Bravo! オペラ & クラシック音楽

オペラとクラシック音楽に関する肩の凝らない芸術的な鑑賞の記録

2011年に聴いた名曲(2)/メンデルスゾーン「ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 作品64」

2012年01月02日 03時01分30秒 | クラシックコンサート
 2011年に2番目に聴いた回数が多かったのが、メンデルスゾーン作曲「ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 作品64」。およそ聴いたことがないというひとがいない、というくらいの名曲中の名曲で、早世の天才メンデルスゾーン(1809~1847)が1844年に作曲したヴァイオリン協奏曲の代名詞的な曲でもある。2011年には、この曲を6組の演奏家で計7回聴いた。やはり偶然だとは思うが、この年にはかなりの演奏家たちがこの曲を採り上げたようだ。2010年はシベリウスのヴァイオリン協奏曲が多かったことといい、特に記念年でもないのに流行でもあるのだろうか。前回のリヒャルト・シュトラウスのヴァイオリン・ソナタに引き続き、それぞれのレビュー文章は、コンサート当日の記事からこの曲の部分だけを抜き出し、部分的に加筆訂正したものである。コンサートの全体(あるいは全曲)についてはリンクから各記事を参照してほしい。

【曲目】メンデルスゾーン作曲/ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 作品64

【1】南 紫音 秋山和慶指揮 東京フィルハーモニー交響楽団
 2011年5月31日(火)18:45~ 東京オペラシティコンサートホール(第21回 出光音楽賞 受賞者ガラコンサート/「題名のない音楽会」公開収録)

 【曲目】
  宮城道雄: 壱越調箏協奏曲(片岡リサ/箏)
  作曲者不詳: アメイジング・グレイス(片岡リサ/箏)
  チャイコフスキー: 幻想序曲「ロメオとジュリエット」(山田和樹/指揮)
  メンデルスゾーン: ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 作品64(南 紫音/ヴァイオリン)
 南 紫音さんは、私の大好きなヴァイオリニストの一人で、本ブログにもたびたび登場してきたので、今更説明の必要もないだろう。今回、出光音楽賞を受賞して、「天才美少女」から「美人すぎるヴァイオリニスト」へと大きく変貌した印象を受けた。とはいえまだ21歳の音大生には違いないのだが…。
 メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲は、以前一度だけ彼女の演奏を聴いたことがある。その時はコバケンさんの指揮だったが、それほど際だった印象は持てなかった。そう、彼女はリサイタルだと十分に個性を発揮して素晴らしいのだが、これまで協奏曲はイマイチ…これは指揮者またはオーケストラとの「協奏」がうまく合わないからという印象が強かった。彼女の個性をオーケストラがスポイルしてしまうのだ。今日は、秋山大先生の堂々たる音楽に対して、彼女はどんな演奏を聴かせてくれるのだろうか、心配でもあり、楽しみでもあった。何しろテレビで放送されるのだから…。
 曲が始まると、第1楽章の出だしからちょっと緊張気味で、音もバタついた感じだったが、中盤から持ち直してきて、音程も安定し、楽器も豊かな音色を出すようになった。カデンツァあたりはもう自信に満ちた演奏。繊細かつ大胆に、ご自身の描きたい音楽を出せていたように思う。第2楽章のロマンティックな旋律に対しても、叙情性を描くための柔らかくて優しい音色と、その中に1本芯が通っているような強さが純音楽の構造感を描き出していて、そのバランスも見事。第3楽章は、むしろやや早めのテンポでオーケストラを牽引していくような躍動感があった。秋山さんの指揮はいかにもドイツ・ロマン派的なガッチリした演奏だったが、リズム感良く、南さんをサポートし、特に第3楽章の中盤からフィナーレに突っ走っていくあたりの緊張感の高い演奏は素晴らしかった。いかにも協奏曲という感じでスリリングに展開し、聴いている方が息を止めて聞き入ってしまう。これまで何度も聞いてきた南さんの協奏曲の中で、今日のメンデルスゾーンが間違いなく最高の出来だったと思う。ある種の自由さと奔放さあり、音に芯があるため弱音でもひ弱さがない。見た目の印象から来る「お嬢さん芸」ではなく、音楽の本質に迫っていく「芸術的」なアプローチを聴かせてくれていたリサイタルの時の演奏が、今日はオーケストラの上に乗っていたように感じられた。一皮むけて、より大きく羽ばたきだした「美人すぎるヴァイオリニスト」にBrava!!

【2】川久保賜紀 ラファエル・フリューベック・デ・ブルゴス指揮 ドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団
 2011年6月28日(火)09:00~ サントリーホール
 【曲目】
  ワーグナー: 「ニュルンベルクのマイスタージンガー」より第3幕への前奏曲
         徒弟たちの踊り
         第1幕への前奏曲
  メンデルスゾーン: ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 作品64
  ベートーヴェン: 交響曲 第5番 ハ短調 作品67「運命」
 東日本大震災と福島第一原発の事故の影響により、ドレスデン・フィルの来日公演は中止となった。良席のチケットを取っていただけに、非常に残念だった。ドイツ育ちでドイツ在住の川久保賜紀さんとドレスデン・フィルによる本格的なドイツの音で、この曲を聴いてみたかった。

【3】川久保賜紀 梅田俊明指揮 読売日本交響楽団
 2011年8月19日(金)18:30~ サントリーホール(読響サマー・フェスティバル「3大協奏曲」)

 【曲目】
  メンデルスゾーン: ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 作品64(川久保賜紀/ヴァイオリン)
  ドヴォルザーク: チェロ協奏曲 ロ短調 作品104(遠藤真理/チェロ)
  チャイコフスキー: ピアノ協奏曲 第1番 変ロ短調 作品23(三浦友理枝/ピアノ)
 意外なことに、川久保賜紀さんによるメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲をナマで聴くのは初めてである。明日も今日と同プログラムの公演が「みなとみらい」であるので、2日続けて聴くことができる。川久保さんのメンコンはCD(下野竜也指揮/新日本フィルハーモニー交響楽団)で聴くことができるが、こちらは廃盤になってしまったらしく*、新品の入手は難しいようだ。私はそれこそ擦り切れるほど何度も聴いたが(失礼、CDは非接触式だから擦り切れないですよね)、川久保さん特有の流麗な響きはメンデルスゾーンの名曲を一段と輝かせている(ように聞こえるのは大ファンだから?)。まあ、そういうファン心理は別としても、今日の演奏が素晴らしいものだったのは間違いない。
 さて、なぜか18時30分始まりのコンサート、お約束の5分過ぎに川久保さんが水色のドレスでエレガントに登場、軽くチューニングして曲が始まる。第1楽章の哀愁を帯びた有名な主題旋律が川久保流の流れるような潤いのある音色で奏でられていく。テンポは普通からやや遅めか。よく聴いていくと、正統派でイン・テンポの梅田俊明さんの指揮に乗って、短いフレーズのひとつひとつが異なる表情で描かれている。さすがにこれくらいの曲になると、細部に至るまで徹底的に研究され尽くされている、といった印象。聴き慣れた曲なのに、決して平板にならず、ほんのわずかな表情の付け方ひとつで、新鮮な響きを引き出していた。曲全体の演奏はスタンダードなのに、ソロ・ヴァイオリンの色彩感が際立っていた。
 第2楽章はやや速めのテンポに終始し、一般的にそうするように旋律をゆったりと歌わせるのではなく、キビキビとした曲運びの中で、やはり微妙な表現の変化が盛り込まれていた。これはどちらかといえば珍しい試みだが、ロマン派的というよりは古典派的な構造感を描き出し、なるほど、こういう表現方法もあったか、と納得させられた。
 第3楽章はやや速めのテンポからフィナーレにかけてテンポ・アップしていくパターン。第1主題は、ハギレ良いリズム感の中に、川久保さん特有の流れるようなレガートを効かせた早いパッセージが随所に散りばめられ、他の演奏家とはひと味違うエレガントさを描き出す。コーダに入ってからテンポがあがり、フィニッシュに向かって緊張が高まっていく。見事な技巧とそれを感じさせない流麗な響き。楽器もよく鳴っていたし、2列目のソリストの正面で聴いていたせいもあるだろうが、ヴァイオリンの女王がオーケストラを従えての堂々のフィニッシュであった。
 今日の演奏は、指揮の梅田さんがイン・テンポな伴奏に徹して、オーケストラを抑え気味にコントロールしていたようだ。読響の演奏は、木管群がなかなか良い味を出していたと思うが、アンサンブルが乱れがちだったのが気になった。協奏曲の大曲を3曲も抱えてしまっては、練習時間が足らなかったのだろうか、ぶっつけ本番の箇所が多かったという印象で、指揮者とオーケストラとソリストの間で、意思の疎通が十分でなかったようだ。川久保さんは終始梅田さんに熱い視線を送り、信号を発していたし、梅田さんもそれに応えるべく奮闘していたのだが、細かな点では乱れるところが散見された。一方、曲全体の構成は見事な造形となっており、さすがに手堅い指揮者と一流のソリストだけあって、うまくまとめ上げている。
 *注: このCDはその後、2011年11月にコピー・コントロールがなくなってSACDのまま再発売され、現在はもちろん入手できる。

【4】川久保賜紀 梅田俊明指揮 読売日本交響楽団
 2011年8月20日(土)14:00~ 横浜みなとみらいホール(読響みなとみらいホリデー名曲シリーズ)

 【曲目】
  メンデルスゾーン: ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 作品64(川久保賜紀/ヴァイオリン)
  ドヴォルザーク: チェロ協奏曲 ロ短調 作品104(遠藤真理/チェロ)
  チャイコフスキー: ピアノ協奏曲 第1番 変ロ短調 作品23(三浦友理枝/ピアノ)
 オーケストラの側の出来が昨日と全然違い、素晴らしく良くなっている。昨日は、弦楽のアンサンブルはもともと悪くはなかったが、木管、金管とのタイミングが悪く、指揮の梅田俊明さんも、細部までコントロールしきれていない印象だった。それが今日は昨日の良くなかった点がかなり修正されていて、オーケストラがまとまり一体となった印象だ。イン・テンポを主体としつつ、ここぞというところで絶妙のタメを入れて、音楽をドラマティックに仕立てる職人芸的な梅田俊明さんの指揮に対して、今日の読響はかなり上質のアンサンブルを聴かせてくれた。オーケストラが安定すると、ソリストが思いっきり演奏できるようで、昨日よりも活き活きとした演奏をしていたように思う。まるで昨日がゲネプロで、今日が本番というような…。
 1曲目は川久保賜紀さんによるメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲。演奏に関する細かな点は昨日のレビューに書いたので、重複をさけるために詳細は割愛するが、昨日と異なる点は、オーケストラの緊密度が増したために、ソリストとの協奏がより緊張感が高まり、輝きを増したことだろう。とくに第3楽章のコーダ以降、ソロ・ヴァイオリンとオーケストラが競い合うようにテンポがあがっていく様はかなりスリリングで思わず息を止めて聴き入ってしまうほどだった。昨日より確実にBrava!!な演奏だ。

【5】庄司紗矢香 ユーリ・テミルカーノフ指揮 サンクト・ペテルブルグ・フィルハーモニー交響楽団
 2011年11月1日(火)19:00~ サントリーホール

 【曲目】
  ロッシーニ: 歌劇『セヴィリアの理髪師』序曲
  メンデルスゾーン: ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 作品64*
  《アンコール》
   J.S.バッハ :無伴奏ヴァイオリン・パルティータ 第2番 BWV1004から「サラバンド」*
  ストラヴィンスキー: バレエ音楽『春の祭典』
  《アンコール》
   エルガー: エニグマ変奏曲から「ニムロッド」
 庄司紗矢香さんとテミルカーノフ指揮サンクト・ペテルブルグ・フィルで聴くメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲。庄司さんが真っ赤なドレスで登場、オーケストラのメンバーが立ち上がると、大男たちの中に埋もれてしまいそう。お馴染みの光景だ。
 庄司さんの演奏は、相変わらず「緊張感の高い」ものだった。第1楽章の第1主題、哀愁を帯びた旋律はきっちり聴かせたが、第2主題には独特の抑揚を付け、その後はキリキリと締め上げるような緊張感を維持しつつ、ご本人の感性が描き出したパッセージを自在に描いてゆく。そこには、懐かしくも古典的なロマン主義のメンデルスゾーンは既になく、庄司さんの内なる世界が描かれているようだった。ある意味で奔放な、個性的な音楽作りに対して、テミルカーノフさんは耳を傾け、寄り添うようにピッタリとオーケストラを合わせて行く。聴いているだけではわからないと思うが、近くで見ていると、庄司さんが自由に演奏し、テミルカーノフさんが合わせているようだった。二人が互いに信頼し尊敬し合っているのがよく伝わってきた。
 第2楽章では、普通なら主題の叙情的な旋律をゆったりと歌わせるところだが、庄司さんは独特の節回しで決して感傷的な描き方をしない。かといって純音楽的に楽譜に忠実というのでもない。楽譜の中から自分なりに新しい旋律を見つけ出して演奏している、といったイメージだ。揺れるテンポや強弱の付け方は、独自の解釈によるものに違いなく、個性的ではあるが新鮮な響きを持っていた。
 第3楽章は、諧謔的な主題をカリッとしたエッジの効いた音でオーケストラを引っ張って行く。流れるようなパッセージからキリキリと張りつめた高音まで、実に多彩なフレージングを聴かせていた。ここでもテンポや強弱によるパッセージの歌わせ方には独特の、かなり個性的な試みがいっぱいで、この名曲に対して新鮮でもあり、大胆ともいえる「解釈」を持ち込んだ演奏だった。この楽章は休む間もなく駆け抜けていくイメージだが、いかに抑え気味とはいえ馬力という点では世界に名だたるサンクトペテルブルグ・フィルと対等に渡り合う庄司さんが急に大きく見えてくる。鋭い緊張を保ちながら、テンポを上げて行き、フィニッシュになだれ込むところのエキサイティングなことといったら!! 
 庄司さんの演奏は極めて個性的で、この聞き慣れた名曲に斬新な息吹を与えていた。まったく新しい曲によみがえったよう気がする。古今東西でもヴァイオリン協奏曲としては名曲中の名曲であるメンデルスゾーンだからこそ、どんなに上手くても普通に弾いたのでは面白くない。ある意味で、曲を破壊して再構築することとによって、単なる我が儘な「解釈」とは違った「個性」を打ち出した演奏。他の演奏家たちにの今後の演奏に、波紋を投げかけるかもしれない。

【6】尾池 亜美 小林研一郎指揮 東京フィルハーモニー交響楽団
 2011年11月19日(土)15:00~ ルネこだいら 大ホール(フレッシュ名曲コンサート)

 【曲目】
  モーツァルト: 歌劇『フィガロの結婚』序曲
  メンデルスゾーン: ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 作品64
  ベートーヴェン: 交響曲 第7番 イ長調 作品92
  《アンコール》
   アイルランド民謡: ダニーボーイ(弦楽合奏版)
 久しぶりに見る尾池さんは、音楽界には珍しかったショートカットのヘアスタイルから髪がすこし伸びて大人っぽくなった。というよりはとても美しいお嬢さんに変貌していたのでちょっとビックリ。ドキドキしてしまった(?)。
 前にも書いたが、今年はメンコンを聴く機会が非常に多く、どうしても聴き比べてしまうことになってしまうが、それはお許しいただくとして…。
 尾池さんの演奏は、非常に端正。あくまで音色は美しく、旋律を適度に歌わせ、しっかりとまとめているといった印象だった。音に濁りがなく、キレイなことはキレイなのだが、べつの見方をすれば音色に多様性が乏しいとも思える。一方で、技術的にはまったく問題はなく、極めて上手い演奏であり、上品な演奏だと思った。例によってソリストに近い2列目で聴いていた割には、音量がそれほど大きくなく、ダイナミックレンジも広くない演奏であったことも、かえって品良く聞こえた理由なのかもしれない。
 表現力の面では、あまり感情の起伏が感じられず、ある意味では淡々とした演奏だったと感じた。演奏中の姿勢も背筋を伸ばしてまっすく立ち、あまり身体を動かさないのも、見た目の雰囲気として影響してしまったかもしれない。
 総じて、尾池さんの解釈および演奏は、良く言えば正統派そのもの。楽譜の中に書き込まれている音楽をキレイに描き出していたといえる。別の言い方をすれば、教科書的というか、優等生的というか…。メンデルスゾーンの音楽は十分に聞こえてくるのだが、尾池亜美さんの音楽があまり聞こえてこない、といった印象だった。
 またコバケンさんのサポートも良かったと思う。指揮台をソリストを見やすいように斜めに置き、譜面代にはスコアが用意されていたのに全く使わず、ほとんど尾池さんの方を見ながらの指揮だった。細かく丁寧に神経を使っている様子で、タイミングもぴったり合わせていたし、リズム感を損なわないように上手くサポートしていたと思う。
 結局、この曲は名曲中の名曲であるため、聴く側の私たちも何十回も、しかも世界のトップ・アーティストの演奏をも含めて聴いているし、曲そのものも隅々まで覚えている。このような名曲の場合、普通に演奏するだけでは、どんなに上手くてもなかなか人々の心を捉えるのは難しいようである。だから一流の演奏家になればなるほど、独自の解釈を持ち込んで、つまり個性を前面に打ち出して、新鮮さを求めて行く。尾池さんの場合は、いわばまだスタート段階だから、今日のような正統派の演奏で良かったのだと思う。たけど、この次に演奏する時は、あるいは1年後、3年後に演奏する時も同じであったら、ちょっとマズイかも…。

【7】長尾春花 藤岡幸夫指揮 ニューフィルハーモニーオーケストラ千葉
 2011年11月23日(水・祝)14:00~ 千葉県文化会館・大ホール

 【曲目】
  チャイコフスキー: 幻想序曲「ロメオとジュリエット」
  メンデルスゾーン: ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 作品64
  チャイコフスキー: 交響曲第5番 ホ短調 作品64
  《アンコール》
   エルガー: 2つの小品より「夕べの歌」
 長尾春花さんを聴くのはかなり久しぶりになってしまった。彼女が2008年のロン=ティボー国際音楽コンクールで5位入賞を果たし、その翌年2009年2月に開催された記念のガラ・コンサートでドヴォルザークのヴァイオリン協奏曲を演奏した時以来である。どういう訳かいつもスケジュールが合わず、リサイタルも聴き逃していた。だから今回ムリして聴くことにしたのである。
 登場した時の表情はやや緊張気味に見えたが、曲が始まれば堂々たるプロの演奏である。第1楽章、第1主題は繊細なイメージで入ってきたが徐々にテンションが上がって力強くなっていく。第2主題は一転して優しげなニュアンスに。そしてつなぎのパッセージから展開部では、分散和音などにもハッキリとした音型があり、音の立ち上がりも明瞭で曖昧さがない。キリリと引き締まった演奏だ。カデンツァは溜め込んだエネルギーをゆっくり放出していく感じ。力強く、奔放でもある。再現部につないでいく分散和音の速めのテンポは、若さが溢れていて素晴らしいリズム感だ。フィニッシュに向けての強いパッセージは、けっこう攻撃的な演奏で、緊張感も高かった。
 第2楽章はオーケストラの音に対してやや大きめの音量で、抒情的な歌わせ方をしていた。音色は美しいだけでなく,艶やかな味わいがあり、ひとつひとつのフレーズの微妙なニュアンスも描き分けられていて、メンデルスゾーンならではのロマン的な音楽を引き出していたように思う。
 第3楽章では軽快なリズム感が弾むようで、これは若い女性ならでは。その中でも繰り返される主題に異なる表情が与えられていて、細やかな解釈がなされている。ヴァイオリンが大きく歌う部分でのルバートが効いていて、曲の表情が豊かに彩られていく。最後まで、軽快さを失わず、歌わせるところは大きく歌わせ、オーケストラとの呼吸もピッタリ合っていた。藤岡さんのサポートもキレがあって素晴らしい。フィナーレに向かっては、低音部からの力強いパッセージがオーケストラを煽り立てて行くようなイメージで、その後は快速に駆け抜けていく。最後の1音に入る前から、藤岡さんに会心の笑みが溢れた。フィニッシュでBravo!!の声が飛び交った(これはファンの方々かも)。
 長尾さんの演奏は、なかなかどうして素晴らしいものだった。全体的にパッションが溢れ、強気とも攻撃的とも取れる演奏なのだが、どこかに品の良い優しさがあって、あまり極端には尖らせないのだ。力強い低音から伸びのある高音まで、音に太い芯が通っている感じで、ひ弱さがない。このクラスになれば技術的には全く問題ないし、むしろ超絶技巧的なパッセージの中でも表現力多彩さがあり、非常に豊かな音楽を生み出していたと思う。ベタ褒めになったしまったが、期待をハルカ(駄洒落ではありません)に上回る素晴らしい演奏だったことは間違いない。長尾春花さん、Brava!!であった。

【8】諏訪内晶子 パーヴォ・ヤルヴィ指揮 パリ管弦楽団
 2011年11月26日(土)18:00~ サントリーホール

 【曲目】
  ウェーバー: 歌劇『魔弾の射手』序曲
  メンデルスゾーン: ヴァイオリン協奏曲ホ短調作品64*
  《アンコール》
   J.S.バッハ: 無伴奏ヴァイオリン・パルティータ 第3番より「ルイエ」*
  ベルリオーズ: 幻想交響曲作品14
  《アンコール》
   ビゼー:『アルルの女』第2組曲より「ファランドール」
   ビゼー: 小組曲『こどもの遊び』から「ギャロップ」
   シベリウス:「悲しきワルツ」
 今年、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲を聴くのは実に7回目。いよいよ真打ち登場ということになる。
 諏訪内さんの演奏は、昨年2010年3月にサカリ・オラモ指揮+ロイヤル・ストックホルム・フィルとの共演でブルッフのヴァイオリン協奏曲を、5月にユーリー・バシュメット指揮+ノーヴァヤ・ロシア交響楽団との共演でショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲第1番を、12月にワレリー・ゲルギエフ指揮+ロンドン交響楽団との共演でシベリウスのヴァイオリン協奏曲を2度聴いた。今年には、6月にクシシュトフ・ウルバンスキ指揮+東京交響楽団との共演でシマノフスキのヴァイオリン協奏曲第2番を聴いている。要するに最近ほとんとすべて聴いているのだが、メンデルスゾーンは最近の記憶に残っていないから、だいぶ久しぶりなのだろう。
 パーヴォさんのやや速めの軽快なテンポに乗って、諏訪内さんのヴァイオリンの音は相変わらず絹のような肌触りの美しさだ。艶やかで潤いがあり、官能的ですらある。もちろん、ただ美しい音色で演奏しているだけではない、楽曲の解釈にこそ目新しさは感じられなかったが、スタンダードにこそ王道がある、といわんばかりの堂々たる演奏だ。繊細で華麗でありながら、心の奥底に鬼火のような青い火が燃えるような、熱いパッションが根底にあり、それを大人の理性で抑制して、精神の均衡を保っているようなイメージの演奏である。強くは主張しない。しかし音楽は決して弱くはないのである。今年この曲を聴いたヴァイオリニストの中では最年長(失礼)ということもあり、まさに大人の女性の官能美であった。細かなことを述べる必要もない、すばらしい演奏であった。
 ただし今日はいつものように、ソリストの正面の席ではなく、2階のLBブロック。ステージの左側の真横から見る位置だったために、音響的には残念な結果になってしまった。諏訪内さんの演奏スタイルは、指揮者の方向から正面客席の方向までのおよそ90度の範囲に身体を回転させながらである。私の席の方からでは、背中から横顔までになる。この位置関係だと、とくに指揮者の方を向いている時(背中が見える)にはヴァイオリンの音が身体に遮られるカタチになり、音が来なくなるのが非常にもどかしかった。もともと諏訪内さんのヴァイオリンは音量がかなり豊かで、遠くの席まで十分に届く。だから音量的には問題なく聞こえているのに、くもった音になってしまうのがとても残念だった。予算を少々ケチったのが原因で、やはりいつものように1階の正面を取るべきだったと悔やまれてならない。演奏が素晴らしかっただけに、なおさらであった。

*   *   *   *   *


 こうしてみてみると、この1年間、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲は、日本を(あるいは世界を)代表するヴァイオリニストたちによって演奏されてきたことが分かる。彼女たち(そういえば偶然にも全員が女性)の演奏は、それぞれ個性が十分に発揮されていて、同じ曲であっても微妙に(時にはかなり)異なって聞こえる。また、協奏曲の場合はオーケストラとの「協奏」が曲の仕上がりを大きく左右することになるので、ソリストだけを評価する訳にもいかない。そういう意味で、個性的ではあっても完成度の高かったのは、やはり外来組で、庄司紗矢香+テミルカーノフ指揮サンクトペテルブルグ・フィルと諏訪内晶子+ヤルヴィ指揮パリ管ということになるだろう。ソリストだけを見た場合は、川久保さんも素晴らしかったし、若手では南さんが一歩抜きん出ていて、長尾さんと尾池さんが後を追う感じだ。それでも、指揮者やオーケストラとの組み合わせが変われば、また違った演奏が飛び出すに違いない。
 そもそも協奏曲の場合、ソリストと、指揮者、オーケストラが同じ組み合わせで同じ協奏曲を演奏する機会は二度と訪れないかもしれない。だからこそ、その一期一会にすべてを燃焼させるという醍醐味がある。今年は同じメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲を7回聴いただけに、この曲の持つ「深み」に触れたような気がする。演奏家たちによって、曲の持つ「個性」の引き出し方が全然違う。演奏家たちが曲の「個性」に押さえ込まれてしまうか、あるいは「個性」を超えて新しい価値を生み出すことができるか。協奏曲には、そんな楽しみがいっぱい詰まっている。

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