宇宙球

2006-06-10 13:19:03 | コメントしにくい
宇宙を封じ込めた玉がどこかの国の博物館に展示されているという。それはサッカーボール大のガラス製の中空の球体で、表面はツルツルと滑らかだが、内壁にはふたつの掌を押し付けた跡が彫ってある。見学者たちはその美しい輝きとたいそうな題名に興味を惹かれて立ち止まり、自分なりに解説しようと皆一様に講釈を垂れるらしい。「封じ込められた宇宙とは芸術家の魂のことなんだ」「掌は自分を抑圧する殻を突き破ろうとするパワーを表現しているのさ」云々。

残念ながらいずれの解説も的外れである。球体の内部、底面から5センチほどの位置に刻まれたメッセージに気付いて、その意味を理解しない限り作者の真の意図は伝わらない。そこには小さな文字のラテン語でこう書かれている - 「こっちが外側」。つまり球体の内部こそがこの宇宙の外側であり、封じ込められているのは我々の方なのだ。

ガラスの壁で相手側とすき間なく隔てられているという点においては、球体の内部も外部も対等である。だからどちらがどちらを封じ込めているのかは解釈次第というわけだ。空間の位相を反転して、閉じたままの球体がぐんにゃり裏返るイメージを頭に描くことができるだろうか。内側から押し付けられているように見えた掌は、我々の宇宙を外側から大事そうに抱きかかえる手に変わる。いや、あるいは人によっては今まさに宇宙を押しつぶさんとしている手かも知れない。

「こっちが外側」なんだと一方的に宣言しただけで、小さなガラス玉に我々が住むこの宇宙全体を封じ込める力が備わった。ただしそこに至るには相当のイマジネーションが不可欠である。これはつまり二重の意味で「宇宙の外には何がある?」に対する答が見つかったということではないか。できればこの玉は立派な博物館などではなく、貧乏アパートの四畳半の隅にでもこっそり設置するのが良いような気がした。