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Bravo! オペラ & クラシック音楽

オペラとクラシック音楽に関する肩の凝らない芸術的な鑑賞の記録

4/30(水)アリーナ・イブラギモヴァ/イザイ無伴奏ソナタ全曲で聴かせた明晰で情熱的な演奏

2014年05月04日 00時09分28秒 | クラシックコンサート
アリーナ・イブラギモヴァ イザイ 無伴奏ヴァイオリン・ソナタ全曲

2014年4月30日(水)19:00~ トッパンホール 指定席 1階 1列 12番 6,000円
ヴァイオリン: アリーナ・イブラギモヴァ
【曲目】
イザイ: 無伴奏ヴァイオリン・ソナタ 作品27全曲
     第1番 ト短調 作品27-1(献呈: ヨーゼフ・シゲティ)
     第2番 イ短調 作品27-2(献呈: ジャック・ティボー)
     第3番 ニ短調 作品27-3「バラード」(献呈: ジョルジェ・エネスク)
     第4番 ホ短調 作品27-4(献呈: フリッツ・クライスラー)
     第5番 ト長調 作品27-5(献呈: マチュー・クリックボーム)
     第6番 ホ長調 作品27-6(献呈: マヌエル・キロガ)

 ロシア生まれの英国育ち、可憐な妖精のようなヴァイオリニスト、アリーナ・イブラギモヴァさんの7ヶ月ぶりのリサイタルである。前回は2013年9月、王子ホールで、ビアノのセドリック・ティベルギアンさんと息のあったデュオで、ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ全曲演奏を連続3日間かけて行った(9/189/199/20)。そして今回は、イザイの「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ作品27」の全曲演奏会である。若いのに、けっこうハードなプログラムがお好きなようだ。もちろんそれだけの自信もあるのだろうし、実際に印象に強く残る演奏をする人だ。前回はデュオならではの素晴らしさを十分に発揮していた。それならば、無伴奏ソロでの演奏はどうなるのか、非常に楽しみであった。しかも前回の王子ホールのツィクルスと同様に、今回も最前列の真正面席を確保することができたのである。

 トッパンホールのステージがやたらに広く感じられるのは、中程に譜面台がひとつ、ポツンと置いてあるだけだからだ。開演時刻を過ぎ、やがて照明が入って登場したアリーナさんは、ウェストを引き締めたパンツ・スタイルで全身黒のお衣装に、10cmくらいのピンヒール。小柄ながらも立ち姿は凛とした風格がある。

 1曲目はヨーゼフ・シゲティに献呈された第1番ト短調。4楽章構成。といっても古典的な4楽章構成とはほど遠い、ロマン派後期の自由で爛熟した曲想と構造である。ヴァイオリンの名手であったイザイにしか書けないような、過激な技巧が満載されている。
 アリーナさんはいきなり、デュオの時とはまったく違って、あきらかに個性を前面に押し出してくる。難度の高い重音奏法が続くが、異なる声部を異なる音色で弾き分け、非常に明晰な造形である。ひとつにはこの難解かつ超絶技巧の曲にして完璧とも言える音程と、すべての音符を明瞭に音に変えていく正確さ、多声部を弾き分ける技術、そして曲想によって変化する多彩な音色。さらに付け加えるなら、リズム感も抜群で、曲の流れが溌剌としていて素晴らしい。惜しむらくは、1曲目ということもあってか、ちょっと手探り状態のような印象も感じられたことだろうか。

 2曲目はジャック・ティボーに献呈された第2番イ短調で、この曲も4楽章構成。全6曲の中でも演奏頻度の高い人気曲のひとつである。4つの楽章には、それぞれ「妄執」「憂鬱」「影たちの踊り」「復讐の女神たち」という標題がつけられているが、全体を通じてグレゴリオ聖歌の「怒りの日」の主題に支配されている。
 1曲目で大きな拍手をもらって気をよくしたのか、2曲目では一段とノリが良くなった。非常にダイナミックレンジが大きくなり、弱音と強音が極端な対比で描き出されてくる。第1楽章は軽やかな出だしの1フレーズに対して続く強音は破壊的にエネルギーを見せる。そうした対比の中から、「怒りの日」の主題が明瞭に浮き上がってくる。それも異なる声部を見事に弾き分ける巧さ故のことだ。第2楽章は緩徐楽章で、弱音器を付けて芯を毛糸でくるんだような柔らかな音色に変える。第3楽章のピツィカートはクッキリとした音色を出し、メリハリも鮮やか。「怒りの日」がカタチを変え、音色を変え、声部を変えて登場する。巧みなボウイングで、後半は超絶技巧が冴え渡った。第4楽章は燃えさかる炎のような激しい曲想に対して、アリーナさんのヴァイオリンも火を吐くような過激さを見せる。一段と大きくなったダイナミックレンジが、聴いている者の心をかきむしるような、感情を逆撫でするような、揺さぶりをかけてくるようだ。
 まったく激情的であり見事な演奏であるとしか言いようがないが、強いてアリーナさんの弱点を言うなら、最弱音で高音のフラジオレットがカスレ気味になってしまうことだろうか。これは彼女が、ppをppppくらいに音量を抑え込んでいるからだと思う。もう少し音量を出せば綺麗な音が出るのだろうが、そこはこだわりがあるのだろう。

 3曲目はジョルジェ・エネスクに献呈された第3番ニ短調「バラード」。序奏を持つ単楽章の自由な形式の曲であり、演奏時間も8分程度と手頃なのでコンサート・ピースとして人気が高い。アリーナさんの演奏は、序奏部分から緊張感が極度に張り詰め、エネルギーが漲っている。主部に入ってからの湧き上がってくるような力強いパワーと、ロマン的な主題の叫ぶような力感が、聴いている私たちにヒシヒシと伝わって来て、思わず肩に力が入ってしまう。過激な重音奏法による多声的な構造もクッキリと描かれていたし、フィニッシュに向けてテンポを上げながらの超絶技巧も素晴らしい。漲る緊張感と極度の集中力が創り上げた名演だと思う。この時点で完全に、Brava!!

 20分以上の長めの休憩を挟んで後半。4曲目はフリッツ・クライスラーに献呈された第4番ホ短調。古典的な急-緩-急の3楽章構成ではあるが、そこはイザイだけあって一筋縄ではいかない。クライスラーに献呈されているだけに、濃厚なロマン主義の香りにも包まれている。第1楽章はそのロマン性が比較的強く前面に打ち出された演奏に思えた。第2楽章はピツィカートから始まるがメリハリを効かせた技巧が冴える。続く主部では濃淡を美しく対比させた演奏が素敵だ。第3楽章は無窮動的に上下する技巧的なパッセージが、躍動感に満ちていつつくっきり明瞭に描き出されている。アリーナさんの正確無比な技巧は、お見事そのもの。素晴らしいの一語に尽きる。

 5曲目はマチュー・クリックボーム(イザイの弟子)に献呈された第5番ト長調 。2楽章構成で、それぞれに「曙光」「田舎の踊り」という標題が付けられている。第1楽章「曙光」では曖昧な調性と不安定なリズム(自由な拍)で、印象主義的、あるいは観念的に、未明の静寂を突き破って夜明けの光が満ちてくるイメージが描き出されている(ように感じられる)。この曖昧で不安定なイメージを、アリーナさんのヴァイオリンは明晰な演奏で、くっきりとしたカタチとして描き出していく。左手のピツィカートの連打も、効果音のように異質な響きとなっていた。後半の劇的な旋律は世界が光で満ちていくイメージ。第2楽章「田舎の踊り」5拍子が使われるなど、踊りには難しそうだが、音楽的には見事な躍動感がある。それにしてもこの曲に関しては、アリーナさんの演奏は、多様な色彩感を見せる。超絶技巧も凄まじいものがあるが、やはり表現の多彩さ、色彩の豊富さの方に、彼女の並々ならない才能を感じさせた。

 最後はマヌエル・キロガに献呈された第6番ホ長調。第3番と同じく単楽章で自由な形式の曲である。あたかも即興演奏のような奔放さが魅力的で、ロマン派後期の爛熟した音楽である。もうここまで来ると、アリーナさんの技巧と、表現力の豊かさ、そしてダイナミックでエネルギッシュな演奏のスタイルに完全にマイッタ感じだ。

 さて、イザイの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ全6曲を通して聴き終えての感想をおさらいしておこう。アリーナさんの演奏は、まずダイナミックレンジがとても広い。最弱音は最前列でもかすかに聴き取れるくらいだが、最強音はたった1つの楽器が生み出す音とは思えないくらい大きく豊かに鳴っている。イザイは重音などの激しい奏法が多いこととトッパンホールの響きの良さも影響しているのかも知れないが、豊かな音量には驚かされた。しかもメリハリが効いていてダイナミック。情熱的な演奏なのである。
 ところが、どんなに速いパッセージでも、どんなに複雑な和声であっても、完璧な音程と明瞭な音色で、全体が非常にクリヤーで明晰な印象となっているのも事実だ。すべての音符が正確に演奏されているという印象がある一方で、その表現力の多彩さ、豊かさは、楽曲の解釈に確固たる自信があるからできることだと思う。多声的で複雑な構造の楽曲に対して、異なる声部を音色を変えて弾き分けていくのでとても明瞭になる。その際の主旋律の浮かび上がらせ方が上手く、楽曲の構造が聴くものに分析的に伝わって来るのである。これは分かっていてもなかなかできることではない。イザイの曲は、ちょっと無造作に弾くとその辺が混沌としてしまう。
 アリーナさんは、鍛え抜かれた超絶技巧を駆使して、やや誇張された表現をすることによって、楽曲の持つ本質的な構造の見事さを浮き彫りにすることに成功していた。冷徹な分析力で情熱的な演奏をする。恐るべき完成度ではあるが、これをもって彼女のイザイの完成形だとは思えない。まだまだ余白がありそうである。次にまた、彼女のイザイ全曲を聴く機会があるとしたら、その時はどれほどの驚きと感動をもたらしてくれるのか、楽しみである。


 終演後は恒例のサイン会であるが、何しろ前回のベートーヴェンの全曲の時は3日連続だったので、持っているCDすべてにすでにアリーナさんのサイン入りとなっている。明日の仕事のこととか、他の要素もあったので、今回は残念ながらパスさせていただいた。サイン会に参加した友人によると、交代でツーショット写真を撮ったりしてファンサービスも素晴らしかったとか。画像はその友人から拝借したもの。ほんわかしたムードで人柄もとても魅力的なアリーナさんである。

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【お勧めCDのご紹介】
 アリーナ・イブラギモヴァさんはイザイの楽曲はまだCDにはなっていません。彼女のこれまでリリースされたCDの中での代表作は、何といっても「ベートーヴェン: ヴァイオリン・ソナタ全集」でしょう。ピアノはセドリック・ティベルギアンさん。2010~2011年、ロンドンのウィグモア・ホールにおけるライブ録音の輸入盤で、3枚組のBOX仕様です。もともと1枚ずつリリースされたCDをセットにしたものですので、もちろんバラでも買うことができます。

ベートーヴェン : ヴァイオリン・ソナタ全集 (Beethoven : Violin Sonatas Vol.1~3 / Alina Ibragimova , Cedric Tiberghien) [3CD Box] [輸入盤・日本語解説付]
ベートーヴェン,アリーナ・イブラギモヴァ (ヴァイオリン),セドリック・ティベルギアン (ピアノ)
Wigmore Hall Live / King International

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