越谷サンシティ/第131回ティータイム・コンサート/河村尚子ピアノ・リサイタル
2011年1月22日(土)14:00~ 越谷サンシティホール・小ホール 指定 2列 22番 3,300円
ピアノ: 河村尚子
お話し: 岡部真一郎
【曲目】
ショパン: ピアノ・ソナタ 第2番 変ロ短調 作品35「葬送」
ショパン: 3つのマズルカ 作品59
ショパン: スケルツォ 第3番 嬰ハ短調 作品39
ワーグナー(リスト編): 「イゾルデの愛の死」
シューベルト(リスト編):「糸を紡ぐグレートヒェン」
シューベルト(リスト編):「美しい水車小屋の娘」より「水車屋と小川」
シューマン(リスト編):「献呈」
リスト: 愛の夢 第3番
リスト:「巡礼の年 第2年 イタリア」より「ダンテを読んで」
《アンコール》ショパン ノクターン 嬰ハ短調〈遺作〉
気がついてみると、今年に入ってからはピアノばかり聴いている。河村尚子さんも今日でもう今年3回目だ。協奏曲、室内楽に続いて、リサイタル。ちょっと地方バージョンで、越谷コミュニティセンター主催による第131回ティータイム・コンサートだ。休憩時間に飲み物が出たり、レクチャー付きだったりと、マニア向けの雰囲気ではないが、曲目を見てもわかるように、テーマを決めた凝った曲の構成で、本格的なリサイタル・プログラムである。
14時に開演し、岡部真一郎さんの軽妙なレクチャーが終わると、河村さんがシックな黒のドレスでにこやかに登場。ご自身の間合いで、ショパンのソナタが始まる。ちょっと速めのテンポで軽快に主題を提示してゆく。おや、と気がついたのは、ピアノの音がとても良いということだ(楽器自体の音が良いという意味)。以前この会場で聴いた時と違い、楽器本来のポテンシャルが十分に発揮されているように思えた(調律が良かったのかも)。その結果、河村さんの演奏も非常に色彩感が豊かに感じられた。主題ごと、パッセージごと、1音ごとに表情を変える河村さんのピアノが、さまざまな音色を繰り出してくるのが、妙にリアルに感じられた。
第2楽章のスケルツォでは弾むようなリズム感と、中間部の抒情的な旋律の対比が素晴らしい。曲の表情はもちろんのこと、音色がぜんぜん違う。いつものように、口ずさみながらの演奏は、曲想にピッタリ合っているだけでなく、人の声のように音色までも変えてしまう。
第3楽章の葬送行進曲では、低音部の和音を刻む豊かな響きが素晴らしい。強すぎる打鍵だとどうしても硬質な音色になってしまうのだが、河村さんのピアノはffでも柔らかさを失わなずに、ピアノを良く鳴らしている。中間部の天国的なppの美しさも絶品だった。
第4楽章の不思議な調べはさざ波が立つ小川のせせらぎに光が反射してキラキラ輝いているようだった。1曲目から重厚なピアノ・ソナタだったが、さりげなく弾いている華麗なテクニックもさることながら、表情豊かな表現力と多彩な音色の変化は、やはり第一級のピアニストであることを物語っている。
続く3つのマズルカとスケルツォ第3番も、素晴らしい演奏の連続。河村さんはドイツ在住で、ドイツ・ロマン派の音楽を得意としているようだが、(良い意味で)女性的な繊細でエレガントな演奏スタイルは、ショパンにね良く合っている。
休憩のティータイムの後、後半の開始は、岡部さんと河村さんのお話で始まる。河村さんによると、今日のリサイタルの構成テーマは「愛と死」。なるほど、後半の曲目は、オペラや歌曲の中から「愛と死」を題材にしたものを選んでいる。「愛と死」は「IとC」だといい、4/26に予定されている「B→C(ビー・トゥー・シー)」のリサイタルを告知。やっぱり、語呂合わせの洒落が好きな河村さんらしい。ついでにいえば、4/7には東京春音楽祭でやはりリサイタルが予定されており、そこでは今日の後半と同じ曲目がプログラムされている。
彼女は、現在、ドイツのハノーファーに在住気分転換になるので料理も自炊しているとか。毎日、3~6時間も練習している。1年の1/4くらいは日本での活動に当てているという。今年の秋には、ベルリン放送交響楽団の来日公演ツアーに参加することが決まっていて、演奏曲目は、ベートーヴェンのピアノ協奏曲「皇帝」。またまた楽しみが増えてしまった。
後半はリスト生誕200年記念年に合わせてリストの曲を集めた。テーマである「愛と死」に即した曲で、リスト編曲のものだ。リストは管弦楽曲や交響曲、さらには歌曲やオペラまでをピアノ用に多数編曲しているが、それらの曲もピアノ・リサイタルではあまり聴く機会がないだろう。そういう意味で、今日のリサイタルは面白い体験になった。もっとも、今年はリスト・イヤーだから、こういう機会も多くなるかもしれないが…。
「イゾルデの愛の死」はオペラ『トリスタンとイゾルデ』の最後の場面で、管弦楽曲としても有名な「愛の死」をリストがピアノに編曲したもので、荘厳華麗なワーグナーのオーケストラをたった1台のピアノで見事に表現している。「糸を紡ぐグレートヒェン」と「水車屋と小川」はいずれも恋模様が歌われるシューベルトの有名な歌曲。「献呈」は妻への愛を歌ったシューマンの歌曲が原曲だ。「愛の夢 第3番」はピアノの名曲として有名だが、リスト自信の歌曲をピアノ用に編曲したもの。「ダンテを読んで」は「ソナタ風幻想曲」と副題の付いた17~8分のピアノの大曲。交響詩を生み出したといわれるリストだけあって、ピアノの表現力は図抜けている。物語の進行が映像のような具象的な音楽で表現されていく。
河村さんのピアノは、多彩な音色とキレの良いリズム感で、表情豊かに演奏されていた。「イゾルデの愛の死」は最後の最後の瞬間まで解決されない葛藤を狂おしい色調で演奏、オペラを聴いているような、ドキドキする高揚感を感じさせてくれた素晴らしい演奏だった。シューベルトとシューマンは、彼女の好きなドイツ・ロマン派の代表的な歌曲だけに、一段と流麗な演奏となった。人間の歌唱のように、息遣いを感じる旋律の歌わせ方が、秀逸。「愛の夢 第3番」は、さすがにこのクラスのピアニストが弾くと、子供の頃から聴き慣れた曲も、一気に優れた芸術作品になる。愛への憧れが微妙なニュアンスで描かれていた。「ダンテを読んで」は、物語的な標題表現にこそ河村さんの多彩な表現力が見事に発揮され、見事な演奏であった。高度な技巧が要求される曲だけに、圧倒的なテクニックと怒濤のような推進力でエンディングを弾き切った時、盛大な拍手とBravo!が飛んだ。しかし、派手な技巧の披露よりも、明るく多彩な音色と豊かな情感の込められた表現力こそが、彼女の最大の持ち味だろうと思う。
後半のプログラムは、河村さんにとっても新しい試みの曲が多かったのだろう。演奏中の彼女の表情は、いつものようなノリノリな感じではなく、鍵盤を睨む視線も真剣そのもの、歌いながら弾くというスタイルも景を潜め、緊張の度合いが高かったようだ。もちろん、それによって演奏の質がどうこうということはないと思うが、より弾き込んでくれば、さらに表現に厚みが出てくるのではないかと思う。その意味では、4/7の東京春音楽祭でのリサイタルがに、またひとつ楽しみが増えたことになった。
アンコールは、ショパンのノクターン嬰ハ短調〈遺作〉。皆、この曲が大好きです。今日の河村さんは、リサイタルでこれだけのプログラムを終えた後だけに、ちょっとお疲れ気味だった様子。それでも、演奏はやっぱり美しい…。
今日は、ちょっと地方の地味目なコンサートで、入りもあまり良くはなく、500席弱の小ホールに七割くらいしか入っていなかった。首都圏内で、東京から1時間以内で来られる地域にもかかわらず、マーケティング的には急に難しくなってしまうのが、残念と言えば残念。しかし、越谷サンシティホールのティータイム・コンサートは、なかなか素晴らしい企画することがあり、意外と目が離せないのだ。会場でも今後の開催予定のチケットを販売していたので、5/14(土)の松山冴花&津田裕也デュオ・リサイタルのチケットを確保しておいた。都心だけでなく、ちょっと足を伸ばせば、素敵なコンサートが意外とあるものだ。
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2011年1月22日(土)14:00~ 越谷サンシティホール・小ホール 指定 2列 22番 3,300円
ピアノ: 河村尚子
お話し: 岡部真一郎
【曲目】
ショパン: ピアノ・ソナタ 第2番 変ロ短調 作品35「葬送」
ショパン: 3つのマズルカ 作品59
ショパン: スケルツォ 第3番 嬰ハ短調 作品39
ワーグナー(リスト編): 「イゾルデの愛の死」
シューベルト(リスト編):「糸を紡ぐグレートヒェン」
シューベルト(リスト編):「美しい水車小屋の娘」より「水車屋と小川」
シューマン(リスト編):「献呈」
リスト: 愛の夢 第3番
リスト:「巡礼の年 第2年 イタリア」より「ダンテを読んで」
《アンコール》ショパン ノクターン 嬰ハ短調〈遺作〉
気がついてみると、今年に入ってからはピアノばかり聴いている。河村尚子さんも今日でもう今年3回目だ。協奏曲、室内楽に続いて、リサイタル。ちょっと地方バージョンで、越谷コミュニティセンター主催による第131回ティータイム・コンサートだ。休憩時間に飲み物が出たり、レクチャー付きだったりと、マニア向けの雰囲気ではないが、曲目を見てもわかるように、テーマを決めた凝った曲の構成で、本格的なリサイタル・プログラムである。
14時に開演し、岡部真一郎さんの軽妙なレクチャーが終わると、河村さんがシックな黒のドレスでにこやかに登場。ご自身の間合いで、ショパンのソナタが始まる。ちょっと速めのテンポで軽快に主題を提示してゆく。おや、と気がついたのは、ピアノの音がとても良いということだ(楽器自体の音が良いという意味)。以前この会場で聴いた時と違い、楽器本来のポテンシャルが十分に発揮されているように思えた(調律が良かったのかも)。その結果、河村さんの演奏も非常に色彩感が豊かに感じられた。主題ごと、パッセージごと、1音ごとに表情を変える河村さんのピアノが、さまざまな音色を繰り出してくるのが、妙にリアルに感じられた。
第2楽章のスケルツォでは弾むようなリズム感と、中間部の抒情的な旋律の対比が素晴らしい。曲の表情はもちろんのこと、音色がぜんぜん違う。いつものように、口ずさみながらの演奏は、曲想にピッタリ合っているだけでなく、人の声のように音色までも変えてしまう。
第3楽章の葬送行進曲では、低音部の和音を刻む豊かな響きが素晴らしい。強すぎる打鍵だとどうしても硬質な音色になってしまうのだが、河村さんのピアノはffでも柔らかさを失わなずに、ピアノを良く鳴らしている。中間部の天国的なppの美しさも絶品だった。
第4楽章の不思議な調べはさざ波が立つ小川のせせらぎに光が反射してキラキラ輝いているようだった。1曲目から重厚なピアノ・ソナタだったが、さりげなく弾いている華麗なテクニックもさることながら、表情豊かな表現力と多彩な音色の変化は、やはり第一級のピアニストであることを物語っている。
続く3つのマズルカとスケルツォ第3番も、素晴らしい演奏の連続。河村さんはドイツ在住で、ドイツ・ロマン派の音楽を得意としているようだが、(良い意味で)女性的な繊細でエレガントな演奏スタイルは、ショパンにね良く合っている。
休憩のティータイムの後、後半の開始は、岡部さんと河村さんのお話で始まる。河村さんによると、今日のリサイタルの構成テーマは「愛と死」。なるほど、後半の曲目は、オペラや歌曲の中から「愛と死」を題材にしたものを選んでいる。「愛と死」は「IとC」だといい、4/26に予定されている「B→C(ビー・トゥー・シー)」のリサイタルを告知。やっぱり、語呂合わせの洒落が好きな河村さんらしい。ついでにいえば、4/7には東京春音楽祭でやはりリサイタルが予定されており、そこでは今日の後半と同じ曲目がプログラムされている。
彼女は、現在、ドイツのハノーファーに在住気分転換になるので料理も自炊しているとか。毎日、3~6時間も練習している。1年の1/4くらいは日本での活動に当てているという。今年の秋には、ベルリン放送交響楽団の来日公演ツアーに参加することが決まっていて、演奏曲目は、ベートーヴェンのピアノ協奏曲「皇帝」。またまた楽しみが増えてしまった。
後半はリスト生誕200年記念年に合わせてリストの曲を集めた。テーマである「愛と死」に即した曲で、リスト編曲のものだ。リストは管弦楽曲や交響曲、さらには歌曲やオペラまでをピアノ用に多数編曲しているが、それらの曲もピアノ・リサイタルではあまり聴く機会がないだろう。そういう意味で、今日のリサイタルは面白い体験になった。もっとも、今年はリスト・イヤーだから、こういう機会も多くなるかもしれないが…。
「イゾルデの愛の死」はオペラ『トリスタンとイゾルデ』の最後の場面で、管弦楽曲としても有名な「愛の死」をリストがピアノに編曲したもので、荘厳華麗なワーグナーのオーケストラをたった1台のピアノで見事に表現している。「糸を紡ぐグレートヒェン」と「水車屋と小川」はいずれも恋模様が歌われるシューベルトの有名な歌曲。「献呈」は妻への愛を歌ったシューマンの歌曲が原曲だ。「愛の夢 第3番」はピアノの名曲として有名だが、リスト自信の歌曲をピアノ用に編曲したもの。「ダンテを読んで」は「ソナタ風幻想曲」と副題の付いた17~8分のピアノの大曲。交響詩を生み出したといわれるリストだけあって、ピアノの表現力は図抜けている。物語の進行が映像のような具象的な音楽で表現されていく。
河村さんのピアノは、多彩な音色とキレの良いリズム感で、表情豊かに演奏されていた。「イゾルデの愛の死」は最後の最後の瞬間まで解決されない葛藤を狂おしい色調で演奏、オペラを聴いているような、ドキドキする高揚感を感じさせてくれた素晴らしい演奏だった。シューベルトとシューマンは、彼女の好きなドイツ・ロマン派の代表的な歌曲だけに、一段と流麗な演奏となった。人間の歌唱のように、息遣いを感じる旋律の歌わせ方が、秀逸。「愛の夢 第3番」は、さすがにこのクラスのピアニストが弾くと、子供の頃から聴き慣れた曲も、一気に優れた芸術作品になる。愛への憧れが微妙なニュアンスで描かれていた。「ダンテを読んで」は、物語的な標題表現にこそ河村さんの多彩な表現力が見事に発揮され、見事な演奏であった。高度な技巧が要求される曲だけに、圧倒的なテクニックと怒濤のような推進力でエンディングを弾き切った時、盛大な拍手とBravo!が飛んだ。しかし、派手な技巧の披露よりも、明るく多彩な音色と豊かな情感の込められた表現力こそが、彼女の最大の持ち味だろうと思う。
後半のプログラムは、河村さんにとっても新しい試みの曲が多かったのだろう。演奏中の彼女の表情は、いつものようなノリノリな感じではなく、鍵盤を睨む視線も真剣そのもの、歌いながら弾くというスタイルも景を潜め、緊張の度合いが高かったようだ。もちろん、それによって演奏の質がどうこうということはないと思うが、より弾き込んでくれば、さらに表現に厚みが出てくるのではないかと思う。その意味では、4/7の東京春音楽祭でのリサイタルがに、またひとつ楽しみが増えたことになった。
アンコールは、ショパンのノクターン嬰ハ短調〈遺作〉。皆、この曲が大好きです。今日の河村さんは、リサイタルでこれだけのプログラムを終えた後だけに、ちょっとお疲れ気味だった様子。それでも、演奏はやっぱり美しい…。
今日は、ちょっと地方の地味目なコンサートで、入りもあまり良くはなく、500席弱の小ホールに七割くらいしか入っていなかった。首都圏内で、東京から1時間以内で来られる地域にもかかわらず、マーケティング的には急に難しくなってしまうのが、残念と言えば残念。しかし、越谷サンシティホールのティータイム・コンサートは、なかなか素晴らしい企画することがあり、意外と目が離せないのだ。会場でも今後の開催予定のチケットを販売していたので、5/14(土)の松山冴花&津田裕也デュオ・リサイタルのチケットを確保しておいた。都心だけでなく、ちょっと足を伸ばせば、素敵なコンサートが意外とあるものだ。
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