学校が1月に年度末が終わって3月2日から新年度が始まるのでそれまで長い休暇である。宿泊は様々だが韓国からの観光客はなんとなく分かる。
きている物は韓国でみる色、柄である。そして栄養が豊かなのかイキイキと活気がある。みんな希望にあふれた顔をしている。
そんな光景をみているとうれしくなる。
こんなに国力が豊かになると国民たちの顔が明るくなるのだと気づかされる。
ここまでくるのに国民たちは働き通してきた忍耐と粘りである。
2月の終わりから3月の始めになると日本に赴任してこられた駐在の数人の団体が目立つようになる。
赴任後挨拶周りをされると関西の渡来文化を見学に来られる。
1度は古朝鮮の渡来文化に触れてみたい血が騒ぐのだろうか。
なんとなく分かる。
日本語と韓国語のちゃんぽんで面白い会話が聞こえてくる。
昨日は京都駅では中国の会話が聞こえてくる団体を見た。観光なのか。
また夕方、奈良市内循環バス車内でも中国語の会話が聞こえていた。
日本に就労でこられた団体なのだろうか。
こんな光景に今後はさらに外国人就労者が増加するだろう。
かつて在日1世もこんなに貧しい姿で日本にやってきたのだろうかとその光景に胸が詰まった。
時代は変わっている。1世たちは民族衣装に風呂敷包みを肩に背負ってきたのだろう。昨日見た外国人就労者風の人たちの姿は旅行鞄を転がしているもののみすぼらしいなりにたぶん就労者なのかもしれない。1世が日本に渡ってきたときを創造した。
京都国際学校に行くタクシーの中でこの光景を話すとタクシーの運転手は年輩者だった。
「これからの中国は日本を追い越していく。日本はだんだん下り坂になっていく。ただ中国は社会主義で国のために仕事をしている権力者は経済が豊かになるが一般の者には潤いがなく貧富の差が激しい。日本は戦争に負けてアメリカが入ってきてアメリカという民主主義がはいってきて人間社会を平等という社会にしたものの道徳感がなくなり心をなくしてしまった」と話していた。
私は黙って聞いていた。
しかし日本が1950年代、かつて日本の時代を思わせる時代錯誤にりそうな光景になんと返事してよいやらと思っていた。
何もないところから1世はこの日本で経済構築したその歴史にさらに重く重く私に感じられた。
いろんな思いが交差した昨日の京都駅を往来していた外国人の団体だった。
きている物は韓国でみる色、柄である。そして栄養が豊かなのかイキイキと活気がある。みんな希望にあふれた顔をしている。
そんな光景をみているとうれしくなる。
こんなに国力が豊かになると国民たちの顔が明るくなるのだと気づかされる。
ここまでくるのに国民たちは働き通してきた忍耐と粘りである。
2月の終わりから3月の始めになると日本に赴任してこられた駐在の数人の団体が目立つようになる。
赴任後挨拶周りをされると関西の渡来文化を見学に来られる。
1度は古朝鮮の渡来文化に触れてみたい血が騒ぐのだろうか。
なんとなく分かる。
日本語と韓国語のちゃんぽんで面白い会話が聞こえてくる。
昨日は京都駅では中国の会話が聞こえてくる団体を見た。観光なのか。
また夕方、奈良市内循環バス車内でも中国語の会話が聞こえていた。
日本に就労でこられた団体なのだろうか。
こんな光景に今後はさらに外国人就労者が増加するだろう。
かつて在日1世もこんなに貧しい姿で日本にやってきたのだろうかとその光景に胸が詰まった。
時代は変わっている。1世たちは民族衣装に風呂敷包みを肩に背負ってきたのだろう。昨日見た外国人就労者風の人たちの姿は旅行鞄を転がしているもののみすぼらしいなりにたぶん就労者なのかもしれない。1世が日本に渡ってきたときを創造した。
京都国際学校に行くタクシーの中でこの光景を話すとタクシーの運転手は年輩者だった。
「これからの中国は日本を追い越していく。日本はだんだん下り坂になっていく。ただ中国は社会主義で国のために仕事をしている権力者は経済が豊かになるが一般の者には潤いがなく貧富の差が激しい。日本は戦争に負けてアメリカが入ってきてアメリカという民主主義がはいってきて人間社会を平等という社会にしたものの道徳感がなくなり心をなくしてしまった」と話していた。
私は黙って聞いていた。
しかし日本が1950年代、かつて日本の時代を思わせる時代錯誤にりそうな光景になんと返事してよいやらと思っていた。
何もないところから1世はこの日本で経済構築したその歴史にさらに重く重く私に感じられた。
いろんな思いが交差した昨日の京都駅を往来していた外国人の団体だった。
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