
タモリはジャズ・シンガー?
By The Blueswalk
このような記事を書くのに少しためらいはあるものの、やはり日本のジャズを語る上で否が応でも避けて通るわけには行かないだろうから、あえて僕が踏み絵を踏まされたつもりで書くことにしようと決心した次第である。
僕が先日惜しくも?廃刊となってしまったスウィング・ジャーナル(SJ)誌を定期的に購読し始めたのは1980年代中頃のことである。SJ誌には年1回、人気ランキングの読者投票があったのだけれど、当時の日本ジャズ演奏者のランキングには“え~??”というような人が多くランク入りしていたものだった。例えば、フランキー堺がドラムスで、植木等がギターで、先日亡くなった谷啓がトロンボーンでベスト・テンにランク入りしていた。そんな中でもタモリがジャズ・ボーカルおよびトランペット部門で常に上位にランク入りしていたのは驚きで、日本のジャズのランクインってお笑いチャートか?ってがっかりしたものだった。表に示すようにボーカル部門に至ってはタモリが1982年~1984年3年連続1位に輝いている。タモリのトランペット演奏やボーカルを聴いたこともないし、いつも違和感を覚えていたのを思い出す。(データは『TAMORI's Data Page』より抜粋)
タモリは学生時代にジャズ研でトランペットを吹いていたそうなのでそれなりの知識と技術はあったのだろう。1977年に『タモリ』を発表してからほぼコンスタントに4枚のレコードを出している。今回はこれらのレコードを聴きながらジャズ・シンガー“タモリ”の意味を考えようという嗜好である。
『タモリ』(1977/3/20発売)
タモリのお笑い芸のすべて曝け出そうとした意欲作である。この中では3曲?目の《教養講座”日本ジャズ界の変遷“》が一番の聴き所である。中州産業大学タモリ教授によるジャズのルーツを紐解いた少しまじめで大変面白いジャズの歴史の解説である。タモリがシニカルに講釈する。B面の《タモリのバラエティー・ショー》はお笑い芸人としてのタモリが抱腹絶倒の一人芸を披露する。特に”第一回テーブル・ゲーム“では中国語、朝鮮語、英語、東南アジアのどこか?の言語の4人がマージャンでチョンボした様を面白おかしく演じている。各言語のアクセント、イントネーションを上手く捕らえた出鱈目な会話が笑いをそそる。
『タモリ2』(1978/12/20発売)
1作目と同じコンセプトの作品である。《教養講座“音楽の変遷その①”~旋律の源とその世界的波及について~》で、一つの旋律を世界の各国の音楽に置き換えて様々な角度から民俗音楽を斬るという発想がユニークである。勉強になり、為になるついでに笑える音楽といえるだろう。先日、中国旅行に行った(尖閣諸島事件の直前に帰国したので事なきを得たが・・・)とき、京劇を鑑賞したのだが、そのときの女役者の歌が、ここでの「中国歌謡”熊猫深山“」にそっくりなこと、いまさらながらタモリによる声帯模写の切り口の斬新さに驚いたことであった。B面も前作と同様《タモリのバラエティー・ショーVol.2》となっているが、テーマが一貫しておらず散漫な感じである。特筆は三遊亭円生の物まねとおぼしき出鱈目落語一席、笑いが止まらない。
『タモリ3』(1981/9発売)
著作権の問題があり、次作より発売が遅くなっているがタイトルが示すとおりタモリの第3作目に当たる。副題が《戦後日本歌謡史》となっているように、戦後の有名人、高名な歌手、有名曲をパロディ化した作品となっているので、著作権の問題というより、対象化された当人にとっては“名誉毀損”もしくは侮辱的に捉えられかねないと判断しての発売禁止処置であっただろう。しかし、結局は1回きりの販売ではあったが世に出ることのできた作品である。34曲34人の声帯模写、それがよくその特徴を捉えており、よくもここまでやるわとあきれてしまう。最後には、タモリがタモリをパロディ化するのだ。
『ラジカル・ヒステリー・ツアー』(1981/5/1発売)
タイトルから判るように、ビートルズの『マジカル・ミステリー・ツアー』をもじって付けられた4作目の作品だ。ここでは、これまでと一転して歌手“タモリ”を前面に出している。演奏も鈴木宏昌、松木恒秀、ザ・スクェアなど当時のフュージョン・ミュージシャンを集めてかなりタイトな音である。しかし、はっきり云って全くつまらない作品になってしまったといわざるを得ない。曲と曲の間にナレーション的なコントが入っているのだが、僕にはコントとコントの間に曲があるという印象がして、曲は無くても全く差し支えないのだ。何がしたいのか、お笑いタモリとしてはインパクトが殆どないのだ。タモリもここにきて煮詰まってしまったようだ。
実はこの後1986年に5作目としてギャグなしのまじめなジャズ・レコード『HOW ABOUT THIS』を発表しているが、ジャズ・マンとしてのタモリ人気も下降しており、時既に遅し、あまり話題になっていない。タモリともあろう人が時勢を見誤ったと云わざるを得ない。
結局のところ、これらの作品からはジャズ・ボーカリスト、ジャズ・トランペッター“タモリ”は全く見えてこなかった。タモリはやっぱり赤塚不二夫ゆずりのギャグの天才であった。あの80年代の異常なタモリ人気はいったいどこから来たのだろうか?
それとも、そもそもジャズ・シンガー“タモリ”そのものがギャグだったんだろうか?