「もののあはれ」の物語

古き世のうたびとたちへ寄せる思いと折に触れての雑感です。

五行歌に託す

2006年09月13日 | 歌びとたち


 1週間分の新聞の整理をしていて、五日の夕刊で、「失語症者託す心情」の文字が目に留まりました。

 「おかえり、わたしの言葉たち」をタイトルに、五行歌の作品展が福岡天神のアクロスで開かれていたのです。約60点の作品の作者たちは、言葉が思うに任せない失語症の人たちです。
 季語も、字数も「五行で詠む」以外には自由な五行歌に託して、ぎりぎりの今の心情を、言葉が出てこないもどかしさを抱えて、一語一語絞り込むように歌い上げています。

   どしゃぶり
   はれたり
   くもったり
   じんせいと
   おなじだ           中村宏明

   なんだか
   とても
   満ち足りた気持ちです
   あなたが
   笑ったからです         古西慶子

   帰ってきた
   言葉に
   一こずつ
   キスして
  あげたいくらい

 これらの歌からは、すべての飾りを落とした心からの感動が、伝わってきます。そこには宗教的な世界の存在すら感じられます。

 もう30年も前、私の母は何年かおきに脳梗塞を繰り返していましたが、最後の2・3年は脳出血による右半身麻痺と失語症で辛い日々でした。弟が雇っていた住み込みの「付添いさん」は、熟達のプロで、優しく行き届く世話でしたが、リハビリに付添うときには厳しい注文で容赦しませんでした。

 17回忌もすでに過ぎていますが、一つの単語が思い出せるまで、もどかしい時間を我慢した切ない思い出があります。
 はじめは思い出せない言葉を、はにかんで、苦笑いに紛らしていますが、時間が経ってくると眼にうっすらと涙をためて沈み込んでいました。

 朝日新聞の記事によると、5年前ごろから言語障害の回復のためのリハビリに、この五行歌が活用されはじめ、有効な手段の一つとされているようです。
 皆さんの少しでもの回復を願い、それを支えるボランティアの方々に感謝です。
 

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4 コメント

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やさしい風 (らぐ)
2006-09-13 17:11:17
 そっと風に吹かれる ふうせん葛と お母様の思い出 そして五行歌。 どれも切なく、もどかしい… 涙がにじみます。 やさしい風が、お心なだめてくれますようにお祈りしています。

 繊細ないい絵です。 拝見できて嬉しいです。
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ラスト ワード (香HILL)
2006-09-13 20:33:29
会話を楽しむのが老人の最高の喜びと・・

2000年前のローマ時代の哲人”キケロ”が記しています。

そう、飲んだり・食ったりする事よりも多彩な会話を。



その唯一の楽しみを病による失語って、悔しいでしょうね。



自分がそのような事態になっても、一つだけ喋らしてよ!神さんにも、仏さんにもお願いします。



 ラスト ワードは”ありがとう”

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風船蔓 (boa !)
2006-09-15 06:18:33
彼岸花がすーと背を伸ばし、莟を膨らませ始めた横で、風船かずらが、揺れています。

もう、うっすらと茶色がかってきています。

いつのまにか季節は確実に移っていますね。



思うに任せないことを嘆いていてもはじまらないのですが、なかなか秋晴れの空は望めそうにもありません。



週末は台風の訪問とか伝えています。



ラグさんの別所沼も、秋の気配が次第に濃くなる頃ですね。そろそろ独り立ちなさるのでは?楽しみです。
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美しい言葉 (boa !)
2006-09-15 06:28:46
「ありがとう」一番美しい言葉ですね。

これ一つだけで生きて行けたらどんなに幸せでしょう。



香HILLさんから言葉を奪った人生を考えることは難しいようです。

母と過ごした時間は、それでも無言の会話があったように思います。



そして「ありがとう」は聞こえていました。

伝達にもいろいろの風景とパターンがあります。

神様、仏様にお願いしなくても大丈夫です。
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