年中時代、3歳まではお母さんとたっぷりおうちにいようね、と
ユックリ過ごしてきた仲間といた我が子。春先に生まれたお姉さん
お兄さん格のクラスメイトが上手にケンカの仲裁や決まりごとを
守るリード役をしてくれていて、実に穏やかでした。
年少さんから入園したこどもたちとは分けられ、年中から入った
こどもだけのクラス。勢い、お母さんたちが集まっても、きつい
言い方を避け、相手を尊重するタイプの人が多く、冗談を愛し、
束縛もしない自由でノンビリした空気がありました。
今回、年長になって、年中時代に別クラスだった子たちと混合され、
初めての参観日。年少。年中、年長と3年めに入ったママ同士の
結束に改めて圧倒されつつ、スタートしたプログラム。
まずは先生が、「さぁ、お母さんたちが来ましたよ。聞かせてあげたい
ねって話していた歌を歌いますよー、ゲロゲロゲロクワックワックワ♪」
と聞いて間髪おかずに「えぇええええ」と大声でブーイングする女の子。
歌が始まると裏声を声楽家のように響かせて、大笑いする男の子。
その後、時の記念日が翌日に控えているという導入。
使い捨ての透明な食品保存用カップを用いて、そこに数字を書き込み、
なかにビーズを選びいれて、厚紙に自分でイラストを描き、テープで
フタのようにとめ、腕輪状に切ったダンボールのような紙に貼り付け、
腕時計にしようと指示があり、班ごとに座っている子供たちの席に
お母さんたちが行って作業開始。
イラストは、画材は何でもいいから好きに描いて、という指示に
我が子は迷わずクレヨンをロッカーから取り出してきました。
しかし、触ると色がにじんだり混ざったりするクレヨンは美的に
不向きと判断したお母さん方はサインペンを取ってこさせていました。
大好きなので小さいころから何度と無く描き、慣れ親しんだラインで
クマを描き、サクサクと仕上げた我が子に比べ、他は時折、お母さん方
の大爆笑が響いたりして、えらい熱気と長い作業振り・・・
先生が班ごとに前に出て皆に見せてあげましょう、といって作品
披露の時間が来ると、男の子は鼻息も荒くママの描いた絵のついた
腕時計をかざし「どう?」といい、「おお、かっこいいー」と
園児も母親たちも「すごいうまい」などと盛り上がりました。
「お子さんに描かせて」という先生の指示は公然と無視され、超絶
ハイクオリティなピカチュウやゴーカイジャーの見える作品が続き、
それを賞賛する空気に違和感ごりごり。
我が子の番が来ると、居並ぶお母さんたちの視線に驚き、みるみる
青ざめてしまい、腕を見せるポーズするので精一杯。
教室のあかりが透明な容器に反射して、中に何が描かれて
いるのかよく見えなかったのと、こどもらしく多少ゆがんだクマ
のカオが「なんだかわからない」ゆえに「みえなーい!!」
「なにそれ、みえなーい」と次々に野次がとび、反射を避ける
ために腕の確度を変えるといったことは思い浮かばず、
泣くのをこらえて立っている我が子に同情しました。
席に戻ってシュンとしている横顔を見ながら、「うん、あとで
見せてもらえるでしょう。そういうこといわなーい」とフォロー
してくれてもよさそうなのに何も言わない先生にも驚くし、
やいのやいのと野次を飛ばし続ける女の子たちにもあきれました。
最後に先生が「今日、先生は作りませんでしたが、みんな
すてきな腕時計ができましたねー」というと、「えええーなんでーっ?!
先生もつくってよー。」と女の子。
「うん、わかった。じゃぁ、作るね。ちょっと時間のあるときに」というと、
「ダメェー!明日までに作って!!」「え?」「明日、絶対見せてね」
「わかりました」という会話と、困った顔の先生を笑ったお母さんたち
のざわめきと共に終了。
忙しい現代人が持つ空気がそのまま子供たちに根付いているような
行間とか余韻といわれるものの入る余地がなく、ちょっとした
スキも間違いも許さない性急な野次の数々。
我が子に対する野次にしても、自分の子供時代は、友達のお母さんの
目の前で、ネガティブな意見をあからさまにするのは「してはいけない」
という躊躇や葛藤があり自制心がありましたが・・・
小学校における学級崩壊といった言葉がどういうものか、テレビなどで
見聞きしても「一部の問題」くらいにしか認識できず「いまどき、何処
の学校にもある」という情報にも「まさか」「想像したくない」という
意識でした。
おとなしい子達は言葉を発しないので、目立って野次を飛ばす子達が
作り出した空気ばかり感じられたのかもしれない。まともな子達も
いたはず・・・
でも、幼稚園の最終学年である年長さんの保育参観によって、人を思い
黙っている力がなく、思ったことは辺りかまわず言い散らす姿がフツーに
なっているのを目の当たりにして、日ごろ帰宅すると「みんな言い方が
きつくて、怖くて。すごく疲れる。」というこどもの話を理解しました。
小学校に入ったらどうなるんだろう、もっとキツイ子がクラスにいるのだ
ろうか?「ああ、この子のよさを守っていきたい。」「家では心身共に
ゆっくりできるよう、ガミガミやるのを控えなくちゃ」と強く思い、
また、夫に報告した夜となりました。
ユックリ過ごしてきた仲間といた我が子。春先に生まれたお姉さん
お兄さん格のクラスメイトが上手にケンカの仲裁や決まりごとを
守るリード役をしてくれていて、実に穏やかでした。
年少さんから入園したこどもたちとは分けられ、年中から入った
こどもだけのクラス。勢い、お母さんたちが集まっても、きつい
言い方を避け、相手を尊重するタイプの人が多く、冗談を愛し、
束縛もしない自由でノンビリした空気がありました。
今回、年長になって、年中時代に別クラスだった子たちと混合され、
初めての参観日。年少。年中、年長と3年めに入ったママ同士の
結束に改めて圧倒されつつ、スタートしたプログラム。
まずは先生が、「さぁ、お母さんたちが来ましたよ。聞かせてあげたい
ねって話していた歌を歌いますよー、ゲロゲロゲロクワックワックワ♪」
と聞いて間髪おかずに「えぇええええ」と大声でブーイングする女の子。
歌が始まると裏声を声楽家のように響かせて、大笑いする男の子。
その後、時の記念日が翌日に控えているという導入。
使い捨ての透明な食品保存用カップを用いて、そこに数字を書き込み、
なかにビーズを選びいれて、厚紙に自分でイラストを描き、テープで
フタのようにとめ、腕輪状に切ったダンボールのような紙に貼り付け、
腕時計にしようと指示があり、班ごとに座っている子供たちの席に
お母さんたちが行って作業開始。
イラストは、画材は何でもいいから好きに描いて、という指示に
我が子は迷わずクレヨンをロッカーから取り出してきました。
しかし、触ると色がにじんだり混ざったりするクレヨンは美的に
不向きと判断したお母さん方はサインペンを取ってこさせていました。
大好きなので小さいころから何度と無く描き、慣れ親しんだラインで
クマを描き、サクサクと仕上げた我が子に比べ、他は時折、お母さん方
の大爆笑が響いたりして、えらい熱気と長い作業振り・・・
先生が班ごとに前に出て皆に見せてあげましょう、といって作品
披露の時間が来ると、男の子は鼻息も荒くママの描いた絵のついた
腕時計をかざし「どう?」といい、「おお、かっこいいー」と
園児も母親たちも「すごいうまい」などと盛り上がりました。
「お子さんに描かせて」という先生の指示は公然と無視され、超絶
ハイクオリティなピカチュウやゴーカイジャーの見える作品が続き、
それを賞賛する空気に違和感ごりごり。
我が子の番が来ると、居並ぶお母さんたちの視線に驚き、みるみる
青ざめてしまい、腕を見せるポーズするので精一杯。
教室のあかりが透明な容器に反射して、中に何が描かれて
いるのかよく見えなかったのと、こどもらしく多少ゆがんだクマ
のカオが「なんだかわからない」ゆえに「みえなーい!!」
「なにそれ、みえなーい」と次々に野次がとび、反射を避ける
ために腕の確度を変えるといったことは思い浮かばず、
泣くのをこらえて立っている我が子に同情しました。
席に戻ってシュンとしている横顔を見ながら、「うん、あとで
見せてもらえるでしょう。そういうこといわなーい」とフォロー
してくれてもよさそうなのに何も言わない先生にも驚くし、
やいのやいのと野次を飛ばし続ける女の子たちにもあきれました。
最後に先生が「今日、先生は作りませんでしたが、みんな
すてきな腕時計ができましたねー」というと、「えええーなんでーっ?!
先生もつくってよー。」と女の子。
「うん、わかった。じゃぁ、作るね。ちょっと時間のあるときに」というと、
「ダメェー!明日までに作って!!」「え?」「明日、絶対見せてね」
「わかりました」という会話と、困った顔の先生を笑ったお母さんたち
のざわめきと共に終了。
忙しい現代人が持つ空気がそのまま子供たちに根付いているような
行間とか余韻といわれるものの入る余地がなく、ちょっとした
スキも間違いも許さない性急な野次の数々。
我が子に対する野次にしても、自分の子供時代は、友達のお母さんの
目の前で、ネガティブな意見をあからさまにするのは「してはいけない」
という躊躇や葛藤があり自制心がありましたが・・・
小学校における学級崩壊といった言葉がどういうものか、テレビなどで
見聞きしても「一部の問題」くらいにしか認識できず「いまどき、何処
の学校にもある」という情報にも「まさか」「想像したくない」という
意識でした。
おとなしい子達は言葉を発しないので、目立って野次を飛ばす子達が
作り出した空気ばかり感じられたのかもしれない。まともな子達も
いたはず・・・
でも、幼稚園の最終学年である年長さんの保育参観によって、人を思い
黙っている力がなく、思ったことは辺りかまわず言い散らす姿がフツーに
なっているのを目の当たりにして、日ごろ帰宅すると「みんな言い方が
きつくて、怖くて。すごく疲れる。」というこどもの話を理解しました。
小学校に入ったらどうなるんだろう、もっとキツイ子がクラスにいるのだ
ろうか?「ああ、この子のよさを守っていきたい。」「家では心身共に
ゆっくりできるよう、ガミガミやるのを控えなくちゃ」と強く思い、
また、夫に報告した夜となりました。