「もののあはれ」の物語

古き世のうたびとたちへ寄せる思いと折に触れての雑感です。

鷹女幻影

2008年12月06日 | 歌びとたち
 庭はいま満天星躑躅も、錦木も、そしていろは紅葉も盛りの時を迎えて狂おしく燃えたっています。この時季には何時も三橋鷹女の句を思います。
    この樹登らば鬼女となるべし夕紅葉
 私は下手な紅葉の山を描いては「夕映えに鬼女舞ひいでよ」と賛をしたのも、いわばこの句の本歌取りを気取ったものでした。
 この頃では、鷹女の代表句の、「鞦韆は漕ぐべし愛は奪ふべし」は高等学校の教科書に出ているそうです。鷹女52歳、激しい生き方で73年の生涯を生き抜いて最後まで毅然として去っていかれた尊敬してやまない女流俳人です。魅力的な明治生まれの女性です。

 初めて目にしたとき、強い衝撃を受けた句集「羊歯地獄」の序文はを忘れません。
   一句を書くことは 一片の鱗の剥奪である
   四十代に入って初めてこの事を識った
   五十の坂を登りながら気付いたことは
   剥奪した鱗の跡が 新しい鱗の芽生えによって補はれている事であった
   だが然し 六十歳のこの期に及んでは
   失せた鱗の跡はもはや永遠に赤禿の侭である
   今ここに その見苦しい傷痕を眺め
   わが躯を蔽ふ残り少ない鱗の数をかぞへながら
   独り 呟く・・・・・・
     一句を書くことは 一片の鱗の剥奪である
     一片の鱗の剥奪は 生きていることの証だと思ふ
     一片づつ 一片づつ剥奪して全身赤裸となる日の為に
     「生きて 書け・・・」と心を励ます

 この激しさ、厳しい探求があの数々の句の根底に流れているのを誰でも納得させられます。
 自分が年老いて、鷹女の年齢をとうに超えても見えてくるものは何もない貧しさ、剥ぐべき鱗すら持たぬまま、無為に朽ち果てるのをただ情けなく自嘲するのみです。

 私の好む女流は杉田久女にしても、時実新子にしても、共通した激しいものがあります。ある方の説によりますと、人は自分に欠落しているものに惹かれるのだとか。そうかもしれません。恥多く、安逸の中に妥協してばかりの歩みだったような気がしています。

白露や死んでゆく日も帯締めて

老いながら椿となって踊りけり             

    夏痩せて嫌ひなものは嫌ひなり

    薄氷へわが影ゆきて溺死せり

    秋風や水より淡き魚のひれ 



庭の盛りの紅葉


   註 鞦韆(しゅうせん)ぶらんこ
     満天星躑躅(どうだんつつじ)

最新の画像もっと見る

4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
近寄り難し (香hill)
2008-12-07 19:38:10
鷹女さんのような勝気で才走った女性には気弱な当方などはチョッと近寄り難しと言う気持ちになりますね。
ご紹介あったどの作品も激しい言葉の乱用、
インパクトはありましょうが、句に接して背筋を伸ばす作業を要求しているよう。
芭蕉・蕪村・一茶の句はどんな句でも心が癒される??爽やかな気分になれる??
ってありませんか。

昨今の俳句は男女を問わず、凝り過ぎて堅苦しいのが主流派とチャいますか?
俳句の原典への復帰を期待しとります。

主宰におかれては、as you are now、
そう、今のまま通り、優しい女性であってくださいな。

昨日より冬将軍が近寄って来て、寒さが痩身には応えます。コタツに入り、篤姫でも見ますか。

肩の力を抜いて (boa !)
2008-12-08 11:31:30
俳句は苦手で、自分ではほとんど手を染めませんのですが、好き嫌いはあります。
芭蕉よりは蕪村を愛好しています。ほのぼのとやわらかくロマン漂う王朝懐古趣味を好んでいます。
鷹女にも、最後に挙げた「秋風や水より淡き魚のひれ」の句のように、澄んだ淡い色合いの句もあります。
ぶれの大きな私、一方では、ほんのり長閑な句にも強く惹かれます。今の季節では
静かなる月日の庭や石蕗の花
父を恋ふ心小春の日に似たる
口に袖あててゆく人冬めける
いずれも高浜虚子の句です。大御所の冬の句にも構えない、いい句が多く残っています。

このところの寒風で庭の紅葉も半分は地に帰りました。
この気象ではゴルフも、テレビ観戦でしょうか。お風邪をひかれませんように。
一片の鱗 ()
2008-12-09 21:58:07
「句集の序文の激しさ」「厳しい探求」生き方にも。 鷹女の句、やはり好きです。

 昔雪夜のラムプのやうなちひさな恋 

 これは微笑ましいですね。ほっとします。
「一句を書くことは 一片の鱗の剥奪である
 一片の鱗の剥奪は 生きていることの証だと思ふ」
 一片を一編に変えて blogをお続けください。生きていることの証…  励まされています。
千万年後の恋人へ (boa !)
2008-12-10 11:44:23
道しるべは蛙さんでした。
「詩歌の森へ」連れて行っていただいて以来、すっかり虜になっています。
 「千万年後の恋人へダリヤ剪る」
今はお休み中の蛙さんのブログにあった句です。
燃える真っ赤な色が鷹女の色と勝手に決めています。藪椿の赤のほかに、ダリアも彼女に似合いの花ですね。

ラグカラーの絵を、豊かな情感に裏打ちされたモダンな写真をまた拝見したいと楽しみにお待ちしています。