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広島原爆忌

2006-08-06 22:46:53 | 気になるひと
「記念日」というと、なんだか良いことを言っているように思えて、しっくりきません、「原爆忌」という言い方の方が、あっているように思えるのですが。

今日は、自由律俳人の松尾あつゆきさんの俳句を紹介したいと思います。
松尾さんは、広島ではなく、長崎で被爆されています。

彼は結婚して、4人の子をもうけて幸せに暮らしていたのですが、戦争が始まったため、教員を辞めて、長崎の食料営団に勤務するようになります。そして、昭和20年8月9日を迎えたのです・・

いまわのきわに―原爆句抄

八月九日 長崎の原子爆弾の日。

       我家に帰り着きたるは深更なり。
       月の下ひっそり倒れかさなっている下か

八月十日 路傍に妻とニ児を発見す。

       重傷の妻より子の最後をきく(四歳と一歳)。
       わらうことをおぼえちぶさにいまわもほほえみ
       すべなし地に置けば子にむらがる蝿
       臨終木の枝を口にうまかとばいさとうきびばい

長男ついに壕中に死す(中学一年)。

       炎天、子のいまわの水をさがしにゆく
       母のそばまではうでてわろうてこときれて
       この世の一夜を母のそばに月がさしてる顔
       外には二つ、壕の中にも月さしてくるなきがら

八月十一日 みずから木を組みて子を焼く。

        とんぼうとまらせて三つのなきがらがきょうだい
        ほのお、兄をなかによりそうて火になる

八月十二日 早暁骨を拾う。

        あさぎり、兄弟よりそうた形の骨で
        あわれ七ヶ月の命の花びらのような骨かな

八月十三日 妻死す(三十六歳)。

        ふところにしてトマト一つはヒロちゃんへこときれる

八月十五日 妻を焼く、終戦の詔下る。

        なにかもかもなくした手に四枚の爆死証明
        夏草身をおこしては妻をやく火を継ぐ
        降伏のみことのり、妻をやく火いまぞ熾りつ


これらの原爆句は、当初アメリカ占領軍のプレスコード(報道管制)により発表することができませんでした。この原爆詠(句)が一般的に読まれたのは、1955(昭和30)年8月に刊行された『句集 長崎』が初めてでした。