鄭容順の直言!

日頃気が付いたこと徒然に。

年賀状も片付いた。

2006-12-27 15:59:38 | 直言!
いつも11時か12時の予約で3時半ごろ自宅に戻れるのに明日は午前中一杯ということで午後の2時の予約となった。
自宅に戻るのは6時ごろになりそうだ
しかたがない。明日の夕食はスーパーでお刺身を買ってきて後は野菜の煮炊きものすることにしよう。
そうそう、一昨日した「おでん」はいつもの牛筋肉と違って鯨のコロを入れた。いつもは高くて手が出せない。子どものころよく食べた「コロ」が懐かしい。母親が野菜を炊くときに「出汁」によく使っていた。
私の子どものころは鯨肉が豊富だった。水菜ともよく炊いた。
私と妹が年頃になると今で言うハイカラな献立を考えた。
妹はある日、鯨肉の串カツを作った。美味しかった。
なのに父親はあんまり喜んでいなかった。
ハイカラな献立に私たちの子どもたちの惣菜としてそれからもよく作った。
いつのまにか市場は食材が豊富になり町から鯨肉が消えていった。他の食材に気をとられて鯨肉のことはすっかり忘れていた。
ここ2・3年前からスーパーに鯨肉が並ぶようになり時々買っては鯨肉のソテーをよく作った。
しかし「コロ」は高くて買えなかった。牛肉が買える値段で買えなかった。
10日ほど前にいつもより200円程度安かったので1つ買った。大事に冷蔵庫で保存しておいた。「おでん」をするときに出汁の代わりに入れようと思って牛筋肉を入れないで「コロ」を入れた。
「おでん」にいっぱい出汁が染み込んで美味しかった。数少ない「コロ」を夫と分けて食べた。
そうそう。この味、懐かしい。本当に懐かしい味が口の中にいっぱい広がった。
夫はまた憎たらしいことを言っていた。
「筋肉をいれたらいいのに」と言う。
私は「筋肉をいれるとこの『コロ』の懐かしい味がなくなってしまう」と言ったら納得したようで「そうやな」と言って食べていた。
昭和30年代の日本の食生活に鯨肉が食卓に並んでいた。つまり1950年の終わりから1960年代である。
1970年の後半、昭和50年代に入ると食材が豊富に手に入り易くなった。
そして食卓から鯨肉がなくなっていた。捕鯨のし過ぎで今度は捕鯨が禁止になった。
そして鯨肉の保護が成功して今日、少し市場にでまわるようになった。だから値段が昔と違って高い。
高くても1度食べたくて買った。子どもの頃の味に触れた。
そのおでんも今日はもう4・5つしか残っていない。
今日の夕食はイカをさばいて韓国風の味付けした炒め物にしよう。
私の惣菜は小松菜を揚げと炊くことにしよう。酢の物はみょうがで作ろう。みょうがは夫の好みである。
あとは冷蔵庫の中を見ながら何か考えることにしよう。

しかしときどき夕食を作るのが面倒なときがある。
先日、夫は忘年会で外食したのでこれはらくちん。冷蔵庫の保存食で簡単に済ませてしまった。こんな簡単なものを食べるとダイエット効果になるかもしれないが毎日はそうはいかない。
明日は美容院にいくので午後2時からの予約はかなり遅くなる。3時間と少しかかる。
明日は手をかけない簡単な物にして今日はちゃんと作ろう。
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