家に暖簾を垂らしていた。子どもが二人いたがまだ小さかった。かわいい長女と息子が狭い店の二階から時々顔をのぞかせた。二階の小部屋に一家四人寝起きしていたのだ。悌さんは若い頃板前の修業で磨いた腕を錆付かせたくなかったのかいつも包丁を丁寧に研いでいた。滅多に来ない客をあしらった間に内職の紙飾りの糊付けに精出した。
 悌さんは将棋が強かった。私は時々相手してもらったが飛車角落ちでもかなわなかった。悌さんはこいつほんとうに大学出か。頭の悪いやつだなと私のことを思ったに違いない。適当に勝負してさっさと内職に励んだ。一枚あたり二円の内職だ。
 
 「ほんとうにいいのか?」と悌さんは言った。裁判闘争の救援会の会費を悌さんに請求されて私は無造作に妻から受け取っていた茶封筒を差し出した。「いいも悪いも毎月会費をためてとっておいたから別にこまりゃしないよ」と私は答えた。悌さんは黙って茶封筒を受け取って内職にとりかかった。その金は悌さんの財布に収まった。悌さんは金に困っていたのだ。下の息子がちょうど中学校に上がるときで入学費用が入り用だった。救援会の会費などどこに流れようとわかるはずもない。
 悌さんはその晩眠れなかった。あの男は本当に馬鹿だな。人に何の疑いもなく金を渡して喜んでいる。それにあいつは組織の地区委員長を殴り倒してみんなから悪い男だとさげすまれている。あの男は町会議員選挙に自分が出馬すればいいものをわざわざ嫁さんを候補者にしつらえて落選させた。みんなは組織を利用しているだけの悪いやつだとあの男を散々悪く言っている。ふん……。
 だがその晩から悌さんは変わった。翌朝、悌さんは電話の受話器を握って地区委員会に電話した。「お前らさんざんあの男を悪く言っているようだな。おれはもうあんたらの言うことには協力しないからな」

 私は悌さんになぜ組織に加わったのかと尋ねてみたことがある。「偉い人になるためだ」と悌さんははにかみながら答えた。本心かどうか私にはわからなかった。その後、パチンコの景品交換の集金で数十キロ離れた町を車で回っていたとき、悌さんが原付バイクに乗っているのを見た。お好み焼き屋の客も不景気でいなくなったのだろう。どうせ稼ぎのために何十キロもバイクを飛ばしてきたのだろう。と私は皮肉に思った。それ以来悌さんに会うことはなかった。人づてに悌さんが偉くなったことを聞いた。悌さんの息子が工業高校に入学したときに人に推されてPTAの会長になったらしい。悌さんは校長と交渉して古い体育館を建て直す運動をした。体育館は立派に出来上がった。そして悌さんはかわいい子どもたちを残して亡くなった。五十代だったろう。膀胱癌で手遅れだった。
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日記1

2010年01月23日 16時56分30秒 | ノート note
 窓辺に春近い陽の光が散乱する。やわらかい光は北側の土蔵の白い壁に反射して窓越しにパソコンを置いてある机に注ぐ。冬至から一ヶ月を経た。娘は一週間後に出産予定日を迎える。今にも陣痛が始まるかもしれない。だが娘は落ち着いた様子でそのときが来るのを待っている。出産を経験したことがあるはずもないおれは、他人事のようでもあり、気ぜわしくしているようでもあり、落ち着いた妻や娘の様子をよそ目になにか心もとない。Keith Jarrett のバッハを聴きながら神経のざわめきを鎮めている。春先は何かがうごめく時季だ。孫なんてめんどうくさいものをと想うおれだが、昨春散歩していた道すがらぴょんぴょん飛び跳ねながら娘の妊娠を報告した妻の姿は更年期の不安定な時期を通り過ぎる予感を与えておれはうれしかった。妻ときたら自分の人生をあと十年、六十歳までと決めているのだ。この世でどんなに権勢を誇って偉い人になったところで行く先はみな棺桶の中。死に顔が安らかか苦悶しているかどうかわからないが生き物の屍に変わりはない。そのうちに辺りに臭気を漂わせて骨と灰になる。長生きして周囲に迷惑がられ醜態をさらすよりさっさと子を産んで育てあの世に行くことを望む妻をわからないでもない。妻は自分が生き物のひとつであることをわきまえているのだ。十九歳のときにすでに自分を産んだ母親の死を見ているのだから。葬儀に数百万円の金が必要だというのが一般の相場らしい。金の勘定などまったく苦手なおれはそんな浮世のことは妻に任せて自分は山の中で誰知れず朽ちる猿か猪か山犬か、仙人でもないくせにはわびしい死が似合いだと気取っている。妻もおれも娘が家に戻ってきたのでこころが落ち着いたのだ。
 春はまだ遠いかもしれない。寒気が戻って冷たい氷が張るかもしれない。だが春を待つ心に日々平凡であることの非凡を噛みしめていたいと想っている。
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夫婦別姓あるいは名前考

2010年01月20日 18時35分09秒 | ノート note
 おれは無頓着だから生まれついて物心ついたときからの名前や姓など人に呼ばれたときの条件反射ぐらいにしか思っていないが、「ちゅうたしげる」であろうと「ちゅうしたげる」であろうとどっちでもいいのだ。ところが社会生活ではそうはいかない。日本の女性はたいがい婚姻届を提出すると男性の側の姓を名乗る。以前の姓は旧姓ということになる。こんなしちめんどくさいことをしなければならないからずぼらなおれが女性だったらたまったものじゃない。日本に住む外国人女性と日本人男性の婚姻の場合はどうだろう。もっと大変だろう。子供が生まれてしまったらその子の姓はどうなるのだ。当然のように日本人男性側の姓(国籍)になるのか? 子供にとっては生まれついたときから自分の姓があるので夫婦別姓になったら混乱するだろうか。姓を人に呼ばれて傷つく子がいるだろうか。おれは夫婦別姓にすべきだと考えているのだが。当人らが主体的に選べばいい。隣に住んでいたコリアンのアボジが自分の本当の名前を朝鮮に置いてきたので名前が四つあるとおれに話したことがある。本来の名前と戦中日本に来たとき働かされた工場で使った名前と、戦後外国人として登録証に記載された名前と日本の通名。想像を超える。
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閑居偶感

2010年01月12日 14時23分39秒 | ノート note
 書かねばならないという動機はまったくない。常に表現していなければならない。と、思いつめてみても何も心の中に思い浮かぶものはないのだ。ただ、目の前にパソコンのワープロソフトの白い画面があるだけ。そこに文字をつらねているだけなのだ。無為に過ごしてきた日々を思い起こしてみたところで何も新たな発想はない。ただ記憶の残りが堆積しているだけのことだ。誰かに読んでもらうことを想定したところで、世間の目にさらせば冷たい視線で嫌われているのを確認するぐらいのことで終わる。ただただ自己と対話していればいい。暇なのだから他にすることもないのだから。何かにせきたてられるかのように書きまくっていたこともある。しかしそのうちに何も書けなくなってしまった。あれから十数年。おれは三人の子供を育て上げるためにおよそ甲斐性というものもないのにアルバイト生活に明け暮れた。いつも失業の不安に脅かされながら日々のルーチンな日課を何とかこなしていたのだ。そのために血を吐くような思いもあったがいまではそれも忘れてしまった。死は向こうからやってくる。と想定した時期もあった。今にも訪れるのが死だと思いつめたこともある。だが平凡な日々に明け暮れているうちに世の中はおれにかかわりなく進展した。騒ぎが起こったり鎮静化したりまたあらたなヒーローが生まれたり忘れ去られたり。心の均衡を保つためにいろいろと気晴らしのようなものをしてもみたが、いつも三人の子供を育て上げなくてはならないとこころは重かった。いまそれから解放された。こうしてまたワープロソフトの前で書くことができる。
 人は個別に生まれた存在だから個別のありようでいいと思うが、個別の書き方を得るまでおれは苦闘した。誰かに見られているような誰かに個別の自己を合わせて生きなければならないかのように。もうそうした「思想」の横暴に付き合うこともなくなったのでなにも自分自身の「思想」があろうとなかろうと個別の生を生きて個別の書き方をして個別に死んでいく。こうなる他はないではないか。人は人、おれはおれ。他人に合わせなければならないような基準などありはしなかった。強迫観念にとらわれるかのように他の人間が書いたものを読み続けても、どこかの物好きが適当に書いたものをまるで神か世界の真理の体現者かのように仰ぎ見ても、何にも自分の具体的な日々の暮らしが変わることもない。世界は変わらないのだ。勝手におれの存在の条件としてあるだけなのだ。
 世の中というものは甘い顔を見せていたらどこまでも勝手に人の心の中にまで土足で入り込んでくるものだ。魯迅が書いたように浅間山のふもとに象牙の塔を建てるものはいないが旅館なら建てるものはいるだろう。象牙の塔の中に守られて自己の世界に沈潜するには象牙の塔を建てる条件が必要だ。結局世間は硬い象牙の塔の中まで覗き込んで小さな隙間から手を伸ばして静かな生活に侵食してくる。勝手にやらせておくほかない。象牙の塔そのものが世俗的な権力によって築かれたものなのだ。俗な世界から逃れようもないのが人間だ。象牙の塔を建てる財力に恵まれたものはそんなにいない。リルケはドイノの館にこもって悲歌を書いたがやってくる洗濯ばあさんを嫌っていたのか、好もしく思っていたのか、それとも無視していたのか。まあいい。お互い邪魔にならない程度にほどほどにしていればいいのだ。
 自分のことを「詩人」などと世間に吹聴するものは俗人のきわみだ。空っぽの頭の中で言葉をこねくり回して、さあこれがあたかも世間にいう「詩」のお手本だと自分の名前が売れるのが嬉しくて仕方がない。詩を作るより田を作れ。「詩」など書いている暇があったら道端のごみでも拾ったほうがいい。詩を作るのも田を作るのも所詮泥んこ遊びとかわらない。人間のやることといったら人をだまして蓄財するか人殺しをするか。それ以上のものではない。しかも頭の中にちょんまげを結っている日本人が日本語で「詩」を書いたところで知れたものだ。おれは「外国文学」のほうが好きなタチだがどれもこれも日本語に翻訳されたものばかりを読んだのでいつまでたっても哀れな日本人の思考から逃れようもない。日本語で書かれたものなど屁にもならない。その哀れな思考のちょんまげを剃ってからにしたほうがよい。
 とはいうものの、おれは日本語しかわからない。日本語で「書く」ことしかできない。一生小さな井戸の中に埋没するのだ。孫悟空が飛び回っていたのはお釈迦様の手のひらのうちだった。というわけだ。日本人に生まれたが最後この手のひらから外には出られない。小学生のとき担任の教師が誰か外国語の本を見たことがあるかと問うので、おれは隣に住む朝鮮人の家の娘の机の上に何かわからない言葉で書いてある教科書を見たことがあったので「中国語の本を見ました」と答えたことがあった。それはまがいもなくハングルだったのだがおれは中国語だと思っていた。長じておれはドイツ語を独学して、しまいにはMarx/EngelsGesamtAusgabeの数巻やHegelの原文の本を取り寄せて本棚に並べたりしたが結局日々の暮らしに追われているうちにドイツ語の挨拶の言葉でさえ忘れてしまった。日本人は日本語で思考するほかないのだ。志賀直哉の文体は小説の神様のごとく人々にもてはやされその文章を書き写して小説の書き方をまねるものもいたらしい。おれといったら革命運動にのぼせてマルクスの資本論を写経のように片っ端から書き写したぐらいのことだ。それも日本語訳の範囲だった。こんなことなら般若心経の書写のほうがましだったかもしれない。
 日本人は一生民族問題に出会わないですむことができるから、深刻な他民族の思考や感情を理解しようにも事の始めから問題に接近する感覚を失っている。幼い頃隣に住む朝鮮人の娘に悪態をついて囃し立てたことがある。そんな言行をしてはならないことぐらい幼いおれにもわかってはいたがおれは同じ日本人の村の子供に詰問することもなく、反対に朝鮮人の娘のほうにその言葉を吐いたのだ。それはおれにとっては賭けだった。自分が罪を犯すことを知っていながらわざと罪を意識して行うことだったから。だがおれは娘の顔をじっと見つめながらその激しく投げ返してくる抵抗の眼を理解しようとした。娘は一瞬おれの目の中をのぞいてその意図を探ろうとしたかのようだったが自分ではそんなことは意にも介さないとそれ以上怒りの目を向けることはなく忘れようとしたようだった。あなたには理解できないことなのよ。と。おれはそれ以上考えることはやめた。
 文字を覚えることは危険なことだ。それだけだまされる範囲が広がるのだ。文字を知らない農民は言葉が人をだますためにあることぐらい日常の中で十分に知り尽くしていただろう。それが一度活字になって目の前に現れると神の言葉のような権威となって人々の前に現れる。古来文字を知っている人間は、民衆の上に立つ別世界に住む人種だったのだ。そうして人々は宗教権力や政治権力や軍事権力や学問やら芸術やらに骨の髄までだまされた。文字を知らなくて死んでしまう可能性と文字にだまされて死んでしまう可能性とを測ってみればいい。どちらにしても危険なことだ。商売人にとって言葉がだましの手段ぐらい当然のことだろう。テレビのコマーシャルに釣られる人間はいくらでもいる。「商品偽装」は言葉によるのだ。
 ああだからすべてを真に受けるかのようにして生きたおれは架空の世界の中に生きていたのだ。男にとって女性は古代の彫刻家が彫りだしたようにそんなに「美しい」ものか。女はただのメス猫ぐらいに思っている男はいい年とればいくらでもいるだろう。だが若い女性は着飾りたいものだ。......
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作者不詳

2009年11月07日 20時16分31秒 | ノート note
大きなことを成し遂げるために
力を与えてほしいと神に求めたのに
謙遜を学ぶようにと 弱さを授かった

偉大なことができるように
健康を求めたのに
より良いことをするようにと
病気を賜った

幸せになろうとして 富を求めたのに
賢明であるようにと 貧困を授かった

世の人々の賞賛を得ようとして
成功を求めたのに
得意にならぬようにと 失敗を授かった

求めたものは
一つとして与えられなかったが
願いは すべて聞きとどけられた
神の意に添わぬ者であるにもかかわらず
心の中の言い表せない祈りは
すべて叶えられた


私は最も豊かに祝福されたのだ


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7.21ノート

2009年07月21日 06時28分25秒 | ノート note
7/21日6:30
 今朝はひさびさの新聞休刊日。新聞配達はお休み。6時前に起床した、7時間ぐらい眠ったようだ。齢を取ると睡眠障害に悩む人が多いらしい。おれは精神薬で睡眠中枢をやられたから眠る力が衰えて苦労している。眠る力というのは大切な事らしい。
 窓の外は土砂降りの雨だ。今週一週間まだ梅雨は明けないらしい。土用は一番暑さの厳しい時期なのに今年は梅雨明け前の土砂降り。夏の光線が待ち遠しい。
 世の中の流れは急速だ。失業率から見れば1930年代の大恐慌に匹敵するような経済不況らしい。高度経済成長の時代に育った者にすれば、まさか老年初期のこの齢に大恐慌に巡り会うとは想像だにしなかった。人々が思い描いていた「幸福」や「安定した暮らし」というものが目の前で崩れてしまった。老いも若きもあすが不安なのだ。
 パーソナルコンピューターが発達してインターネットなどが生活の中に入ってくることも想像を超えていた。科学技術、経済、政治、日々の展開が急速だ。
 村はまるで50年前の姿が覆いかぶさるように、何もかもが発達したような時代のなかにあって、人の交流の希薄な寂びれた村になってしまった。若い人が都会から村に帰ってくるのは大きな障害を人生に抱えるようなものだ。生活して行ける条件が衰退してしまったところに人はもどってこないだろう。もどってきたとしたら自ら不利な条件を選ばざるを得なかった「不幸」に因るためでしかないだろう。
 人間は動物であり生き物だからなるべく適切な条件で棲息する場所を本能的に選ぶだろう。生きる、棲息する、ということは生き物にとってどこでどんなふうに生きるための闘いをするかということだから、どこでどんなふうに苦労を重ねるかということに違いない。
 数億年前この村は浅瀬の海のなかで、ビカリアという巻貝が繁殖していたり、マングローブに覆われていたり、小さなサイに似た動物が太古のまぎれない自然のなかで幸福に繁栄していたらしい。知り合いの古生物学者が教えてくれた。地球上に人類のいない世界がかつて在ったのだ。繁栄していたビカリアという巻貝に意識は存在しないから太古世界は苦もなく楽もないあるがままの自然だったろう。人類の獲得した意識はそもそも受苦的だったのだ。
 おだやかな平坦な時代に産まれる生物も急速な大変動の時代に産まれた生物も、意識を所有しない生き物も意識を獲得してしまった生き物も、それぞれ個別に設定された時間の流れの中に自らを埋め込まざるを得ない。

 太古の巻貝ビカリアは産まれてしまった哀しみにキューと泣いただろうか。

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after April fool

2009年04月02日 19時47分28秒 | ノート note
 アマゾン川を渡って行ったら、河洲に家を建てて住んでいる。小さな小屋だが雨風はしのげる。私は頭を振って挨拶した。しばらく泊めてもらうことにした。ボートから荷物を運んだ。ぬかるんだ足下に蛇がいた。
小屋の中に段ボール箱があったのでそこに一冊の革本を置いた。Deuschの森の中で見つけた18世紀の稀覯本だ。
湿気がひどいので本は濡れた。シャツは泥と汗で濡れた。
蜂鳥の飛ぶ音がしたが、猿は泳げないのでここには現れないだろう。
ラジオを取り出してスイッチを入れると、どこかの国の国営放送がfinancial Panic を報じていた。人はmoneyを追いすぎたのだろう。the end of the world という曲はfascistの好む曲だ。

 壁に寄りかかってMiss.Asiaの生涯を思う。家賃はいくらぐらいだろう。

 蟻がアナコンダの舌を咬んだ。


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私の好きな言葉

2008年10月12日 07時04分34秒 | ノート note
 若い頃からあれほど好きだった活字追うことがこのごろまったくできなくなった。こつこつと買いためた書籍は何百冊となく書棚に並んでいる。なけなしの小遣いをはたいて買いためた。学生の頃は金があるとすぐに本を買ってしまうので食費さえもなくなって食いはぐれた。それがこのごろまったく読めないのだ。老眼のせいでもあるがそれだけではない。活字を追おうという気がなくなってしまった。若い頃はK.Marxの「資本論」などほとんどノートに丸写しするくらいに活字を追い求めて来たのに.....。

 それで結局残ったのは次の一文だけだ。

「なんじらはウジ虫より人間への路を経てきた。しかも、なんじらの中の多くはなおウジ虫である。また、かってなんじらは猿であった。しかも、人間はなお依然として、いかなる猿よりも猿である」(ニーチェ、ツアラトストラはかく語りき)

 あの魯迅も若い頃この一文に出会っている。さらに次の一句

「ぼくのポエジイは、人間というこのけだものを、そしてこんな毒虫を創りだすべきではなかった造物主を、あらゆる手段で攻撃するためにのみ存在する。ぼくの命のつづくかぎり、巻は巻を重ねるだろうが、そこにはつねに、ぼくの意識に踏みとどまっている、この唯一の思想しか見られないだろう!」(ロートレアモン伯爵、マルドロールの歌)



 いやはや異常に敏感な病的神経とともにこの世に生まれきたって五十年。こんなことを確認するために生きて来たのか。かつてソ連の詩人マヤコフスキーも「わたしの革命」と喜び迎えたその「革命」に裏切られ、党に裏切られ、民衆に裏切られ、恋人に裏切られ、生活していく手段も無く、エセーニンの自殺を厳しく批判していたにもかかわらず自分の頭を拳銃で撃ち抜いた。マヤコフスキーは若い頃から「人間」などというものがろくなものでないのは知っていたのに.......。



 だが私はこんな「詩」も嫌いではない自分を発見する。


 紙風船  黒田三郎

 落ちて来たら
 今度は
 もっと
 もっともっと高く
 何度でも
 打ち上げよう
 美しい
 願い事のように



 重力の法則は普遍だから「打ち上げた紙風船」は落ちてくるのだ。「悪貨は良貨を駆逐する」のが法則的なのだ。長い人類史において人類は少しも精神の戦いにおいて進歩しなかったようだ。

 紙風船を打ち上げるには重力に逆らってエネルギーを加えなければならない。放っておいたら「堕ちる」のが人間なのだ。

 猿と話しても無駄なので人に会いたくないから、このごろ家から外に出たくはなくなった。それでもどこか遠い星でこんな私を待っている人がいるかもしれない。







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精神科医をだます方法

2008年09月27日 17時58分05秒 | ノート note
つねに本当のことを語ってやるべきだ

相手は知能優秀で専門的知識も経験も上だ
何人も患者を合法的に死に追いやったやつだ
悪魔の知能だ

精神科医が雑談を始めたらそれにも乗ってやるべきだ

一対一の診療室では向こうは全能の相手だ
抵抗すればするほど向こうの思うつぼだ

優しい妻とかわいい子供のいる家でくつろぐのを喜びとしているやつだ
患者を一生もてあそんで金を稼いでる
世の中のからくりを知っている悪魔だ

時にやつらだって自分から狂うのだ
抵抗すれば平気で患者に嫌がらせをする

だからつねに本当のことを語ってやればいい
やつらは自分で自分の寿命を知っている
別にこちらが手を貸してやつらを困らせる必要は無い

やつらは自分の判断ですべてを決することができる立場だ
「医事法」の縛りなど見せかけだ

患者はうそをつくものだと思っているのなら
本当のことだけ語ってやればいい

殺そうと思ったらいつでも患者を殺すことができる
そんなやつらには
ほんとうのことだけ教えてやればいい

嘘を語るのが人間の本質だと知っている
「政治」のからくりを知っている
そんなやつらには本当のことだけ語ってやればいい

もしかしたら真実の力に圧倒されて
やつらが患者の椅子に座っていることになるかもしれない

そうなったら
やつらは馬鹿だから自分も「精神薬」に頼るのだろう

歴史の法廷の前でやつらは滅び行く
嘘に慣れた奴らにはほんとうのことを語ってやればいい




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夏に

2008年06月13日 17時26分14秒 | ノート note
 泥のように眠った。目覚めの後で、朦朧とした意識の中さまざまな出来事の想念が自動記述のように湧き起こる。
 ああ、夏がやってきたんだ。人間は時をも数値化したので、生きている意識が季節の巡る回数を数えて、わたしは今年五十歳の夏を迎える。夏に産まれたわたしは夏が好きだ。

 デジタルな情報のやり取りの中で文字は、言葉は、記号の閾値を超えた。

 そこに人の心を、魂を埋め込む。それは可能なことだろうか。愛すべき「りさ」はデジタルシステムから追放された。システムから零れ落ちる砂は、砂時計のように堆積する。その幾何学模様。

 冬に狂気をはぐくむ者は放逐される。夏に踊る者は称賛される。わたしの生は歓待される。

 妻は老いを知らない。「わたし思い残すことはないから」とつぶやく妻の眼。その深い海底の静けさの中に消えていく灯り。眼数も計測されて、その方程式の解はデジタルに歪んでいる。雨が降るなら数えることができるくらいの大粒の雨がいい。

 地上の水気がすべて蒸散しきったような砂漠の夏に。夜輝く星々は、小さな少年の目に影を落とした。大きくなったら測量士になりたい。ピラミッドは正確に宇宙の計測によって極点を知らせた。

 昔見たテレビのアニメ番組さ。砂漠と宇宙船は同時にelectric guitarの上を滑ったんだ。ああ、生まれたばかりの目に宇宙線は有害だ。

 モウいい加減にしよう。五十歳になるんだ。あすはとびっきりの写真を撮りに行くんだ......。






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