Bravo! オペラ & クラシック音楽

オペラとクラシック音楽に関する肩の凝らない芸術的な鑑賞の記録

4/21(日)ユジャ・ワン/ピアノ・リサイタル/ツアー最終日にパワー全開/驚異的なエネルギーの放出

2013年04月23日 00時24分44秒 | クラシックコンサート
ユジャ・ワン ピアノ・リサイタル JAPAN2013

2013年4月21日(日)19:00~ サントリーホール・大ホール S席 1階 5列 26番 7,000円
ピアノ: ユジャ・ワン
【曲目】~曲目変更あり
スクリャービン: ピアノ・ソナタ第2番 嬰ト短調 作品19「幻想ソナタ」
プロコフィエフ: ピアノ・ソナタ第6番 イ長調 作品82
リーバーマン: ガーゴイル 作品29
ラフマニノフ: ピアノ・ソナタ 第2番 変ロ短調 作品36(1931年改訂版)
《アンコール》
 シューベルト/リスト編: 糸を紡ぐグレートヒェン
 ビゼー/ホロヴィッツ編: カルメンの主題による変奏曲
 グルック/ズガンバーティ編: メロディ
 プロコフィエフ: トッカータ ニ短調
 ショパン: ワルツ 第7番 嬰ハ短調 作品64-2
 ロッシーニ/ホロヴィッツ編: セビリアの理髪師

 キュートでエキセントリックなピアニスト、ユジャ・ワンさんのリサイタル2回目。ツアー最後となる今日はサントリーホールの大ホール、日曜日とはいえ、午後7時開演である。4日前(2013年4月17日)は小さなトッパンホールでの演奏であったため、いわば緊密な音楽空間という印象であったが、今日はサントリーホールの大きな空間にたった一人で1700名の聴衆を相手に真っ向勝負を挑み、圧倒的な勝利を収めた、といったところだ。つまり今日も非常にBraaaava!!な演奏だったということ。

 全回の記事にも記載したように、演奏曲目は当初発表されていたものから「演奏者の強い希望」により変更されて、最終的には【プログラムA】と【プログラムB】の2種類に落ち着いた。今日は【プログラムA】である。【プログラムB】だった前回のトッパンホールの時と違うのは、プロコフィエフのピアノ・ソナタ第6番が前半のメインに据えられていることだ。しかしそれによって何かが大きく変わったということはない。選曲はあくまでユジャさん流、つまり彼女の魅力が最大限に発揮できるような曲であることに間違いない。

 さて、まずトッパンホールとの違いを書いておこう。今日の席は1階の5列目センターブロックの右寄り。すなわちピアノの演奏を録音する際にマイクロフォンを立てる角度(蓋を開けて、ピアノ前面のへこんだ曲面の辺り)の延長線上で、比較的至近距離、おそらくピアノの音響に関してはかなり良いポジションだと思われる。トッパンホールが最前列のセンターやや鍵盤側だったので、今日は音響の優れた席を選んだのである。
 実際に聴いた印象はかなり違う。ユジャさんは基本的にはヴィルトゥオーソ・ピアニストで、音量はかなり大きい方だと思う。トッパンホールではビリビリ響いてくるような音圧を感じたが、サントリーホールではホールの大きな空間に音が拡散して柔らかくなるのが分かる。楽器からの適度な距離感がうまく作用して、雑味のないクリアなサウンドで、ピアノ本来の(というよりはスタインウェイの)機能が十分に発揮されたようだ。さらに、楽器そのもののコンディションも良かったようである。ピアノは機械的な楽器だから、製造上のムラがある(出来の良し悪しという意味ではなく、個性と呼ぶべきもの)。また調律によってもけっこう変わるらしい。この辺りの理由だとは思うが、今日のスタインウェイは極めて「良い音」が出ていた。これは、トッパンホールと両方聴いた友人たちにも共通の印象だったので、おそらく私の「気のせい」ではなかったようである。

 さて今日も大胆なお衣装は変わらず。各会場で聴いた人から入ってくる情報によっても、今回のツアーは「超ミニ」で通したようだ。前半は右肩が露出した黒の超ミニと黒のストッキングに12cm以上の黒のピンヒール。後半は深紅のチューブドレスが目にも鮮やかであった。ふう。

 スクリャービンの「幻想ソナタ」は、第1楽章の後期ロマン派風の濃厚な抒情性が、清冽なピアノによって美しく描かれていく。第2楽章のダイナミズムとの対比も鮮やかな光彩となって輝かしかった。
 続くプロコフィエフの「ピアノ・ソナタ第6番」は、一言で言ってしまえば、怒濤のごとき演奏。いわゆる「戦争ソナタ」の中の1曲だが、諧謔性に富んでいるはずのこの曲が、突撃をかけているような圧倒的な推進力と、強烈なリズムの連打で迫ってくる。迸るエネルギーが聴いている私たちの心(いや身体)を揺さぶりかけるような、パワフル名演奏であった。

 後半の1曲目、リーバーマンの「ガーゴイル」は、聴くのも2度目となると曲の全体像も見えてくる。短い4曲の組曲という形式になっているのだが、急-緩-△-急の4楽章構成と見ることもでき、1曲のソナタのようなしっかりとした構造感のある曲だ。第1曲はピアノを打楽器的に扱う躍動的な部分がユジャさん向き。第2曲は不協和音が不安定な雰囲気を醸し出す遅いテンポの曲。弱音にも音に鋭さが感じられるのはユジャさんならではの音色だろう。△の第3曲は印象主義のような、噴水の水が陽光に煌めくような曲想。回転速度の速いパッセージが美しい。第4曲は再び強烈な打楽器的な曲想となる。土俗的ともいうべき原始の躍動的なリズム感が圧倒的な音の奔流となって押し寄せてきた。聴くのも2度目になると、なかなか良い曲だと思えるようになった。
 プログラムの最後、メインの曲はラフマニノフの「ピアノ・ソナタ 第2番」。濃厚なロマンティシズム溢れるラフマニノフに対して、くっきりとした造形と明瞭なサウンドで、ある意味では冷静・冷徹な演奏でもあった。分厚い和音で複雑に構成される独特の曲想を、速めのテンポで、しかも明瞭に描き切ってしまうのは、さすがにユジャさんならではの超絶技巧である。流れるような分散和音の中から、幾重にも重なった声部がキチンと分離され、主となる声部が浮き上がってくる。見事なものだ。やはり印象的だったのは第2楽章の抒情的な旋律。過度に思い入れることもなくサラリと冷静に造形していくことで、曲そのものの持つ本来の抒情性を引き出している。トッパンホールの時よりも音が良かっただけに、一回り上の美しさであった。

 アンコールは何と6曲も。ツアー最初の水戸芸術館では1曲だけだったというが、トッパンホールでは4曲、神奈川県立音楽堂と京都では5曲、彩の国さいたま芸術劇場では4曲だったとのこと。最終日はほぼ満員のサントリーホールと聴衆のノリの良さで気を良くしたのだろう。ユジャさんお得意のアンコール・ピースだけでも、過激で面白いリサイタルが開けそうである。超スピードのアクロバット的なプロコフィエフの「トッカータ」には会場から万雷の拍手とBravo!!の声が上がったが、一番印象に残ったのはショパンの「ワルツ第7番」で、遅いテンポからグングン加速して行き、最後は高回転で目が回りそうになるワルツがものすごくスリリングで面白い解釈。しかも細やかな声部の弾き分けもされていて、普段隠れているような低層部の下降音型が明瞭に聞こえたりして、ユジャさんの繊細な技巧も冴えわたっていた。

 2回のリサイタルを異なる会場で聴き終わって、改めて感じられたのは、ユジャさん独特の打鍵の早さだ。専門的なことは分からないが、彼女の場合、ひとつひとつの打鍵が早いのだろうと思う。強弱とは違う。弱音でも早い打鍵でキリッとした音になる。だからひとつひとつの音のが明瞭になり、どんなに超高速のパッセージでもすべての音がムラなく聞こえるのだ。どんな場合でも破綻しない打鍵の早さが、あの超絶技巧を生み出すのであろう。
 そして前回の繰り返しになってしまうが、この超絶技巧があって初めてできる音楽表現が存在するということを確信した。彼女にしかできない演奏は、彼女にしかできない表現でもある。そこにはピアニスト、ユジャ・ワンだけの音楽世界が確実に存在していて、聴いている私たちや、評論家の先生方や、あるいは同じ音楽家の皆さんたちが、個々の経験や感性で良いの悪いの、好きだキライだのと論評しても虚しく聞こえるだけ。それほどに、有無を言わさぬ存在感がある。少なくとも、批判するよりは受け入れた方が、音楽の世界が拡がるというものだ。

 終演後は恒例のサイン会。サントリーホールなので、会場は左側通路奥の楽屋口である。アンコール6曲目が終わったところで素早く抜け出したので、10番目くらいに並ぶことができた。これは大正解であった。なんだか途方もなく長い列ができていた。もっとも今日の演奏を聴かされれば、誰しもサインのひとつも欲しくなるというものだ。デビュー盤のCDをまだ持っていなかったので購入はしたものの、サインは1人1点(あの人数なら当然だ)、写真撮影と握手もNG(これも当然)だったので、例によって持ち寄った写真にサインをいただいた。楽屋口から通路を経て、ホールロビーからバーコーナーの中まで、とぐろを巻くように延々と続く人の列…。あれだけの集中と体力を使う演奏の直後だけに、お仕事とはいえ、ちょっと可哀想であった。


 唐突だが、ユジャさんを動物にたとえるなら「野生の猫」というイメージである(野良猫ではないですよ、念のため)。誇り高い自立心があり、自尊心が強く、気品がある。動きはシャープでしなやか。自分の何倍もの高さにいとも簡単に飛び跳ねる。どんなに速く走っても、決して躓かない。普段は大人しく眠っているようでも、瞬時に目覚めて疾走することができる。瞳は宝石のように輝き、獲物を捕らえるときは全力を尽くす…。どうだろうか。まさに「ユジャ・ワン」のキャラクターではないだろうか。
 我が家にも猫がいるが、ユジャさんとは大違い。今日のような寒い日は、ストーブの前から動こうとしないのだ…。

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