chuo1976

心のたねを言の葉として

「旅に出よう」    高野悦子 (『二十歳の原点』)

2020-03-29 03:55:50 | 文学

「旅に出よう」    高野悦子 (『二十歳の原点』)


 旅に出よう
 テントとシュラフの入ったザックをしょい
 ポケットには一箱の煙草と笛をもち
 旅に出よう
 出発の日は雨がよい
 霧のようにやわらかい春の雨の日がよい
 萌え出でた若芽がしっかりとぬれながら
 そして富士の山にあるという
 原始林の中にゆこう
 ゆっくりとあせることなく
 大きな杉の古木にきたら
 一層暗いその根本に腰をおろして休もう
 そして独占の機械工場で作られた一箱の煙草を取り出して
 暗い古樹の下で一本の煙草を喫おう
 近代社会の臭いのする その煙を
 古木よ おまえは何と感じるか
 原始林の中にあるという湖をさがそう
 そしてその岸辺にたたずんで
 一本の煙草を喫おう
 煙をすべて吐き出して
 ザックのかたわらで静かに休もう
 原始林を暗やみが包みこむ頃になったら
 湖に小舟をうかべよう
 衣服を脱ぎすて
 すべらかな肌をやみにつつみ
 左手に笛をもって
 湖の水面を暗闇の中に漂いながら
 笛をふこう
 小舟の幽かなるうつろいのさざめきの中
 中天より涼風を肌に流させながら
 静かに眠ろう
 そしてただ笛を深い湖底に沈ませよう

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 揺れながら大きくなるよしや... | トップ | 春眠のあぁぽかぽかという副... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

文学」カテゴリの最新記事