Bravo! オペラ & クラシック音楽

オペラとクラシック音楽に関する肩の凝らない芸術的な鑑賞の記録

5/19(火)アリス=紗良・オット再び/何度聴いても「パガニーニ大練習曲」の繊細さと超絶技巧に感嘆

2015年05月19日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
アリス=紗良・オット ピアノ・リサイタル 2015

2015年5月19日(火)19:00~ 東京オペラシティ・コンサートホール S席 1階 1列 13番 5,400円(会員割引)
ピアノ: アリス=紗良・オット
【曲目】
ベートーヴェン: ピアノ・ソナタ 第17番 ニ短調 作品31-2「テンペスト」
J.S.バッハ: 幻想曲とフーガ イ短調 BWV.944
J.S.バッハ/ブゾーニ編: シャコンヌ ニ短調
リスト: 愛の夢 第2番/第3番
リスト: パガニーニ大練習曲
    第1番 ト短調「トレモロ」/第2番 変ホ長調「オクターヴ」/第6番 イ短調「主題と変奏」
    第4番 ホ長調「アルペッジョ」/第5番 ホ長調「狩り」/第3番 嬰ト短調「ラ・カンパネッラ」
《アンコール》
 ショパン: 24の前奏曲 作品28より第15番 変ニ長調「雨だれ」
 グリーグ: 叙情小曲集 第10集 作品71より第3番「小妖精」

 アリス=紗良・オットさんの今年2015年の来日リサイタル・ツアーは、全国10都市で合わせて11公演が予定された。東京だけが2回である。はじめの方は、先日5月14日に東京文化会館で「都民劇場」の定期公演として開催されたもので、すでにレビューした通り。本日は東京での2回目、ツアー全体では6回目にあたり、Japan Artsの主催で東京オペラシティ・コンサートホールでの公演となる。今回のツアーでは、全11公演をすべて同じプログラムで通している。それだけに集中力の高い演奏が期待されるところだ。
 アリスさんが前回の公演の時に自ら語っていたように、ホールによって響きも違うし楽器も異なるので、演奏も違ったものになるだろうという。まったく同じプログラムであっても、同じ解釈によるアプローチの仕方で弾いているとしても、演奏家自身がその場の空気感と響きの違いをかなり敏感に感じ取るのであろう。私たちにその違いを感じ取るだけの能力があるかどうかは別として、である。
 今日の会場である東京オペラシティ・コンサートホールは、確かに東京文化会館とは響き方が全然違う。タイトな響きだが残響は濁りがなく長い。それでもリサイタルにはやや大きいといえそうだが、理想に近い演奏空間だといえる。使用されたピアノもコチラの方が角の尖っていないしなやかな音色を持っていて、豊かで大らかな響きであったように思う。そこで弾くアリスさんの気分も良さそうで、全体にノリの良い演奏であった(と思う)。ちなみに聴いていた席は最前列の中央ブロックの鍵盤側ということで、先日とほとんど同じ位置関係である。

 1曲目はベートーヴェンの「テンペスト」。第1楽章は序奏に続いてソナタ形式の主部に入ると、抑制的で落ち着いた佇まいを見せながらも、リズム感にしなやかな流れがある。第2主題も流れに乗ったような快活さがある。和音の響きも透明ですっきりとした印象があった。
 第2楽章は緩徐楽章。展開部のないソナタ形式である。ゆったりとした歌謡的な主題が自由に、表情豊かに歌われていく。はやくもアリスさんの鼻歌が聞こえた。メリハリのない抑制的な、淡々としたように聞こえるが、微細な表情や細やかなニュアンスの表現で、思ったより豊かな表情で描かれていた。とても抒情的な演奏である。
 第3楽章もソナタ形式。提示される第1主題が繰り返される度に鮮やかに表情を変える。旋律もリズムも同じ音型が繰り返されていくが、アリスさんの演奏は決して激情に走ることなく、むしろ淡々とした抑制的なものであるが、その中で実に表情が豊かに変化する。夢見るようであったり、自己を静かに見つめるようであったり、あくまで内省的な色合いでまとめながらも、表現の幅は広い。技巧的な派手さはないが繊細な表現が光る、純度の高い演奏であった。

 続いてJ.S.バッハの「幻想曲とフーガ イ短調」。本来はチェンバロなのだろうが、強弱を付けられるピアノの特性を上手に利用している。全体は音量があまり変化してしないのに、各声部の強弱のバランスが目まぐるしく変化し、主旋律が鮮やかに浮き上がるだけでなく、時に通奏低音の中から美しい旋律が浮かび上がったりする。快調なテンポの中から対位法の構造が分かりやすく描かれているようであった。濃厚なロマンティシズムさえ感じられる快演である。

 前半の最後はJ.S.バッハ/ブゾーニ編の「シャコンヌ」は、素材がバッハだというだけで、明らかに自由な感情表現を前面に押し出したロマン主義的な演奏。実に多彩な音色を駆使し、リズムにも力感が漲る。ダイナミックレンジが広く、スケール感も雄大である。スタインウェイの機能性を十分に発揮している。ある部分では豪快・壮大な建築物を見るようであり、ある部分では甘く語るラブ・ストーリーのようであったりと、その多彩さには舌を巻く。楽曲の持つ曲想に対して、イマジネーションを大きく膨らませてさらに一層豊かな描き方をするとは、アリスさんの音楽性の深いところを見た思いである。

 後半はリストの「愛の夢 第2番」から。アリスさんは一変してサロン音楽のような、自由・気まぐれな雰囲気を漂わせ、鼻歌交じりに弾いていく。そこには気負いがまったく感じられない。自然に湧き上がる楽興に身を委ねているようであった。
 続く「愛の夢 第3番」も同じくサロン風のさりげないタッチで曲が流れていくが、徐々に興が乗ってきて、気分が盛り上がっていく様子が見事に表現されている。誰でも知っているような超有名な曲であっても、アリスさんの手にかかると(ピアノの発表会などとは全然違って)原曲の素晴らしさに改めて気が付かされるのである。

 最後はリストの「パガニーニ大練習曲」。ヴァイオリン曲であるパガニーニの「24の奇想曲」と「ヴァイオリン協奏曲第2番」から6曲を抜き出してピアノ用の練習曲にまとめたものである。アリスさん希望により曲順が上記のように変更されて演奏された。
 第1番ト短調「トレモロ」は、伴奏側のトレモロ奏法が分厚い川の流れのように響き(ただし音は濁らずにすっきりしていた)その上に乗る主題は淡々とした描き方であった。左右の手が複雑に交錯したり重なったりするが、こうした技巧的な部分はアリスさんの得意とする面でもある。
 第2番変ホ長調「オクターヴ」は、無窮動的な装飾音の技巧的な部分をサラリと弾きながら、オクターヴで弾かれる主題は手の大きなアリスさんにとってはあまりに軽やかで鼻歌交じりだ。
 第6番イ短調「主題と変奏」は、有名な「24の奇想曲」の第24曲から主題を取った変奏曲。本来は終曲として大いに盛り上がるところだ。もともと曲が超絶技巧で書かれているとはいえ、アリスさんの弾きっぷりの鮮やかなこと。変奏曲だから多彩な表現が出てくるのは当たり前だが、原曲に輪をかけたような多彩に音色が飛び出してきて、さらには目にも止まらぬ速さで指が走り回るのを見ているだけで圧倒される。ダイナミックな表現も見事で、スケールの大きな演奏だ。
 第4番ホ長調「アルペッジョ」は超高速分散和音。弱音でまわす超絶技巧の中に繊細なニュアンスの表現が潜んでいて、アリスさんは微笑みながら弾いている。
 第5番ホ長調「狩り」は単体としてもアンコールなどでよく弾かれる可愛らしい曲だ。可憐な主部に挟まれた2つの中間部が超絶技巧で書かれていて、その対比も鮮やかに弾き分けるアリスさんの感性も豊かだ。
 最後に持ってきたのは第3番嬰ト短調「ラ・カンパネッラ」。パガニーニのヴァイオリン協奏曲第2番・第3楽章の主題による変奏曲である。誰でも知っている曲でもあり、アリスさんのデビューCD『リスト:超絶技巧練習曲』にもオマケで収録されているし、一頃はアンコールでもよく弾いていたから、やはり思い入れの強い曲なので終曲に選んだのだろう。演奏の方は最後を飾るのに相応しい華麗なもので、超絶技巧が冴えまくっているが音量を極端に抑制して、特徴的な高音部を鮮やかに描き出しているのはさすが。後半はグングン力感が増していき、広いダイナミックレンジを駆使して、最後は豪快に締めくくった。会場からはBravo!!が乱れ飛んだ。カーテンコールに応えるアリスさんも、さすがに呼吸がみだれていたくらい。素晴らしい演奏である。

 アンコールは前回と同じ2曲。ショパンの「雨だれ」は鼻歌交じりに、単調な旋律を優しく歌わせていた。この辺りの繊細な表現も素敵だ。最後はグリーグの「叙情小曲集 第10集」から第3番「小妖精」。超高速で妖精たちが小躍りしていた。

 さてこうして、アンコールを含めてまったく同じプログラムを2回聴いたことになる。聴き比べた感じでは(といっても記憶の中での話だが)、今日の方がノリが良かったような気がする。あるいはストレスの少ない演奏とでもいうべきか。まったくの私見だが、東京文化会館に比べてオペラシティの方が響きが良く音がまとまりやすい。文化会館では拡散してしまう音をつなぎ止めるためにペダルに神経を使ったのではないだろうか。オペラシティの方が自然に音が響くのでかえってピアノの音が澄んで聞こえたような気がする。ピアノ自体もコチラの方が柔らかい音が出ているように思えた。こうした環境がアリスさんに気分良く演奏させたのではないか・・・・などと勝手に憶測している。いずれにしても今日の演奏はBraaava!!


 終演後は恒例のサイン会。アリスさんは『ショパン・プロジェクト』というCDを4月29日にリリースしたばかりということもあって、CDは飛ぶように売れていたし、サイン会にはあっという間に長蛇の列。3回くらい折り返して並び、ホワイエが人でいっぱいになっていた。やはり人気の方も超一流である。サインの方は早々に諦め、サイン会が始まるまで待ってみた。アリスさんは私服に着替えて元気に現れたが、ステージではいつも裸足なので、足は洗ってきたのかしら、などと妙なことを考えてしまった(失礼)。

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【お勧めCDのご紹介】
 アリス=紗良・オットさんの最新アルバム『ショパン・プロジェクト』。オーラヴル・アルナルズさんというアイスランド出身のミュージシャン(POPS系らしい)とのコラボレーション・アルバムです。ショパンの楽曲を採り上げていますが、アルナズルさんによるアレンジやリコンボーズ(再作曲)したものを、様々な実験的な録音手法を用いて収録しています。したがって、アリスさんのアルバムではありますが、いわゆるクラシック音楽の演奏ではありません。ショパンのピアノ・ソナタ第3番、ノクターン第8番、11番、13番、20番、プレリュード「雨だれ」などを元曲に、ピアノや弦楽四重奏で演奏されます。ピアノもレイキャビク市内のバーで使われている古く調律の合っていないアップライトだったり・・・・創意と実件的な試みが詰まっています。クラシック音楽にばかり凝り固まっていずに、たまにはこういう変わった音楽を聴くのも面白いですよ。

ショパン・プロジェクト
アルナルズ,アリス=紗良・オット,アルナルズ(オーラヴル),オーラヴル・アルナルズ,アーナソン(ビクターオリ),サミュエルセン(マリ),オスカードゥティル(ビョーク),バルダーソン(ポラリン),ヨンスドッティル(ウンヌル),ジェンソン(ホールグリマー・ジョンス)
ユニバーサル ミュージック


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