紙魚子の小部屋 パート1

節操のない読書、テレビやラジオの感想、お買い物のあれこれ、家族漫才を、ほぼ毎日書いています。

キンちゃんがいた夏

2007-06-08 09:19:28 | 雑誌
 先日初めての中学校での定期テストをむかえたKちゃんと、国語の設問について語り合った。

「あの『作者の言いたい事を書きなさい』っていう問題って、作者にとってもわからへんらしいんやて」

「絶対、そやと思ってた! あれは『作者の言いたいこと』じゃなくて、『問題作った人が作者が言いたいんやろな?と考えている事』やん。」

たしかにね。

 という国語教育についての話をしようかと思っていたが、それについては内田樹先生が、とても体験的納得の行く論を展開されているので、そちらに譲るとして。

 そろそろ蚊が気になる季節になった。ということは、もちろんあの金鳥の動向が、気になるところである。ついこの間も藤原紀香宛のお祝いメッセージを新聞1面に打ったばかりである。金鳥CMのHPチェックは欠かせないのだ。

 今日仕入れた最新情報では、各種女性誌に豊川悦司ことトヨエツ演じる、どうしようもないヒモの「キンちゃん」と母子家庭の男子小学生との日々を綴った雑誌広告に打って出た小説『キンちゃんがいた夏』が6バージョン、アップされていた。思わず読みふける。そうそう、テレビ・バージョンも放映中だっけ。

 読みながら、高校時代、駅のホームで自分の将来を思い描いていたことを思い出した。きっと27歳くらいで、私は「キンちゃん」みたいな男とどん底の同棲生活してるに違いない。そんなとてつもなく暗い未来を想像していた。というのも、私のオンナとしての弱点を白状するが、明らかに「キンちゃんタイプ」に無抵抗に弱い、と自覚していたのだ。

 理性では「絶対近寄ったらヒドい目に遭うに決まってる」と解りきってるのに、猫にマタタビというか、ハエにウツボカズラというか、いつにまにか、ふらふらと「駄目な男の魅力」にはまり込んでしまう・・・というシチュエーションを、高校時代、何度も空想していた。女子校だったので、先生以外は男性と話すことすらなかったのだ。

 幸い、さんざん空想の世界で不幸を味わった?からか、「キンちゃんタイプ」と付き合う機会は回避され、27歳にはめでたく結婚までこぎつけた。やれやれ。

 しかし、「キンちゃん=トヨエツ」は直球ストライクゾーンだったなあ。ナンシー関亡き後、我が家で最も信頼できる舌鋒鋭いテレビウォッチャーに成長したKちゃんも、「あのひと(トヨエツ=キンちゃん)、如何にも無職!って感じやねえ」としきりに感心していたっけ。